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斥候の戦い ~戦わずして生き残る~

 

「ねえ兄ちゃん。さっきから周囲を眺めてばっかだけど、動かなくていいの?」

「急がば回れ。まずは環境の理解からだよ」


 ランドイーターは砂上の音を頼りに狩りを行うため、下手に歩くのは危険だ。

 そう判断したアインスは、周辺の環境を眺め、カルミナにたちに合流するためのるルートを探る。

 まず目を付けたのは、岩場に囲まれたオアシスだ。


 あまり背は高くないものの、泉の周辺にはしっかりと植物が生えているし、岩場の割れ目にはコケやシダ類などの岩生植物も生えている。

 砂漠の砂には栄養素はほとんど含まれていない。そのため、植物が育つための有機物を供給するための生態系が形成されているはずだ。


【探知眼】でオアシス周辺の生体反応を探ってみたところ、オアシスの草原には、アリや蝶等、様々な虫たちが生息している。

 岩場の上で、毅然とした佇まいで、砂原の方を見つめているのは小型の猛禽類。確か小鳥を主食にする種類だったか。

 虫も食べなくはないのだが、岩場周辺の虫たちは主に地中で生息したり、地表に出ている者に関しては、体に毒を含んでいたりで、あの猛禽類の主食にはなり得ない。


 あの猛禽類の主食となる、別の生物がいるはずだ。


 猛禽類の視線の先にある岩場を眺めると、一回り小さい、嘴が細く長い小鳥が、オアシスから離れた岩場の上で砂原をまじまじと見つめていた。


 その様子を見て、何かに気が付いたアインスが、足元の地面を掘り始める。

 ランドイーターが来ないかと、キリエが心配そうにするが、「砂の深さが足りないから、ここには来ない」とアインスが安心させながら砂を掘り続けた。


「それ何?」


 アインスが取り出したのは、大きさ1mmほどの丸い、虫の卵。


「キリアツメムシっていう虫の卵だね。砂漠の熱にも強い素材でできている。あの岩場の小鳥の主食みたいだね」


 キリアツメムシは特殊な構造をした背中で、風に乗って運ばれてきた水蒸気を受け止め、水の少ない環境下でも水分を確保できる、珍しい生態の虫だ。朽ち草や菌類を食べる甲虫の一種。

 その卵が安全の確保とどう関係があるのか。不思議そうに首を傾けるキリエにアインスが解説した。


「土の中に埋まった卵を食べるために、あの小鳥は鋭く細い嘴をしているんだろうね。で、あの猛禽類は、卵を食べようとする小鳥を狙っている。砂の上で土の中に埋まっている卵を掘ったり、卵を掘っている所を襲ったりしたらどうなると思う?」


 しばらく考え込んでから、キリエは「あ!」と明るい声を上げた。


「音を聞きつけたランドイーターがやってきて、食べられちゃう!」

「正解!」


 アインスの返しに、キリエは「やった」と嬉しそうにするが、「でも」と再び首を傾げた。


「それが攻略とどう関係があるの?」

「キリアツメムシは、ランドイーターを利用して、卵を砂の中に産んでいるんだよ。自分の卵を狙った天敵はランドイーターに食べられちゃうだろ」

「でも、それだと卵も一緒に食べられちゃうよ?」

「ある程度は仕方ないんだよ。大事なのは卵を狙うとランドイーターに襲われるってこと。何世代もかけて天敵にその事実を植え付けていって、卵を襲われないようにする作戦なんだ」


 なるほど、とキリエが感心した様に唸る。


「でも、キリアツメムシは砂の深さまでは分からない。だから、砂の深さ関係なく、出来るだけ広範囲に自分の卵を植え付けて、子孫を残すことにしているんだろうね。だから、一部卵は小鳥の餌になるし、その小鳥は猛禽類たちの主食になる。こんな感じでこのあたりの生態系は循環しているみたいだ。……キリエちゃん。あのあたりの砂原の上に、落ちているものが見えるかい?」


 アインスが望遠鏡を手渡して、キリエが示された方を眺める。


「……あの小鳥の羽根かな? それと……糞?」

「正解だ。あそこで卵を食べている所を、猛禽類に襲われたに違いない」

「結構落ちてるよ。……それに、砂を掘り返した後が結構ある」

「それだけ痕跡が残るってことは、ランドイーターの狩場じゃないんだ。あのあたりは砂底が浅い。そういう場所を通って、カルミナさんたちの元へ向かおう」


 今までの情報が繋がって、キリエが目を丸くしながらアインスの顔を見上げた。


「僕から離れちゃダメだよ」


 そして、【探知眼】を発動させながら、アインスが砂の上を歩いていく。

 キリエからすれば。、いつ砂の中からランドイーターが襲ってくるかたまったもんじゃないのだが、アインスは安全な道を歩くかのように、砂の上を悠然と進んでいく。


 時折【探知眼】の効果範囲を拡大し、砂底の深さや罠の位置を把握しながら、少しずつ元居た場所へと、2人は歩いていく。


「ねえ、そのスキルがあれば、さっきみたいなこと考えなくてもいいんじゃないの?」

「そうはいかないんだ。スキルの発動にだって魔力を使うし、範囲を広めれば消費魔力も増える。僕たちの最終目的はダンジョンの攻略だ。魔力ポーションの数も限られているし、他の情報を組み合わせて、力を温存することは重要なんだ」

