リスタート 〜3人で0から始まろう〜
「もう次の街に行っちゃうんですね……」
「ああ。この宿には世話になった」
翌日、カルミナたちは馬車を雇い、次の目的地へ旅立つ準備を始めた。
準備が整い宿を出ようとする一向に、ココが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。弟も私も、皆さんに救われてばかりで……」
「……いや、むしろ私も弟をぶってすまなかった」
「あの時……私、門を閉めないでって頼んだんです。門を閉めないと皆が危険になるのは分かってたのに、家族のことを優先して勝手を言いました。……私に弟を怒る資格なんてないんです。私も勝手な人間だった」
「ココさん……」
カルミナがバットを責めた時に、自分にも重なる部分があったのだろう。
涙目になりながら謝罪の言葉を述べるココに、少しだけ困った表情になってから、カルミナは優しく微笑んだ。
「……とっさにあの言葉が出るのは良い家族である証だ。家族を捨てるような女になるなよ」
「っ……ありがとうございます……!」
目じりに溜まった涙を拭って、ココは深く一礼した。
何度も頭を下げるココを背に、アインスたちは手を振りながら宿を後にした。
「この度は色々ご迷惑をおかけして申し訳ない」
城門まで歩くと、騎士団たちが見送りに来てくれた。
馬車を素早く手配できたのも、騎士団長であるダンテの協力によるものだ。
「いや、結果的に力になれずに申し訳なかった」
「そういわないでください。皆さんの協力がなければ、更なる大惨事になっていたことでしょう」
スタンピードは凌いだものの、各地にダンジョンの種子が散らばったことにより、ダンジョンブレイクの件が公になった。
事を起こした街の権力者や有力商人は罪に問われ、地位も財産も剝奪され、投獄されたらしい。
だが、ダンジョンが原因で起こった過去の被害や、今後ダンジョンブレイクでばら撒かれたダンジョンが起こす被害の賠償は、インシオンを含む国が行うことになる。
魔物の被害は無くなるが、賠償に応じるために税は上がる。生活はすぐには楽にならないだろう。
「この街も暫くは大変ね」
「それは、私たちが何もできなかったツケであります」
「困ったことがあれば連盟を通して連絡をくれ。せっかくできた縁だ。力になろう」
「そんときはまともな依頼をよこしなさいよ~」
「そ、その節は本当に申し訳ございませんでした……」
ミネアの皮肉にダンテは気まずそうに笑うと、それにつられて騎士団たちも笑った。
「ではまたな」
馬車に乗り込み御者に合図をすると、軽快な声で馬が嘶き、馬車が走り出した。
幌馬車の幌の中で、ミネアは一枚の手紙を取り出し、カルミナに渡す。
「宿屋のがきんちょからよ。あんた宛に」
「……私宛か」
罵詈雑言でも綴られているのだろうか。
私情で殴った手前、読むのは勇気がいる。
「あ、アインス君は読んじゃダメよ」
「え、何で」
「何か知らないけど、『斥候の兄ちゃんには読ませないで』って言われたわ」
「……そうですか」
カルミナが恐る恐る手紙を開く中、何とかして手紙を読もうとするアインスの前に立ち、ミネアが視界を遮る。
ニヒニヒといたずらな笑みを浮かべて視界を遮るミネアにムキになったアインスは、無言で【探知眼】を発動させた。
「あ⁉ それはズルでしょ!」
「そんなに意地悪されちゃあこっちだって、って……え……⁈」
「ぷっ……あははははははは!」
アインスが内容を理解して顔を真っ赤にする一方で、手紙を読んだカルミナが心底可笑しそうに声を上げて笑った。
「ちょっとちょっと、何がそんなにおかしいのよー?!」
気になってミネアも手紙を除くが、内容の意味が分からず、首をかしげるばかりだ。
「これの何がそんなに面白いわけ?」
「……お前には分からんさ。なあ少年? ……いや」
目じりに溜まった涙を人差し指で拭ってから、カルミナは改まった様子でアインスに向かい直った。
「アインス」
硝子のように透き通った声に、アインスは目を丸くした。
出会った時もきれいな人だと思ったが、今までのカルミナのどんな声とも違う、透き通った声に、胸を打たれたかのように呼吸を止めてしまう。
今までの自身気な笑みとは違う、無垢な少女のような笑み。
そんなカルミナに、少しだけ頬を赤く染めながら、アインスは「そうですね」と頷いた。
「ミネアさんには一生教えてあげません」
「ちょっとちょっと、何よ2人して~!」
ミネアに負けないよう、とびっきり意地悪な声で返すと、教えろ教えろとミネアがアインスに絡みついてきた。
じゃれ合う二人の様子を眺めながら、カルミナはもう一度手紙の文面に目をやった。
——この前はごめんなさい。斥候の兄ちゃんみたいな『いい男』になります。
図らずしも、赤裸々に胸の内を語ったアインスの様子を、バットはこっそり見ていたというわけか。
自分の弱さと真っすぐな思いを真摯に吐きだしたアインスは、カルミナから見てもいい男に見えたのは確かだった。アインスからすれば、他人に知られるのは恥ずかしかっただろうが。
「……どいつもこいつも逞しい」
無邪気に取っ組み合うミネアたちをよそに、カルミナは幕の外をみて一人呟いた。
子気味良く揺れる馬車の外には、薄く雲がかかった青空が広がっていた。




