スケイルの部下・シャノン。&変異ダンジョンへの突入
ダンジョンのゲートがあったのは、フローゼの町から2㎞ほど離れた場所にある岩場だった。
「カルミナさん!ミネアさんもお疲れ様です」
ゲートの前で天幕を張り、入り口の見張りを務めていたのは、連盟から派遣された冒険者だ。胸元に提げられているのは銀水晶の冒険者証。ミネアと同じSランク冒険者だ。
「元気そうで何よりだ。シャノン」
「おひさ~」
シャノン、と呼ばれた冒険者はどうやらカルミナたちとはすでに面識があるらしい。
橙色の髪の、ショートヘアの女性は人懐っこい笑みを浮かべながら、カルミナとミネアに腕を伸ばし、自分の体へと抱き寄せた。
強引に抱き寄せられながらも、「相変わらずだな」とカルミナが背中を擦る。
「あ、挨拶が遅れてすみません。私はシャノン。役職は【弓士】。スケイル様直属の冒険者よ」
「初めまして。アインスです。カルミナさんたちの下で斥候をしています」
お互い首元の冒険者証を見せて、会釈する。
弓士、というのは魔力で矢を強化したり、放った矢の軌道を曲げたりなど、弓矢の扱いに卓越したスキルを持つ役職だ。
背中に背負った身長大の大きな弓は、何やら呪いのこもった気配を感じる。アインスのクロスボウと同じく、ダンジョンで手に入る秘宝だろう。
軽装に身に纏った体は、細身ながらもしっかりと引き締まっている。起伏の少ないスラっとした体に、中性的な顔つきから、若い男性と見間違えてもおかしくはない。
元気いっぱいの笑顔はカラッとした太陽のような爽やかさだ。
初対面のアインスに「前に一緒のギルドで働いていた後輩」とミネアが補足した。
「それにしても、新しくギルドを作るなんて言い出した時は驚きましたよ。この子が斥候なんですね」
「ああ。スペシャルな人材だぞ」
「カルミナさんの御眼鏡に叶うなんて、凄いじゃないですか」
シャノンがアインスの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「もしかしてダンジョンの見張り? まさか連盟が攻略権譲り受けてからずっと見張ってるの?」
「そうですね。かれこれ半月くらいでしょうか」
寒暖差の激しい砂漠でダンジョンの見張りは大変だろう。5日歩くだけでもヘトヘトになった砂漠のど真ん中で、半月も一人でほったらかしにさせるとは、スケイルの人使いも荒すぎる。
「でも、皆さんが来たからには、見張りもあと少しで終わりそうです」
「うむ。スペシャルな成果を期待してくれ」
「値千金の報告を期待していますよ」
「あ、それ私のセリフー⁈」
ミネアの真似をして指を金の形にするシャノンに、カルミナとミネアは笑いあった。
快活で人当たりが良く、それでいて根も真面目だ。
ギルドが同じだったらしいが、カルミナとミネアが信頼している様子が傍目から見ても伝わってくる。
シャノンに手を振られながら、アインスたちはダンジョンのゲートを潜った。
「いい人でしたね」
「実は過去に、私のギルドに入らないかと誘ったことがある」
「そうだったんですか⁈」
「性格も、冒険者としての腕もいいしな。だがスケイルの部下になると言って断られた」
「ほんと、なんであいつの部下なんかやってんだろ」
確かにシャノンならこのメンバーにもうまく馴染めそうだし、Sランク冒険者なら【弓士】としての腕前も確かだろう。
カルミナとミネアの他に、シャノンも肩を並べてダンジョン攻略する光景を思い浮かべて、それも楽しそうだとアインスは想像する。
それと同時に、何でスケイルの下で使いっ走りなんかやっているのかと疑問も湧く。あの性悪男の駒になるんて、アインスからすれば絶対御免だ。
などと会話しているうちに、ゲートを潜り抜け終わり、そこには背の低い植物がポツポツと生える、乾燥帯草原が広がってた。
