白と黒 飴と鞭 ~クビになった斥候はAランクへ昇格する~
「それにしても、盛大にしくったねえ。君ともあろうものがダンジョンブレイクを起こすなんて」
世間話と言うよりは、痛い所を突きたいだけらしい。
少しだけ苦い顔をしたカルミナに、クククと喉を鳴らしながら続ける。
「随分と半違法な手段でギルドランク上げようとしたじゃない。自分の自信の無さを取り繕うために、スペシャルな肩書がそんなに早く欲しかったのかな?」
「……あ、あの、そんな言い方」
どうやらカルミナのことは、トラウマも含めて全て知っているようだ。
心の傷を広げるような物言いのスケイルに、アインスが思わず声を上げるが、それを無視して言葉は続く。
「ま、君たちがダンジョン攻略に成功しようがしまいが、ギルドランクを上げるつもりなんてなかったけどね。無駄な努力お疲れ様」
「はあ⁈ どういう意味よ⁈」
ミネアが声を荒げて突っかかる。
「国が依頼したダンジョン攻略に、冒険者が協力者として同伴することは、あんたの決めた法には触れてないでしょうが!」
「でも実際は、君たちだけでダンジョンを攻略しようとしただろう? 実質的な攻略権ののっとりだ。体裁をどれだけ整えようが、それを良しとしてしまえば、君たちの後を追ってこすい手段でギルドランクを飛び級しようとする馬鹿が現れる」
スケイルの反論にミネアが怯む。
高ランク冒険者たちにのみ、インシオンでの一件について公開したのはこのためか。
ギルドランクを非正規のルートで上げることを防ぐための牽制のようだ。
「君たちがどれだけ優秀かなんて関係ないんだよなあ。今後は半違法な手段で、ギルドランク上げようなんざ、馬鹿な考えはよしてくれよ?」
「グレーな手段でカルミナを買った人間が何を偉そうに」
高弁を垂れるスケイルをミネアが睨むが、それをあざ笑うかのようにスケイルがクククと喉を鳴らした。
「連盟が僕の組織である以上、グレーを黒か白……どちらに染めるかは僕に決定権がある。僕に都合がいいように物事の採決は取らせてもらうさ……それに」
敵意を顕わにしたアインスの表情に、スケイルがようやく反応した。
「カルミナを買ったことに関して、僕を責めるのはお門違いだぜ? 君を商品にしたのは僕じゃない。君の親だ。僕は市場に流れていた商品を買っただけさ」
心の傷をなぞられ、カルミナが少しだけ体を強張らせた。
「自分を商品だと思っていたのなら、人並み以上の生活を送らせてやったことに感謝して欲しいね。君がこうして人の中に混じって過ごせるのは、生きる術を与えてやった僕のおかげじゃあないか?」
何も言い返せないカルミナの様子に、「あーーーーーーーはっはっはっはっはっは‼」と腹を抱えてスケイルが笑った。
「おいおい、悪人を見るような視線はよしてくれよ。僕は白を黒に、黒を白にしたりはしない。最低限の良識を持ち合わせているからこそ、連盟をここまで強大にし、今の地位を築いている」
「今日僕たちが呼ばれたのは、嫌味を聞かせるためですか?」
「嫌味じゃなくて、説教さ。能力にかまけてあまり好き放題やってくれるなよっていう、育ての親からのね」
こういう時に連盟党首ではなく、育ての親と言う立場を持ち出してくるのは性根が悪い。実際は子だなんて思ってもないだろう。だがカルミナはそれを否定できる立場にない。
アインスたちも、絶妙に傷口の周辺をなぞるような態度や言葉の数々に苛立ちはするものの、それを咎められるような立場でもなかった。
観念したように黙りこくったアインスたちを見て、スケイルはニコニコとご満悦といった様子だ。
「まあそんなにしょげるなよ。良いニュースもある」
「……いいニュース?」
「君、【強者の円卓】の元斥候だろ? どうやら斥候としての成果を、随分とちょろまかされていたみたいじゃあないか」
遺恨のあるギルドの名前を上げられ、アインスが苦虫を潰したような顔になった。
「ナスタ。用意していたものを」
「只今」
スケイルが指を鳴らすと、一つの冒険者証と、大量の金貨が入った麻袋が、アインスの前に置かれた。
「……これは?」
「【強者の円卓】、ギルドランク昇格試験の際に、攻略計画を立てていたのは君だろう。元職員が吐いてくれたよ。能力があるものには、それにふさわしい称号が与えられるべきだ」
