2人みたいな人間になりたいよ
攻略再開1日目。
結論から言うと、攻略のペースは上がらなかった。
いくら砂漠の環境に慣れているとはいえ、キリエはまだ子どもだ。
冒険者として数々の修羅場を潜ってきたアインスたちに置いて行かれないことがやっとの状態だった。
攻略ペースを上げようにも、カルミナたちが歩く速度を少しでも速めれば、みるみるうちにキリエは遠ざかってしまう。
何とか頑張って2階層奥へ進めたが、目標となる攻略ペースには遠く及ばない。
人数が増えた為、水も食料も一人当たりの取り分が少なくなる。
上がらない攻略ペースに、乾く喉。満たされない腹。
キリエさえいなければ。
表には出さないものの、フラストレーションはカルミナの中に確実に溜まっていった。
攻略再開2日目。
攻略ペースは上がるどころか、目に見えて落ちた。
理由は2つ。
1つ目の理由。この階層からダンジョンが罠を設置し始めた。
透明な魔方陣が、階層に疎らに設置され、魔方陣に乗った者を1秒後、同じ階層のランダムな場所へ飛ばしてしまうしまう【転移トラップ】だ。
この広大な砂漠の地で、はぐれてしまえば合流が面倒だ。
探知眼で罠の位置を見破れるアインスが先頭になって、索敵しながら進む。
突如として目の前に罠が設置されることもあるため、純粋に進むスピードを遅くせざるを得ない。
万が一踏んでしまった時の為に、出来る限りひとまとまりになって動かなければならないので、熱が籠る分体力の消耗も大きかった。
2つ目の理由。純粋にキリエの足が遅い。
満足に水分や食事を摂れないせいもあるが、昨日よりもさらに歩くスピードが落ちている。肉体的な疲れもあるが、得体のしれない地を歩かされる精神的疲労もある。
1つでも私たちの邪魔になるような行いをすれば、その時点で私はお前を見捨てて先へ進む。
なんとかキリエを持たせているのは、カルミナが放った無慈悲な言葉。
この異邦の地で見捨てられたら最後。待っているのは死あるのみ。
死にたくなさだけがボロボロなキリエの体と心を支えている。
休憩の時、アインスが自分の水を少し分けてやっていた。
ほんの少しだけ目に涙を浮かべて、カルミナに見えないように飲んでいた。
気づいているよ馬鹿が。涙なんか流すな、水分がもったいない。
攻略のスピードは落ちたが、運よくゲートを見つけることができ、この日は1階層だけ進むことができた。
アインスの探知眼で、岩場を何とか見つけ、この日もミネアがシェルターを作って野宿の準備をする。
アインスもミネアも、少なくなった水や食事に文句ひとつこぼさない。
そのことが逆にカルミナの怒りを燃え上がらせた。なんで私の優しい仲間たちがこんな苦労しなければならないんだ。
その日の夜も、夜の番を交代しながら寝る。
アインスが夜の番をするときに、キリエが起きて、自分が代ろうかと尋ねた。アインスは笑って、「気持ちだけもらっておくよ。ありがとう」といってキリエを寝かしつけた。
優しいアインスに媚びを売るんじゃない。
心の中でカルミナは舌を打った。無能は黙って寝てろと。
しっかりと安全を確保してくれるという安心感がなければ、夜の番は成り立たない。作業は簡単だが誰にでもできる仕事じゃない。
アインスとカルミナが夜の番を交代し、ようやくアインスが就寝に付いた。
アインスもミネアも寝返りの回数が多い。喉の渇きでうまく寝つけないのだろう。ミネアはしっかり眠りにつくときは、大口を開けて涎を垂らして寝るのに、今日は口を閉じたまま、寝心地悪そうな寝息を立てている。
ぐう、とアインスが腹の音を鳴らした時には、カルミナは泣きそうになった。
2人にはもっと楽させてやりたいのに、と。
攻略再開3日目。
攻略の途中でキリエが倒れた。
アインスが駆け寄り、様子を見てやると、熱中症の症状が現れていた。
塩を混ぜた水を飲ませてやったが、もう満足に歩けそうもない。
近くに陰になるような岩場もない。進むしかないわけだ。
キリエが体を痙攣させながら立ち上がろうとした。
アインスが背負って運ぼうとするのを奪うように、カルミナが乱暴に持ち上げ、俵でも運ぶかのように肩に担いで運ぶ。
ま、だ、歩け、る。
枯れた声でキリエが呟いたが、カルミナは無視して担いで歩いた。
キリエが自分で歩いていた時よりも、進むスピードが上がったのが皮肉だった。
キリエがカルミナの肩で、体を振るえさせ始めた。
恐怖心からだろう。間違いなく今のキリエは邪魔になっている。
邪魔になったらカルミナに捨てられて死ぬ。
捨てていかれても何も言えない状況になって、キリエは意識をもうろうとさせながら、恐怖に震えることしか出来なかった。
涙こそ流さなかったが、嗚咽のような声が、乾いた口から漏れ出ていた。
糞餓鬼が。
そんなキリエの様子に、カルミナの心から罵声が溢れてやまなかった。
うるさい馬鹿。泣くな馬鹿。泣きたいのはこっちだ馬鹿。
ほんとはお前なんか見捨てて先に行きたいんだ馬鹿。
お前を見捨ててでもアインスやミネアに、お腹いっぱいご飯を食べてもらいたいし、気兼ねなく水を飲んでもらいたいんだ馬鹿。
お前さえいなければ、残りの水や食料に怯えることなく攻略ができていたんだ馬鹿。
2人に命のリスクを背負わせることもなかったんだ馬鹿が。
今この場に私しかいないなら、間違いなくお前なんか見捨てている。
それでもお前を見捨てないのは、アインスやミネアなら見捨てないと思うからだ。
2人とも優しいんだ。困っている人を放っておけないんだ。私なんかと違って。
2人に見捨てられたくないから、私はお前を助けているだけだ。
大好きな仲間を危険に晒すキリエが憎い。だが、それ以上に助けるとアインスたちに告げた後でも、こうしてネチネチと憎しみの感情が押さえられない自分が嫌いだった。
インシオンでスタンピードが起こったあの日——自分に思いの丈を告げて以来、アインスは変わった。自分の弱さと真摯に向き合って、斥候として、冒険者として大成できるよう、毎日努力を重ねている。
冒険者として、1人の人間として成長していくアインスを見ていると、自分も変われる気がしたんだ。でもそう簡単にはいかないみたいだ。
私は自分の勝手で人に迷惑をかけるやつらが嫌いだ。私の幸せを脅かす奴らが嫌いだ。いきなり現れたかと思えば、何もかもを台無しにしていきやがる。
私は自分の勝手で、私の仲間を危険に晒す奴なんか助けたくないよ。
何でこんな奴に優しくできるんだ。
優しくできない私がおかしいのか。
どうやったら2人みたいな人間になれるんだ。
劣等感が消えないどころか、増すばかりだ。
心も体も、私は醜い。
2人みたいな——人間に、私もなりたいよ。
もう痛みなど残っていないはずなのに、肩に出来た痣がズキズキとうずいた。
かつて恋人だった男に醜いと言われた痣が。
「皆! ゲートです!」
アインスの声に、皆がほっと息を下ろした。
アインスの探知でも、ゲートの位置は分からないはずなのだが運がいい。ペースが落ちないだけラッキーだ。
ゲートを潜り、次の階層へと進む。
次の階層にたどり着き、広がっていた光景に、皆が思わず息をのんだ。