「さあ、攻略開始と行こうか」
カルミナの言葉にアインスたちが身を引き締める。
カルミナの五感とアインスの【探知眼】。どちらも利用して次の階層までの安全な道のりを確認しながら、ダンジョン内を歩いていく。
ダンジョン内を歩きながら、アインスは素早く地図にマッピングをしていき、有事の際に備えて周辺情報を図にして起こす。
乾燥はしているが、外の砂漠ほどではない。何ならダンジョン内の方が気温も湿度も過ごしやすいくらいだ。
生息している魔物は、岩のように固い甲羅をもつ大型甲虫の【ロックインセクト】。毒性のある植物を魔力で解毒しながら食べる【アンチドートラビット】。どちらも興奮すると人を襲うが、こちらから手出しをしなければ何もしない大人しめな気性の、全長50㎝ほどの小型の魔物だ。
危険性も低い為、このまま無視して進んでも構わないのだが——
「計画通り、今のうちに、物資を補給しましょう」
「よしきた」
アインスの立てた計画では、出来得る限りフロアの魔物を討伐していく手筈となっている。
カルミナが魔物を一体一体仕留めていき、アインスが手早く解体する。
そしてアインスが解体した死体から食べられる肉を集め、ミネアが【抽出】の魔法で水分を抽出し樽に納める。水分を含んだ地表や魔物に【抽出】を使い、砂漠で消費した水と食料を補給していくつもりだ。
「ミネアさん、そいつ毒を解毒しきれてません」
「まじか。抽出せねば」
この周辺の植物の一部は毒性があるらしく、一部魔物は体内に毒性物質をため込んでいた。毒を解毒する【アンチドートラビット】も解毒途中の個体は、可食部である肉に毒が混じっている場合がある。
そんな個体を見分けるのにアインスの【探知眼】は効果を発揮する。毒性物質の有無が一目瞭然だ。ミネアの水分を分解する【抽出】も加われば、水分の補給も可能。
二人の能力はサバイバルにおいてかなり有用だ。
そのように物資の補給を続けながら、アインスたちは2階層、3階層とダンジョンの奥へと潜っていく。
「植物が高くなっていますね」
奥に進むにつれて、草や木々の高さが、ひざ元から腰、腰から肩と増していき、4階層に着くと、見上げるような高さの木々が生い茂った森林の階層になった。
「水の香りがする」
カルミナの言葉にアインスも頷く。アインスの【探知眼】で探知したところ、どうやらゲート前に泉があるらしい。
「……ここが最後の補給ポイントかと」
「マジックバックの容量の限り詰めていくぞ」
泉はあえて避け、周囲の食べれそうな木の実や、魔物の肉を補給して、万全の準備が整ったところで泉に向かう。
底が見えるほど透き通ったきれいな水だ。
外から来た者は、罠とわかっていなければ、思わず反射で飛び込んでしまいそうなほどの広大な泉。
水不足で苦しむ外界の者からすれば、天国のような光景だ。
だからこそ攻略経験が豊富な冒険者からすれば、ダンジョンが用意した罠だと確信ができる。
「……準備は良いですか」
互いに頷きあってから、カルミナを先頭に一歩ずつ前へと歩みを進める。
そして、泉まであと一歩というところで、途端にダンジョン全体が振動しだし、周囲の空間が大きく歪み始める。
ダンジョンが突然周囲の環境を大幅に変える【変異】。
そして、空間のゆがみと振動が収束すると——
「ドンピシャ、だな……」
目の前に広がった光景に、変異の予想を完璧に当てたアインスへの称賛と、予想が当たって欲しくなかったという悲観が入り混じったような声を漏らしながら、カルミナが辺りを見渡した。
太陽を手で遮らなければ前が見えないほどの強い日差し。
口を開ければ舌の水分を一気に持っていかれそうなほど乾燥した灼熱の空気。
緑豊かな森林の環境から打って変わり、生命一つさえ育むことのできない、死の砂漠が目の前には広がっていた。




