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クビになった理由

 

 肉が焼ける香りとともに、どこかで嗅いだことのあるような、オードトワレの清涼感漂う香水がアインスの鼻を撫でた。

 後頭部に感じる、柔らかくもしっかりとした肉の感覚に、思わず夢見心地になってしまう。

 今日感じてきた理不尽を忘れさせるかのような心地よい感覚に、目覚めてなお自分が寝てしまったと自覚するまでに、少しの時を要してしまった。


「——ああああ⁈ 焚火は⁈ 焚火は?!」


 自分が眠りこけたことを自覚したアインスが飛び起きて、生命線である焚火を確認する。

 慌てて確認するも、焚火は夜の闇の中、元気に燃え盛っていた。

 そのことに安心しながらも、自分が集めた枝よりも、ずっと立派な火種がくべられていることに、アインスは違和感を覚えて首を傾げた。


「起きたようだな。【斥候(スカウト)】の少年」


 突如、自分の背後から聞こえた女の声に、反射的に声の方へ振り返る。


「あ、あなたは……?」

「おっと、いい女を目にしたら、まずは自分から名乗るのが礼儀じゃあないか?」

「あ、えと……僕は、アインスと言います。あなたは……?」

「カルミナ」


 SSランク冒険者の証である。金水晶のペンダントを見せながら、カルミナが続ける。


「私の名前はカルミナだ。君と同じ冒険者業を営む者だ。……いや、今の君は、冒険者ではなかったかな?」

「カルミナって……【緋色の閃光】⁈」


 目の前の女性が、世界でも5本の指に入るような優秀な冒険者であると気が付いたアインスが驚きの声を上げる。


 驚きながらも、アインスは自信に満ちた妖艶な笑みで、自分のことを見つめてくる女冒険者を一瞥した。


 まず目を引くのは【緋色の閃光】の二つ名の元にもなっている。真紅の髪だ。腰まで伸びた、手の行き届いた深紅の髪は、焚火の光を美しく反射し滑らかな輝きを放っている。

 深紅の髪の隙間から、まつ毛の長い切れ長の美しい瞳がこちらを覗いていて、髪に負けないくらい深みを帯びた赤の瞳は宝石のようで、見ているものを虜にしてしまう。

 整った目鼻立ちに、艶やかな桃色の唇。誰もが街で会えば2度振り返るような美人だ。


 そんな整った顔の下に続く体も一級品。

 革製の服の上から胸当てを装備し、露出はほぼゼロに近い。にも拘わらず。全身から性的な魅力が漂うのは、服の上からでもハッキリと形が見て取れる蠱惑的なボディラインによるものだろう。


「中々スペシャルな体験だっただろう? こんな美しい女の膝の上で眠りにつく感覚はどうだったかな?」


 カルミナが自分の太ももをポンと叩くと、寝ていると感じた柔らかい感触が、カルミナの膝枕によるものだったことに気が付いた。


「あああ、なんとかいうか、その、あの」


 突然顔に熱が溜まっていき、顔を真っ赤にして言葉を探すアインスを、余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、「気にするな」とカルミナが嗜める。


「君もスペシャルな男なら問題ない話だ。ところで少年。君は元居たギルドをクビになったそうじゃあないか」

「ブホッ——?! なんでそのことを……」

「私が良い女だからだ。良い女は耳が早い。訳を話してみろ。興味がある」


 突然、今一番触れられたくないことに話題が移り、アインスが思わず噴き出した。

 何の説明にもなっていないカルミナの回答に、この人変人なのかな? と、頭を困惑させる。


 好奇心に満ちた目で、自分の語り出しを待つ美人。

 話すしかない、と謎の圧に気圧されて、観念しながらアインスは話し始める。


「……死人を出したんです。ダンジョンで」

「らしいな。罪深いことだ」


 ダンジョンとは、世界各地に突如として発生する、魔物が巣くう迷宮のことだ。

 洞窟の洞穴、つたで覆われた自然の門、砂漠の砂地獄のようなものなど、入り口の見た目は様々だが、一度ダンジョンの入り口を潜れば、そこには様々な魔物が生息する異空間が広がっている。

 石畳の迷宮や、吹雪が吹きすさぶ極寒地帯、むせ返るような暑さの熱帯雨林など、中の環境はランダムだ。しかし、どのダンジョンにも共通しているのは、その最奥部には、手にしたものの富や繁栄を約束するような、秘宝が用意されているということ。

 そんなダンジョンの情報が発覚したとき、秘宝を求めて、ありとあらゆる国や冒険者が、その攻略に身を乗り出した。


 しかし、ダンジョンのとある事実が明らかになったことで、ダンジョンは国、もしくは連盟の完全な管理下に置かれることになった。


 最奥部に秘宝があり、様々な魔物が巣くう異空間——ダンジョン。

 その正体は、秘宝を餌に人間をおびき寄せて喰らう、空間型の魔物だった。


 厄介なのは、ダンジョンで人間が死ぬと、ダンジョンは死んだ人間の知識を吸収し、その知識を利用して内部構造を変化させるという点だ。詰まる所、人を喰らって成長する魔物。


