途方に暮れるEランク冒険者、それを追うSSランク冒険者
「はあ、これから先どうしよう……」
【強者の円卓】のある街から少し歩いたところにある深い森。
その森の中を、小さい歩幅で歩きながら、アインスはため息をつく。
とある事件をきっかけに、故郷と両親を失い、途方に暮れていたアインス。
飢えで今にも死にそうなところを、リードという冒険者に拾われたのが、【強者の円卓】に所属したきっかけだ。
拾われたと言っても、それがリードの善意によるものではなく、極めて打算的な理由での行動であったことはアインスも分かっている。リードが自分を拾ったのは、自分が【役職】持ちであったからだ。
この世界では、一部の人間は生まれながらにして【役職】を持っていることがあり、役職もちの人間は、役職に応じた特殊能力を使うことができる。
例えば【魔導士】の役職を持つ人間は、魔力を様々なエネルギーに変換させ、生まれながらにして炎や氷を自在に操ることができるし、【戦士】の役職を持つリードなんかは、魔力で体を強化し、通常の人間の数十倍の力を発揮することができるのだ。
ドラゴンやサイクロプスと言った、人間の脅威となり得る魔物が溢れるこの世界で、役職をもつ人間は、そのような存在に対抗する上で——国力を保持する上で貴重な存在だ。
役職を持つ人間はその身を国に預け、国のために力を振るうかわりに、相応の権力や富を受け取り、悠々とした生活を営む者がほとんどだ。
だが、国に縛られることを嫌った役職もちの者たちが、独自に立ち上げたのが【ギルド】という組織。国が対応しきれない危険生物の討伐やダンジョンの攻略を、仕事として引き受け、報酬を得て生計を立てる組織だ。
自由とクエストを求めて各地を渡り歩く様から、やがてギルドに所属する者たちは【冒険者】と呼ばれるようになっていった。
だが、ギルドが順調に各地へ数を増やす一方、クエストの取り合いや、報酬の分配をめぐって、ギルド間や国でトラブルが起こることが増えてきた。
そして順調にその数を伸ばしたギルドを取りまとめる存在として生まれたのが【連盟】だ。
当時、スケイルと言う最高の冒険者が立ち上げた管理組織。それぞれ独自のルールで運営されていたギルドたちが、最低限のルールを携え、一応の組織性が生まれる契機となった。
形式上国家という分類には該当しないが、役職持ちの力ある冒険者を管理する連盟は、最早一つの国家と表現してもいいくらいの権力を持つようになった。
故に、役職持ちの者からすれば、ギルドに所属し連盟の傘下に就くことは、ある程度の権力と自由を担保される一つの理想ではあったのだが——
「……はあ」
そのギルドを先ほどクビになったことを思い出し、幾度となく重い息を吐いてしまう。
ギルドに置いてタブーとされている行為がいくつかあるが、その中の一つに『ダンジョンで死人を出さないこと』というものがある。
そのタブーを犯してしまった以上、自分が冒険者に復帰するというのは厳しいだろうな。と、アインスは木々の葉に覆われた天を仰いだ。
木々の葉の隙間から、淡い月の光が差し込んでいた。
もうこんな時間か。野営の準備をしなくちゃな。
そんなことを思った時、アインスの腹が空しい音を立てる。腹具合もどうやら限界のようだ。
夜は森の魔物の動きが活発になる時間帯だ。そのため、この森を通り抜けるのは危険な行為だが、森を迂回して次の街を目指そうとなると、10日はかかる。
今の自分には馬車を雇う金も、10日食いつなぐだけの食料もない。
「……この辺の魔物は、火を嫌うって聞くし、焚火を切らさなければ大丈夫かな」
暗くなりきらないうちに、アインスは自身の持つ特殊能力を発動させた。
アインスの右目が一瞬だけ金色に輝くと、アインスは頭を抑えながら、初めて歩くはずの森の中から、導かれるように焚火の火種と、木の枝、そして食料になり得そうな木の実を集めた。
そして集めた火種に火を灯し、暖を取りながら木の実を齧る。
「……うま」
この先、自分がどう生きていけばいいのか。
不安は残ったままだったが、取り敢えず木の実を口にしたことで空腹が満たされた。
何となく感嘆の言葉を漏らしてしまったのは、暗い森の中を一人で過ごす孤独感からだろう。
「……」
だが、そこで緊張を緩めてしまったことが良くなかった。
今までの疲れ、将来への不安による心労、焚火の温かさ、取り敢えず満たされた空腹。
そんな条件が重なってしまい、アインスは木の実を食べ切った姿勢のまま、そのまま深い眠りに入ってしまう。
管理者を失ったことにより、小さくなっていく焚火。
火が消えてしまえば、アインスは森の魔物に襲われて死んでしまうだろう。
「……よほどの大物か、それともただの自殺志願者か」
今にも火が消えそうになった焚火に、何処からともなく、乱暴に新しい火種と薪が投げこまれた。
「この私がわざわざ会いに来てやったんだ。相応に価値のある男であってくれよ」
危険な森で、静かな寝息を立てる橙色髪の少年を見つけ、にやりと笑うカルミナ。
カバンの中から肉を取り出し、適当な枝に刺して、火であぶる。
眠りにつくアインスの横に腰を掛け、カルミナは手際よく自分の食事の用意を始め、肉が焼けるのを待ちながら、革水筒に入った葡萄酒を口にした。