無理をしてないだろうか
「あんたたち、いつから気が付いていたの?」
ミネアの質問に、「気が付いたのはアインスだ」とカルミナが親指をさす。
「探知眼の範囲を広げた時に、僕たち以外の足跡を見つけたんです。……魔力ポーションが減っていたから、スキルを使って付いてきている誰かがいるな、と」
「【隠密】は探知眼でも探知できないようだしな」
「アインス君のスキルでも探知できないものもあるのね」
感心した様にミネアが頷くが、「って、そんなことより!」とミネアが表情を一転させキリエを睨む。
「何で私たちの食料盗ったのか説明しなさい‼」
ミネアに怒りの籠った眼を飛ばされ、キリエが強がりながらも、今にも泣きそうな様子で語り始める。
「お前らの後をつけて、秘宝を横取りするつもりだったんだ。……いろいろ準備してきたつもりだったけど、低ランクダンジョンのくせに階層も深いし……突然ダンジョンが砂漠になっちゃうしで」
「物資が足りなくなったわけだな」
「……うん。それで、仕方なくあんたらの荷物から拝借しようと」
「なんであたしの荷物だけ狙ったのよ⁈」
「だってしょうがないだろ……」
盗んだ理由は分かったが、ミネアだけが狙われた理由とは別の話。
更なる説明を求めて顔を近づけたミネアに怯みながら、キリエは続けた。
「リーダーの戦士は、五感鋭すぎで隙がないし……、斥候の兄ちゃんは、変なスキルで周囲の情報探知できるし……頭よさそうだし……」
「…………で?」
「あんたが一番アホで隙だらけだと思ったんだ……」
「クソガキがあああああああああああああ‼」
「うわああああああああああああああああ⁈」
服の襟元を掴んで、荒れ狂った様子でキリエの体を揺らす。
ぶちギレたミネアの様子を見て、「実際隙だらけだったな」とカルミナが呆れた息を吐いた。
「……それで、どうすんのよこの子?」
ひとしきりとっちめて、ひとまず落ち着いたミネアが、息を整えながらカルミナに訊ねる。
「……持ち物を見せろ」
低い声で促され、怯えながらキリエはカバンの中身を出した。
背負っていた大きなカバンから出てきたのは、ほとんどからになった水筒と、少量の携帯食料。
後は、小さな光源石か。
「皆……集合だ」
盗られないようにマジックバックを手元に引き寄せ、こそこそと3人は話し合いを始めた。
議題は言わずもがな。キリエを見捨てるかどうか。
「今のペースで攻略が進んだとして、4人分には足りない」
「……1日に3~4階層ペースで攻略できれば、何とかなるかと」
「よっぽど運が良くない限り厳しいわね」
「……」
カルミナは頭を悩ませて、低く唸った。
そんなカルミナの様子を、アインスたちが心配そうな目で見つめてくる。
心配しているのはカルミナではなく、キリエの方だろう。
インシオンでバットを殴ったカルミナのことだ。自分の勝手で迷惑をかけてくれるキリエのことを見放すことも十分に考えられる。
今回はギルド全員の生存がかかっている。メンバーの安全を盾にされれば、アインスたちもカルミナが見放す選択をしても咎められない。
ああ。わかってるよ。お前たちが考えていることは。
キリエをジトりと一瞥した後、カルミナが呟くような声でアインスたちに訊ねた。
「……攻略のペースを上げてもいいか?」
その質問に、ほっとした様にアインスたちが胸をなでおろした。どうやら無理をしてでも守ってやりたかったようだ。
「しょうがないわね~、やってやりますかあ!」
「僕も頑張ってゲートの位置が予想できないか考えてみます!」
リーダーの決定が下りて、アインスたちは自分を奮い立たせるように明るい声になる。
お人好しなやつらだ。とカルミナは笑った。
そして、のっそりと立ち上がって、キリエに向かって歩いていく。
「「……」」
そして、瞬間的に膨れ上がった殺気に、アインスたちは思わず声を引っ込めた。
まずい。カルミナは許していない。
リーダーとして自分たちの気持ちを汲んでくれただけだ。
カルミナ個人として、キリエの振る舞いを——自分たちに迷惑をかけたことを許していない。
アインスたちからは顔が見えないように、キリエの前に屈んで、顔を近づける。
カルミナがどんな顔をしているかは、キリエの顔が物語っていた。恐怖心を押さえられず、目に涙をためて唇を強張らすキリエの顔が。
「……ついてくる以上、私の命令には従ってもらう」
アインスたちには聞こえないような小さく、心臓を潰してくるような圧を孕んだ声で続ける。
「仲間の好意で守ってはやる。だが、一つでも私たちの邪魔になるような行いをすれば、その時点で私はお前を見捨てて先へ進む。死にたくなかったら振る舞いには気をつけろ」
恐怖をこらえきれなくなったキリエは涙を流しながら、コクコクと壊れたように頷いた。
「ミネア、交代だ」
「……うっす」
ミネアと夜の番を交代し、カルミナが適当な岩場に腰を掛けた。
恐怖で動けなくなったキリエを、アインスが「寝よう」とシェルターの中に誘った。
キリエはアインスと一緒に、毛布に包まるようにして寝た。アインスの横が安心できる、というよりは、食料を盗ってしまったミネア、そして自分を敵視するカルミナの元では気まずいので、消去法でアインスの傍にいるしかないという感じだ。
キリエを何とか落ち着かせて、寝かせた後、アインスはこっそりとカルミナの様子を伺った。
「……チッ」
アインスの気配に気が付かないぐらいに苛立った様子で舌打ちをしていた。
正直、以前のカルミナなら迷わず見捨てていただろう。自分の意志に抗ってでもキリエを守る選択をしてくれたのは、パーティーの気持ちに寄り添ってくれたからだ。
カルミナなりに変わろうとしてくれてはいるのだ。
だが、それと同時に無理をしているようにも見えた。
大丈夫だろうか。
インシオンでスタンピードが起こってから、カルミナはアインスのことをとりわけ気にかけてくれるようになった。
それ自体は嬉しいし、有難いとは思っている。
だが、それと同時に無理に自分を変えようとしているのではないかと、見ていて痛々しくなることが増えた。カルミナが自分のミスで必要以上に自分を責めることも増え、周りがそれをフォローすることもある。
この無理が、明日からの攻略に響かなければいいが。
心配は尽きないが、明日から攻略のペースを上げなければならない以上、体力の回復に努めなければならない。
心配から目を背けるように目を瞑り、眠りにつこうと毛布の中に潜り込んだ。