「フィールド全体を、ずっと探知することはできないんだね」

「流石に無理だね。魔力も切れるし、そんなたくさんの情報を頭に流し続けたら、脳が焼き切れちゃう」


 カルミナが情報のオンオフのスイッチを作ってくれたとはいえ、今でもたくさんの情報を長時間処理しようとすると、脳がパンクして意識が飛びそうになってしまう。

 必要な情報と、探知範囲、情報の量を考えてスキルを発動しなければならないため、アインスの【探知眼】は便利だが、取り回しが難しい。


 そんな会話をしながら砂原を進んでいると、アインスが「ストップ」とキリエを制した。


「ここから一気に砂が深くなる」

「鳥の羽や、砂を掘った後もほとんどないね」


 アインスが【探知眼】の範囲を広げ、砂の底を探る。


「この下にいるね」

「……どうするの? ここを通らないと、姉ちゃんたちと合流できないよ?」


 キリエが不安そうに尋ねると、アインスは真剣な顔で、周囲を見渡し始める。

 キリエもそれにつられて周囲を見渡した。すると、何かに気が付き、「兄ちゃん兄ちゃん!」と興奮しながらアインスの袖を引っ張った。


「あの岩場の傍を通ればいいんじゃない?」


 疎らに鳥の羽や糞が落ちている砂原の先に見つけたのは、とある岩場だ。

 他の灰色っぽい岩場と比べると、黒っぽい岩石で構成された岩場は、砂底が浅いのか、岩盤の地表が露出している。

 遠回りにはなるが、あの上を歩いていけば、ランドイーターに襲われる心配はないんじゃないか。


 そんなキリエの考えは理解しながらも、アインスは静かに首を振った。


「あの岩、他の岩場と構成成分が違うんだ。【サウンドストーン】って言ってね。他の岩石に比べて、叩いたり、上を歩いたりしたときの音が良く響く。楽器の素材何かにもなる岩だ。……それに、地表が見えるけど、すぐそばの砂底はとても深い。あの上を通ると、音に気が付いたランドイーターが、首を伸ばして襲いに来る」

「ダンジョンが用意した罠ってこと?!」

「そうだね。あそこへ続く道の砂底が浅いのもブラフってわけ」


 アインスの解説に、キリエががくんと肩を落とした。目に見えて気落ちしたキリエに「考察は悪くなかったよ」とフォローを入れる。

 ランドイーターに都合が良すぎる環境も、ダンジョンは自分の都合で再現できるわけだ。自然の常識とダンジョンの思惑を上手に織り交ぜて、攻略ルートを判断しなければならないのが難しい所である。


「そうだ。あれがあった」


 何かを思いついたアインスが、マジックバックから、カルミナに買ってもらったクロスボウを取り出した。

 5km先までなら真っすぐ矢が放たれる、呪いがかかった特殊なクロスボウ。とあるダンジョンの秘宝として市に卸された貴重品だ。


 まさか、最初の用途が戦闘以外での利用になるとは。


「あの岩場を利用させてもらおう」


 アインスが矢を装填し、その矢に攻略準備で用意していた音爆弾をくくりつけた。

 そして黒い岩場の、地表に露出した岸壁部分へと矢を放つ。


 サウンドストーンで出来た岩場が、音爆弾の音を何倍にも増幅する。

 キイン、と鋭い音が辺りに響くと、地面が大きく振動し、大あごを広げながらランドイーターが、矢が着弾した地点一帯を飲み込もうとした。


「今だ! 走るよ!」

「うん!」


 離れた位置に姿を現したのを見て、アインスたちが全力で砂原を駆け抜ける。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」」


 どうやら地上に現れている間は音の感知が鈍くなるらしく、アインスたちへ振り返る様子はない。

 ランドイーターがサウンドストーンに釣られている隙に、アインスたちは砂底の深い地帯を一気に駆け抜けた。


「はあ……はあ……、兄ちゃん……すごいな……」

「はあ……はあ……、どうも……、ありがとう……」


 安全を確保した上でも、砂底の深い所を全力疾走するのは心臓に悪い。

 緊張から解放され、一気に疲れと汗が湧き出てくる。

 アインスとキリエが水筒を出し、グビグビと水を飲んだ。

 キリエの水筒が完全に空になると。アインスが自分の水筒を差し出してきた。

 アインスの持っている最後の水だ。


「もうひと踏ん張りだ。頑張ろう」

「……いいの? 兄ちゃんの水だよ?」

「補充の宛ができたから、気にしなくていいよ」


 補充の宛、というのは奥にあるオアシスの事だろうか。

 合流を優先するあまり、オアシスからはだいぶ遠ざかってしまったが、飲んでいいのだろうか。

 水や食料は均等に配分されているため、カルミナやミネアの手持ちにも期待できない。最悪オアシス到着までに干からびて死んでしまうかもしれない。


 だが、アインスが後押しするように頷くと、キリエもグビグビと差し出された水を飲んだ。


 そして、砂原の奥で豆粒ほどに見える人影が、元気よく手を振っているのが見える。


「姉ちゃんたちだ!」


 キリエが望遠鏡を覗き込むと、アインスたちを発見したカルミナたちが、元気よく手を振っているのが見えた。こちらからは望遠鏡無しでははっきりと見えないのに対し、肉眼で気が付くとはさすがの視力の良さである。


『アインス! 無事のようだな!』

「あと少しで合流できそうですね」


 念話石から、カルミナの泣きそうな、嬉しそうな声が聞こえてきた。


「武器持って待っていてください。とびっきりのお土産を持って帰ります」

『『お土産……?』』


 念話石の奥でカルミナたちが首を傾げた様子が伝わってきた。

 僕が持って帰ってくるものを見て驚くんだろうなあ。とアインスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 さあ、最後の仕上げといういこう。

 アインスが【探知眼】を発動させ、罠の位置を探りながら、カルミナたちへ向かって歩き出した。


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