「僕が挑んだダンジョンは、Bランク相当のダンジョンだったので、Bランクの冒険者3名と共にダンジョン攻略に挑みました。……ダンジョンはダンジョンランク以上の冒険者3名以上のパーティーで攻略が義務付けられていますから……」


 最奥部の秘宝は魅力的だが、適当に攻略人員を送れば中で人が死に、どんどんダンジョンが成長していき、ダンジョンが爆発し、自らの子孫を残すために魔力を乗せた種子を遠くへ飛ばす。

 種子は飛ばされた地点でダンジョンを形成し、更に人を喰らっていく。

 ならば中に入らなけれと思うかもしれないが、侵入者が現れない場合は、ダンジョンは内部で飼っている魔物を外へ解き放ち、周辺地域に被害を与え、攻略を促してくる。

 危険だからといって放置もできない。


 それを防ぐために、連盟のとある冒険者が発明したのが、ダンジョン解析器。


 入り口から発するダンジョンの生命力を分析し、ある程度の内部構造と環境、中で生息している魔物を解析する画期的な発明だった。

 この発明により、国や連盟などの機関は、ダンジョンを事前にランク付けすることができるようになったのだ。中の構造や生息する魔物をリストアップし、それをもとにダンジョンの難易度を制定する。


 基本的には、中に住む魔物の最高ランクが、ダンジョンランクに相当することが多い、Cランクなら苦戦するが、Bランク冒険者なら余裕をもって倒せるのが、Bランクの魔物。

 万一にもダンジョンで死人を出してはならないため、一定人数以上の、ダンジョンランク以上の階級を持つ冒険者を含めたパーティーでしか、攻略できないようルール決めがされた。


 このルールが制定されてから、ダンジョンで死ぬ冒険者の数が減り、ダンジョン攻略が安定したかのように思われたのだが――


「……あの日のダンジョンは違ったんです。ある程度奥に進んだところで、今までと環境が一気に変化してしまって、攻略計画の何もかもが狂わされました……」


 アインスが潜ったダンジョンは、森林の環境フィールドのダンジョンだった。階層もそれほど深くなく、出てくる魔物もBランク冒険者が3人もいれば、十分に対処できる強さのダンジョン。

 ……のはずだったのだが――ある程度先へ進んだところで、大きな振動と共に、周囲の環境が一変する。

 辺り一帯が雪に覆われ、出現する魔物も比べ物にならないほど強くなった。

 帰還の選択を強いられることになったわけだが、パーティーメンバーを襲ったのが食糧問題。荷物の総量を減らすべく、森林のフィールドで中の動植物を食料として確保しながら進む想定をしていたため、全員分を賄えるほどの携帯食料は持っていなかった。


「……僕は戦闘では役に立たないから、食料や備品がもったいないって言って、口減らしの為、置いて行かれたんです。……でも、帰る途中で皆の装備品を見つけたんです。血も肉もダンジョンに吸収されちゃったんでしょうね」


 事前の情報から防寒対策はしていなかったため、寒さで動きが悪くなったところを、ダンジョン内の魔物に襲われて死んでしまったのだろう。


「運が悪かったな、少年。それは【変異ダンジョン】だ」

「変異……ダンジョン?」


 初めて聞くワードに、アインスが首をかしげる。


「知っているだろう。ダンジョンは人間の知識を喰らって成長すると。大抵のダンジョンはダンジョンランクを守りさえすれば安定して攻略できるが——そう過信した身の程知らずの馬鹿が、中で死ぬと生まれるダンジョンさ。管理の眼を(くぐ)って、違法にダンジョンに潜った愚か者がいたのだろう」

「ど、どういうことですか?」

「測定器を使ってダンジョンの危険性を判別する、という知識を得たダンジョンが、自らの姿をあえて弱く偽装する。つまり低ランクを装って冒険者をおびき寄せる。ランクが測定できるという知識が広まった故の進化の形だ。君が挑んだダンジョンは本来Sランク相当のダンジョンだったのさ」

「そ、そんな……」


 驚愕の事実を知らされて、アインスはがくんと肩を落とす。

 こんな理不尽な目に会って、それで話も聞かれずクビになるなんて、僕にどうしろって言うんだ。


 だが、そんな傷心気味のアインスを気にもかけず、


「自分の身に何が起こったかは理解できたかな? では、私の質問だ」


 俯くアインスの顎をクイッと摘み上げ、無理やり自分の目線に合わせる。


「そんな危険な変異ダンジョンから、戦う術も持たない君はどうやって生還した? ただの【斥候(スカウト)】じゃあ不可能な偉業だ。君のもつ特技について、洗いざらい話して貰おうか」


 ギラギラと好奇心に満ちた目で、眼前に迫るカルミナ。

 落ち込む暇もなく、心臓をバクバクとさせたアインスは、自分の持つ【斥候(スカウト)】としての特殊能力について説明するのであった。



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