用意された冒険者証には、Aランク冒険者の称号を示す赤色の水晶が取り付けられていた。
「今日からAランク斥候を名乗るといい。そのゴールド袋は、不等に支払われなかった君の給金の差額分だ。ギルドの不正を見抜けなかった連盟からの、慰謝料も上乗せさせてもらったよ」
「僕が……Aランク……」
今まで最底辺のEランク冒険者として扱われてきたため、不意を突いて示された自分の評価に、思わず現実かどうか疑ってしまった。
呆然とするアインスの首に、カルミナが新しい冒険者証を優しくかけた。
「良かったじゃないか。アインス」
「……はい!」
嬉しさのあまり、ちょっとだけ涙声になってしまう。
喜びに浸るアインスに、「僕の事、見直してくれたかな?」とスケイルが片目を瞑る。
水を差されたかのように真顔になったアインスたちを見て、つれないなあ。とスケイルが息を吐いた。
「多少いい気分にさせてやったついでにさ。僕の個人的なお願い聞いてくれない?」
「お願い?」
「とあるダンジョンを攻略して欲しいんだけど」
ナスタが机の上に置いたのは、とあるダンジョン攻略の依頼書だ。
「Eランクのダンジョンですか?」
「そうそう。ギルドランク最低の君達でも受けられるEランクのダンジョン」
ギルドランクを上げるには、ダンジョンの攻略実績を上げ、昇級試験に挑む必要がある。
そのため、ギルドランクに見合ったダンジョンをわざわざ見繕ってくれるのはありがたい。
「「……」」
のだが、スケイルと言う男がわざわざ最低ランクの依頼を、自分たちに押し付けるために、保持していたとも考えにくい。
この男のことだ。何か裏がある。
疑いの視線を投げたカルミナとミネアに、スケイルは意味深な笑みを顔に張り付けたまま、依頼について補足した。
「連盟が管理していたダンジョンじゃないんだけどさあ。ダンジョンの攻略権を買ってくれないかって、とある国のえらーい人たちに持ち掛けられたわけ。相場よりかなり安く譲ってくれるって言うから、良い買い物だと思って買ってやったのさ」
「国が売った? ダンジョンの攻略権を?」
「ああ。珍しいだろ」
低ランクダンジョンでも、最奥部には光源石のような値が付く秘宝が眠っている。
攻略権を放棄したということは、その秘宝の保有権を手放したも同義だ。
何もなしに、安値で攻略権を買いたたくなど、普通はあり得ない。
「念のため測定器を使って、ダンジョンランクを調べたけど、Eランクだったよ。よかったなあ。ちょうどいい依頼がふってきて」
「……この依頼、私たちが受けなければならないのか?」
「嫌なら受けなくていいぜ。そのときは僕が直々に攻略しよう」
その言葉に、カルミナの中で燻っていた疑念が確信に変わった。
「……わかった。この依頼、私のギルドで受けさせてもらう」
「おっけー。クリア後の報告は正確にしてくれよ?」
カルミナは用意された依頼書にサインをし、攻略受注の手続きをその場で済ませた。
スケイルが最後に依頼書を一瞥して、連盟認可の印を押す。
そして机の引き出しから、厚みのある封筒を取り出し、印を押した依頼書に添えて渡す。
どうやらすべての要件が終わったらしい。
ナスタに連れられて、部屋を後にした一行を、
「アインス君」
不意に、スケイルが呼び止めた。
「期待しているぜ。僕と同じ眼を持っているんだろ?」
「同じ眼……?」
まさか、と小さく口を開けたアインスに、スケイルがスキルを発動して、輝きを放つ右目を見せつけた。
「あなた……、斥候だったんですか⁈」
「そうとも」
高ランクギルドを除いて、斥候の扱いはあまり良くない。
そんな現状があるからこそ、連盟の党首の役職は、何か戦闘に特化したものだとばかり思いこんでいた。
戦闘能力を持たないはずの斥候が、全冒険者たちの最高の地位に君臨している。
言葉を失ったアインスを見て、スケイルがクククと喉を鳴らす。
「その能力、せいぜい僕の為に役立ててくれよ?」
立ち止まるアインスに、「行くわよ」とミネアが腕を引っ張った。
驚きが抜けず、魂が抜けたかのようにミネアに連れられて行くアインスを、意地の悪い笑みを浮かべたまま、スケイルは姿が見えなくなるまで見送った。




