剥がれた仮面と変異ダンジョン
「カルミナさんがいっていた、同じスキルの持ち主ってあの人の事だったんですね」
カルミナと初めて会った時に、【探知眼】のスイッチの作り方を、とある人物に教わったと聞いた。
それがスケイルだったのだ。誰かとは気にはなっていたが、まさか連盟の党首とは思っていなかった。
「冒険者としては随一の腕の持ち主だが、如何せんあの性格でな……」
人の困った様子や驚く様子をあざ笑うのが好きな人間だった。そのくせ連盟党首という自分の立場に存分に幅を利かせ、理論武装してくるから質が悪い。だが、それを行えてしまうだけの地位や権力が彼にはある。
そして、その地位を得るに至った実力や実績も。
「斥候なら、低ランクギルドでも斥候の扱いが良くなるよう、もっと根回ししてくれてもいいのに……」
「あいつ優秀な人間にしか興味ないのよ」
低ランクダンジョンでは階層が少なく、強い魔物が住んでいたり、過酷な環境が広がっていたりするわけでもないので、魔物の位置や罠の位置、ゲートの位置を予想しやすい斥候はあまり重宝されない。いれば便利だが、いなくても攻略できてしまう。
代用がきいてしまうレベルの斥候はどうでもいい存在なのだろう。
優秀な斥候の重要さを証明するにあたり、【変異ダンジョン】の説明は必要になる。情報公開のリターンよりリスクを取った形だ。スケイルからすれば、無能がダンジョンで死ぬ分には大きな影響はない。
「……皆すまないな。私のせいで言われっぱなしになってしまった」
「あんま気にしなさんな。あたしたちがイラつくのわかってやってんだし」
カルミナがシュンとした様子で謝り、ミネアが慰める。
「いや……スケイルとの一件だけじゃない。連盟についてから他の冒険者からの視線が痛かっただろう。私がもっと先のことを考えていればこんなことには……」
「カルミナさん……」
だが、ミネアの慰めでさらに気落ちし、暗い表情でアインスたちに頭を下げる。
インシオンでの一件以来、カルミナがしおらしい態度になることが増えた。
カルミナの過去を聞いた後では、本来はこういう性格なのかもしれないとアインスは思った。
出会った当初の尊大で不遜な態度は、自分を大きく見せるための仮面であり、本来は自分に自信の持てない、気弱な気質なのかもしれない。
「そ・ん・な・こ・と・よ・り‼」
カルミナがしょげきる前に、ミネアが強引に流れをぶった切る。
「あいつのあの態度! 十中八九【変異ダンジョン】でしょコレ!」
「え⁈ そうなんです⁈」
アインスがこれまで煮え湯を飲まされ続けた【変異ダンジョン】。
そう断定できる根拠がわからないアインスに、カルミナが説明した。
「自分が攻略できない難易度のダンジョンの攻略権ならともかく、今回みたいな低ランクダンジョンの攻略権なんか普通は売らないんだよ。奥にある秘宝の所有権までわたしてしまうことになるからな」
光源石に念話石、マジックバック等、人知を超えた秘宝の数々は、所持した人間や国に様々な恩恵をもたらしてくれる。
よっぽどの理由がない限り、大金を詰まれようが攻略権を譲渡する理由はない。今回のように「安く買えた」なんてことは起こり得ないのだ。
つまり、所有権を持っていた国が手に負えない難易度のダンジョン。
それも恐らく死人を出している。公になれば周辺諸国への賠償は免れない。
それがバレる前に、秘密裏に攻略権を連盟に売りさばいたのだろう。希少な秘宝が眠る可能性が高い高難度ダンジョンの攻略権を、安く買えたのはこういうからくりだ。
「ほら、案の定中身はダンジョンで死亡した人間の詳細資料よ」
依頼書に添えられて渡された謎の封筒の中身が、カルミナたちの推測の裏付けをする。
封筒に連盟の印が押されていない辺り徹底している。
「あいつ私たちが攻略しないなら、自分で攻略するって言ってたでしょ。伝説の冒険者が、連盟の仕事ほったらかして低ランクダンジョンなんかに挑まないわよ」
逆を言えば、伝説の冒険者が出向かなければならない程、難易度の高いダンジョンというわけだ。測定器の結果に異常がないとすれば、自分を弱く装い、冒険者をおびき寄せる【変異ダンジョン】だと考えられる。
「私たちがギルドランクを早急に上げたがっていた点を利用されたな」
「表向きはEランクダンジョンの攻略依頼ですよね? これをクリアしたところでギルドランク飛び級なんてできるんですか?」
「ダンジョンの難易度が変動した場合は、変動後の難易度基準で報酬の用意や評価がされる。【変異ダンジョン」についての情報は、公にはされないがな」
「理由は適当にでっちあげられるけれど、日を置いてからギルドランクにも反映されるわ」
つまり、今回は表向きEランクダンジョン攻略の体で、高難度ダンジョンの攻略に挑まされるというわけだ。
表向きの体裁さえ整えばスケイルの裁量で、ギルドランクを自在に昇格させられる。
グレーを白か黒に染める権利とはこういうことなのだろう。
「……僕たちがこっそりギルドランク上げようとしたら咎めたくせに」
「自分の見てないところで好き勝手やるなってことでしょ」
逆を言えば、自分の許す範囲でなら好き勝手やっていいということになる。
本質的に連盟は規則ではなく、スケイルを絶対的な基準に置いて運営されているわけだ。
「……向こうからチャンスをくれる分にはありがたいか」
連盟から罰としてただ働きでこき使われ、ギルドランクをコツコツ上げようと考えていた矢先この出来事だ。
初対面のアインスからしたら説教の件と言い、状況の理解と感情が追い付かない。
少なくとも底知れない人物であるということは確かだった。
「こうなった以上、値千金の活躍をしてやろうじゃないの‼」
どうにも煮え切らないが、依頼を受注した以上はやりきるのみ。
ミネアが強引に話を纏めると。カルミナとアインスは顔を見合わせてから、力強く頷いた。




