一皮むけるきっかけは
「斥候の兄ちゃん……距離が離れていても会話ができるなら、向こうからも来てもらった方が、合流が早いんじゃ……」
「確かにそうなんだけど、ちょっと危険なんだよね」
不安そうな顔で、自分を見上げてくるキリエを落ち着かせるように、アインスが笑って返答した。
「念話石は確かに便利なんだけど、ずっとオンにするのは魔力の消費が激しい。それに音声が届くのにどうしてもズレがあるし、魔力のコントロール次第ではノイズも発生するんだ。そんな不安定な状態で二手から動けば、下手すると罠でさらに分断されてしまう」
「そっか……」
自分たちが動くしかないと理解したキリエが、暗い顔で俯いた。
「……ねえ」
アインスを横に、上目遣いで見上げながらキリエが訊ねる。
「……あたし、邪魔になってない?」
「なってるよ」
「だよね……って、ええ?!」
俯きながら、恐る恐るに訊ねたのは自覚があっての事だろう。
驚きの声を上げたのは、アインスがストレートにぶち込んでくるとは思ってなかったからだ。
「そりゃそうだよ。君のせいで攻略のスピードは落ちるし、水や食料の配分は減るし。取り繕ったって仕方ないでしょ。カルミナさんが怒るのも無理ないよ」
「……そうだけど、その……あの……」
「でも大丈夫。僕が君の事助けたいって思っているのも本当だ。見捨てたりはしない」
アインスが片目を瞑って見せると、キリエが泣きそうな顔になって、アインスに身を寄せた。
アインスがキリエの肩を抱き、不安をほぐすように肩を叩く。
「……さて、どうやって合流しようか」
アインスが顎に手を当てて、周囲を見渡しながら考え込む。
アインスが戦う術を持たないのはキリエも分かっている。
念話石とかいう不思議な石で、カルミナたちと連絡を取った時、ミネアもカルミナも不安そうな声をしていた。
だからこそ、ランドイーターに見つかったらすぐに殺されてしまうであろうアインスが、現状誰よりも冷静でいられることが不思議で仕方なかった。
「……怖くないの?」
「え?」
「失敗したら死んじゃうんだよ。怖くないの?」
「怖いよ」
言葉に反してアインスは落ち着いた様子だった。
「こんな物資に乏しくて罠も多いダンジョンで、探知役の僕が死んだらカルミナさんたちも死んでしまう。今の僕は組織の一員だ。僕の命は皆の命と繋がっている。責任がある。皆が死ぬと思うと怖い。……でもね」
昔のギルドでも責任は背負っていたが、失敗したときに何に怯えていたかといえば、それによって自分が責められることだった。周囲の人間や環境に不満を抱きながら、自分の保身ばかり考えていた。
でも今は違う。自分が死ぬと、大切な仲間たちまで危険に晒してしまう。それが何より怖く感じるのは、それだけ自分が大切にされている証だろう。
だからこそだ。
「恐怖以上に、皆が育ててくれた自信が、僕の中に残っている。……一人なら折れていた。でも今は、僕の成長を自分の事のように喜んでくれた仲間がいる。恐怖も不安も、喜びも幸せも分かち合える仲間がいるんだ。皆の為に頑張れるんだ。怖気づくなんてもったないないよ」
「もったいない……?」
「うん。もったいない。ただのピンチで終わらせるには」
ピンチはチャンス。なんて力に恵まれた者の妄言とばかり思っていた。
でも違ったみたいだ。積み上げてきたものがある今だからこそわかる。
このピンチを乗り切れば、自分の中で育んできた、形になっていないだけの自信が、確かな実力として自分の力に変わることを。ピンチとは努力を積み重ねた者の前に現れる覚醒の場だ。
この試練ともとれる局面に、挑む勇気をくれた、仲間の期待に応えたい。
「一皮むける為の、『きっかけ』には最高かもね」
目の前に広がるは未知のフィールド。
未知の環境こそ。斥候の腕の見せ所。
今ここで活躍出来たら。今日のMVPは僕ってことでいいよね。
皆に胸を張れる絶好の機会だ。これに怖気づくなんてもったいない。
望遠鏡を取り出して、探知眼を発動させながら。落ち着いて周囲を調べるアインスの目には、確かな力が宿っていた。
アインスの目の輝きが、希望の光となってキリエの心を照らす。
「ここで成果を上げて、僕の成長をさいっこうの手土産にしよう。……とびっきりスペシャルで、値千金の活躍をしてやるさ」
目標は仲間との合流と、危険の排除。そして今後の攻略に備えての物資の確保だ。
スキルと今まで蓄えた知識をフル活用し、戦わずして勝つための、アインスの戦いが始まった。




