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瓦解と奮起する斥候


「あれ、幻じゃないよね……?」

「ああ……間違いない」


 相変わらず雲一つない空から降り注ぐ、刺すような陽ざし。

 見ているだけで喉が渇いてくる、砂原は相変わらずだった。


 だが、その奥。砂原の奥。


 砂一色に染まる大地に見える、緑の岩場。

 砂の混じった風と共に流れてくる水の香り。


「オアシスだ……」


 距離で言えば、50㎞ほど先だろうか。

 砂原の奥には、これだけ離れていても肉眼でもわかるほどの、大規模なオアシスが広がっていた。


「水よ……! 水よおおおおお!」


 先ほどまでの疲れた様子から一変して、ミネアがその場ではしゃぎ回った。

 カルミナもキリエを下ろし、ストレスからようやく解放されたように、安堵の息を吐いた。

 キリエも水を口にし、よろよろと立ち上がって、泣きそうな顔でオアシスを見つめた。


 水の補充ができる。食料もあるかもしれない。

 全員の胸に、大きな希望の光が差した。

 キリエが、ミネアが、カルミナでさえも一目散に駆けだそうとしたその時だった。




「——動くな‼ まだ探知が終わっていない‼」


 


 アインスの鋭い声に、カルミナとミネアが反射的に足を止めた。

 ダンジョン内での安全を確保するのは斥候(スカウト)の仕事だ。その斥候(スカウト)が動くなと言っている。

 優秀な冒険者であるほど、優秀だと思う斥候(スカウト)の言葉には反射的に従ってしまう。信頼されているならなおさらだ。


 だが、それができるのは冒険者として経験値を積んでいるからこそだ。


 すぐに足を止めた2人に対し、キリエの反応が少し遅れた。

 そして、突如としてキリエの足元に魔方陣が出現し、輝きを放つ。


「キリエちゃん!」


 アインスが反射で飛び出し、キリエの体にしがみついた。

 魔方陣が一瞬大きな輝きを放つと、2人の姿はその場から忽然と消えてしまっていた。


「アイ、ンス……?」


 カルミナも、ミネアも、目の前で何が起こったのかわからなかった。


「——転移トラップ」


 一瞬遅れてカルミナが気付くと、ミネアもハッと息をのむ。


「どどど、どうしよう?! アインス君たちはぐれちゃったわよ⁈」

「……! 落ち着け、魔物はいないんだ。アインスには探知眼もある。念話石で互いの位置を確認しながら合流すれば——」


 自分にも言い聞かせるように、冷静を装うカルミナの言葉を引き裂くかの如く、大きな振動と共に、砂原から全長500mはあるであろう、巨大な砂蛇が飛び出した。


「……ランド、イーター?」


 カルミナの絶望した様に、その魔物の名前を漏らした。


 馬鹿か私は。オアシスがあるってことは他の生物が暮らせる環境があるってことだ。

 今まで一匹たりとも姿を現さなかったのに、ここにきて出現するなんて。

 それもSランク魔物の【ランドイーター】が。


 どうしよう。アインスもキリエも戦闘手段を持たない。

 というか、今の動作は捕食行動だ。何か獲物を見つけて、砂の中から姿を現したんだ。

 まさか、アインスが食べられた?


 最悪の予想がカルミナたちの頭を駆け巡った。


 どうしよう。

 アインスが無事じゃなかったらどうしよう。


「……あ、ああ」


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。


「あ、ああああああ、ああ、ああああああああああああ」

「ちょっとカルミナ?! 落ち着きなさい‼」


 最悪だ最悪だ。あの時水を見つけて油断したからだ。みんなが助かると安心してしまったからだ。

 こんな時にこそダンジョンが牙をむくことなんて知ってたじゃないか。斥候(スカウト)が周囲を探知するまで、新しい階層では動いちゃいけないなんて常識だったじゃないか。


 あの瞬間、アインスだけがそれをわかっていた。

 キリエは自分が止めなきゃいけなかった。


 キリエが罠を踏んだのは自分の責任だ。

 アインスが巻き添えになったのも自分の責任だ。


 自己嫌悪に襲われていたカルミナが、なんとかリーダーとして振る舞っていられたのは、冒険者として培ってきたプライドと自信からだった。


 それが今、ぽっきり折れてしまった。


 壊れたように嗚咽を漏らすカルミナを、ミネアがどうにか落ち着かせようとするが、そんなミネアも混乱の最中だ。

 目の前が真っ黒に染まっていく感覚が2人を襲う。


 とうとうミネアも何も考えられなくなり、絶望に染まった表情で、その場で膝を折ったその時だった。


『——カルミナさん、ミネアさん!』


 カルミナが持っていたマジックバックから、アインスの声が聞こえてきた。


「…………アイ、ンス?」

「……! カルミナ、念話石‼」


 ミネアの言葉に我に返り、カルミナが慌てて念話石を取り出した。


「アインス‼ アインス‼」

「アインス君‼ そっちは無事?!」


 カルミナたちの震えた声に、『はい!』と元気のいい返事が聞こえてきた。

 どうやらこちらの心配はお見通しらしい。

 元気な声に安心した2人は、声にもならぬ声の歓声を上げ、念話石を強く握りしめた。


「アインス、場所を教えてくれ! 今から私たちが——」

『いえ、2人はそこから動かないでください』


 カルミナたちの言葉を遮って、アインスは淡々と続ける。


『この階層、転移トラップだらけです。ダンジョンからすれば、泉を見せつけて精神的油断を誘ったところを、転移トラップで分断し、ランドイーターに捕食させることで戦力を削る作戦なのでしょう』

「それなら私たちはどうすれば……」

『この階層を無事に抜けるには、僕の【探知眼】が必要です。僕がキリエちゃんを連れて、皆の元に合流します』

「ランドイーターはどうするつもり? アインス君じゃかなわないでしょ?」

『あははは、そもそも戦う気なんてありません』


 念話石の奥で、アインスがニッと笑った。


『戦闘を避けて合流します。変異ダンジョンを戦わずして生き残った斥候(スカウト)の実力、見せてあげちゃいましょう』


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