連盟党首 スケイル
ナスタが帽子の唾を下げながら踵を返し、先陣を切って歩き出す。良質な素材のマントを小さく揺らしながら歩く背姿が、ついて来いと言外に語っている。
冒険者で賑わう広間を抜け、案内されたのは幾重にも錠がかかった、大きな扉の前だ。
「……少々お待ちを」
カルミナたちを背に、ナスタは手に持っていた杖に魔力を籠め、何やらブツブツと詠唱を始めた。
杖を通して魔力が錠に流れ込み、詠唱一節ごとに錠が一つずつ外れていく。
全ての錠が外れると、大きな音を立てて門が開いた。
ナスタが一度だけアインスたちへ目配せしてから、再び黙々と歩きだす。
窓がなく、光源石を使った照明に照らされた廊下を、アインスたちは歩く。
アインスが思わず目を剥くほど高額だった光源石を使用したシャンデリアが、等間隔で廊下に吊るされていた。
ミネアが「一個ぐらい盗ってもバレないかしら」と小さな小声で呟いたが、カルミナたちは聞かなかったことにした。
「アインス。連盟の党首は知っているか?」
「……はい。確か、スケイルという、伝説の冒険者であり、連盟を設立した人物ですよね?」
「ああ」
連盟の設立が80年前だったか。様々な国家やギルドが高難度ダンジョンの攻略に手こずっている中、たった一人で様々な高難度ダンジョンを踏破し、ダンジョン被害に会う様々な国を救ったとされる伝説の冒険者。
圧倒的カリスマで当時バラバラだった冒険者ギルドを統括し、ダンジョン攻略のノウハウを連盟内で共有。冒険者育成に励む傍らで、彼が設定した冒険者・ギルドランク制度や、測定器を用いたダンジョンランクの制定など、ダンジョン攻略における基準の整備に取り組み、今の世界の形を作った人物だ。
30年前、最後の攻略をきっかけに冒険者業を引退し、今では連盟と、連盟直営のギルドの運営に専念しているらしい。どんな役職を持っているのか、容姿はどんな人物なのか。性別と経歴以外の情報は、30年前を皮切りに不自然なほどに出回っていない。
「経歴が本当なら、結構な年な方ですよね?」
「……まあ、年齢上はな」
「……?」
何やら含みの混じったカルミナの様子に、アインスは首を傾げた。
「どうぞこちらへ」
長い廊下を渡り切り、案内されたのは小さな応接室。
部屋を囲むように設置された棚には、いくつもの秘宝が展示されている。部屋の主——連盟党首の私物だろう。
豪勢な装飾が施された来賓用のソファに腰を掛けるようにナスタが促した。
スケイルという人物は、どのような人物なのか。
緊張で身を固めたアインスに、ミネアが「そう気を引き締めなくてもいいわよ」と声をかける。
「アインス君が思うような、ちゃんとした人間じゃないから」
「? それはいったい——」
どうやらミネアたちは面識があるのか、会う前から疲れを滲ませた複雑そうな表情だ。
眉をしかめながらアインスがソファに腰を掛けた時だった。
ブウッ。
「「……………………」」
アインスの尻から放屁のような音が、部屋に響き渡った。
「ちょっと、気を引き締めなくて良いとは言ったけど、それはいくらなんでも……」
「——は?! え、ちょ、誤解です‼」
鼻をつまみながら呆れた様子で見つめてくるミネアに、混乱するアインスが弁明した。
「すまない」とカルミナが、アインスが腰を掛けたソファのクッションを捲る。
「……音と匂いの元はコイツだな」
カルミナが鼻をつまみながら取り出したのは、何かの動物の膀胱か。
どうやらソファの下に仕込まれていたらしい。空気に匂いまで含ませて、巧みに屁をこいたかのように演出してくる。
「あーーーーーーーはっはっはっはっはっは‼」
アインスたちが呆然としていた所に、癇に障るような笑い声を上げながら、部屋奥に設置されていた作業机の下から、1人の男性が姿を現した。
「ミネアちゃぁん、屁えこいたと思った?! 思ったでしょ‼ あーーーーーーーはっはっはっはっはっは‼ 良いリアクションだったよお! これなら宴会用のパーティーグッズとして量産してもよさそうだ!」
肩にかからないくらいに伸びた栗色の髪に、アインスと同じ金色の瞳。
突然現れた、見た目20代くらいの華奢な男は、顔に手を当てながらケラケラと笑い声を上げていた。
え、誰この人。
初対面にも拘らず、何だかムカつく振る舞いの男の登場に唖然とするアインスに、カルミナが大きく息を吐きだしながら、「党首だ」と呟いた。
「はあ⁈ え、この人が……連盟の……⁈」
「そう! 僕党首‼ あーーーーーーーはっはっはっはっはっは‼」
驚きのあまり目を剥いたアインスの様子を見て、党首と呼ばれた男は天井を仰ぎながら、腹を抱えて笑った。
「改めて、僕が連盟の党首——スケイルだ。よろしく頼むぜえ、アインス君」
この軽薄な優男が、現連盟の党首にして、伝説の冒険者、スケイル。
カルミナの回答に、「いやいやいや?!」とアインスが声を荒げた。
「あり得ないあり得ない! いくらなんでも若すぎる! だってスケイルという冒険者が連盟を作ったのは80年近く前です! 本物はもっと年を取った方のはずじゃあ……」
「ところがどっこい。とあるダンジョンを攻略した際、【若返りと不老の妙薬】という秘宝を見つけてね。それを飲んだ僕は年取らないし、老化で死ぬこともない。一生働き盛りの20代ってわけよ。僕の言葉が信じられないなら、カルミナにでも聞いてみたらどうだい?」
カルミナの顔を見上げるも、ただただ黙って頷くばかりだった。どうやら本当の事らしい。
状況を飲み込み切れないアインスに「まあ座れよ」とスケイルがアインスたちの前のソファに腰を掛ける。
背もたれに全体重を乗せ、ふんぞり返った大勢のまま、スケイルは話を切り出した。
「そう緊張するな。たわいもない世間話でもしようじゃあないか」
底知れない意地の悪さを張り付けたような笑みを浮かべるスケイルから、カルミナもミネアも目を逸らす。
「おいおい、素っ気ないな。久方ぶりに育ての親と対面したって言うのに」
「育ての親ってことは……」
カルミナを金で買い、冒険者に育てた張本人か。
少しだけ敵意を孕んだアインスの目線を意に介さず、「話題はこっちから用意しようか」とスケイルは話を始めたのだった。




