まあ頑張れや。リーダー
「あんたにアインス君を責める権利はないわよ」
スタンピード終了後、宿へ向かう帰路の途中で。開口一番にミネアが言った。
「……私はリーダーとして、メンバーの無茶を叱る必要が——」
「だったら最初からあんたが助けに行きなさいよ。あんたなら間に合ったでしょうが」
重ねるように浴びせられた言葉に、カルミナは言葉を引っ込めてしまう。
「商人のクソガキと、宿屋の子ども。あんたは2度見殺しにしてる。……あたし念話石で状況報告はしてたわよね」
「……」
ミネアはスタンピード直前には、カルミナと離れて城壁上で待機していた。
その際、念話石を用いてカルミナに2度、状況を報告している。
「……過去のことがあるし。ああいう勝手な奴や、自分の都合で無茶する奴を助けたくないのは知ってるわよ。助けたくない人間でも助けろなんて言わない。……でも、自分の都合で助けなかったあんたが、助けようとしたアインス君を正論で叱る権利はない。……それに」
宿屋が見えたところで、ミネアは言葉を切った。
「続きは宿で話す。……覚悟しておくことね」
どうやら長い話らしい。
わずかに怒りを滲ませたような声に、心臓がきゅっと締まる。
普段はだらしない素振りを見せるが、人情に厚く、やるべきことはやる女だ。
普段怒らない人間が怒ると怖いのは、カルミナもミネアを通してわかっていた。
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そして、夜に食堂に呼び出されたというわけだ。
楽しい話なら、人を呼ぶときは(安めの)酒や茶を用意して待つミネアだが、何も用意していないということは、真面目な話だ。
それも恐らく説教系。
「アインス君から、前のギルドでどんな目にあったかと、あんたがギルドに誘った経緯を聞いた」
話の切り出しはこんな感じだった。
この時ミネアの声はまだ淡々としていた。何の感情も滲ませない声が逆に怖かった。
「あたしはブラックギルドをクビになったぐらいの事しか知らなかったけど、あんたは全部知っていた。間違いない?」
カルミナが少し間をおいてから頷くと、「じゃあそれを踏まえた上で話すことがある」とミネアが小さく深呼吸してから腕を組んだ。
抑えていた怒りを滲ませた声で、アンデッドの情報を黙っていたことや、攻略計画について意見をしなかったことを問い詰められたのはその後だ。
出会った時に、アインスに自主性の無さを指摘した。
だから、今思えばアインスが自分を頼らなかったのは、良い所を見せたかったのもあるが、自主性を発揮したかったのもあるのだろう。
アインスなりに変わろうとしていたのだ。
ダンジョンの攻略計画を一人で仕上げてきたときには驚いた。
変異ダンジョンを生き残ったとはいえ、辺境のブラックギルドで嫌々働かされていたアインスが、高難度ダンジョンの攻略計画を完璧に作成できるとは思っていなかった。
出来上がった攻略計画を見て驚いた。想定の何10倍も良く出来ていた。
粗をつつくつもりで構えていた。
だがほとんど完璧だった。少なくともSランク冒険者のミネアが「良し」を出せるぐらいには。
荷物が多い点も、マジックバックを利用すれば問題はない。
環境遷移と出現する魔物の矛盾もあったが、それを指摘したところで多少荷物が減るぐらいだ。豪雪地帯と強力な魔物。マジックバックで荷物に融通が利く以上、初見で攻略しようとするのならどちらも対策した荷物を用意するのは正しい。
強い冒険者が死んだことで、アンデッドの出現が考えられたが、死亡から日数が立っている以上相当なレアケース。それに低ランク冒険者のアインスがアンデッドのことを知らないのは当然だ。
高難度ダンジョン——それも変異ダンジョンの攻略計画を作成することは一流の冒険者でも難しい。しかしアインスはほぼ初見にも関わらず、ほとんど完璧な攻略計画を仕上げてきた。加え、アインスには特別な【探知眼】がある。斥候としては才能の塊だ。
原石だと思って拾った人材は、実際はほとんど磨き上げられた宝石だった。
恐らく、このまま一緒に旅をして様々なダンジョンを巡っていけば、アインスは間違いなく世界でも指折りの斥候となる。引く手あまただろう。少なくともアインスの意志で居場所を自由に選べるくらいには。
だから、自分を選んでもらえるように、今のうちに頼れるところを見せておこうと思ったのが良くなかった。
——私たちと活動していけば、こんな肉ぐらいもっと食わせてやるぞ
——気にしなくていい。アンデッドの存在は、連盟でも最高機密の中の1つだ。
さりげない会話に、上からを滲ませてしまっていた。
気遣いの言葉に、現状の立場の差を利用してしまった。
想定外のピンチにも対応するかっこいい冒険者だということを見せつけたかった。ついていく価値がある人間だと証明がしたかった。
全部自分は、身内から売られた人間であり、いざという時には切り捨てられるスペックがいいだけの仕事人であり、見た目が醜くなれば捨てられる人形であるという、自信の無さからやってしまったことだ。
信頼されたかったのであって、マウントを取りたかったわけじゃない。
だが、結果的に自分のしたことはそういうことだ。
自分の欲からでた醜さをミネアに全部指摘されて初めて、アインスに何をやってしまったのか理解した。
だから、改まった様子でアインスに話を切り出されたとき、思ってしまった。
ああ、また捨てられると。
今回は完全に、自分の落ち度のせいでだ。
だが、実際は違った。
自分の下で頑張りたいと言ってくれた。期待に応えたいと言ってくれた。自分のことしか考えていなかった最低なリーダーを『いい女』と言ってくれた。
「……この酒は」
呆然としながら、カルミナはアインスが置いていった酒瓶を手に取った。
地元の果物で作った果実酒のブランドだ。お手頃価格の安い酒。SSランク冒険者になって、高い酒や飯に溺れるようになってからも、一番好きなのはこの酒だ。
恋人に捨てられたとき、自分を慰めてくれたのもこの酒だったか。
ラベルをなぞった時、少し剥がれた部分に指が引っかかった。
なんとなしに瓶の裏側を見た時だった。
——いい酒20万G。飲むなら後で払え。 追伸。まあ頑張れや、リーダー。
「——っ」
あれだけ横暴な振る舞いをしたのにも関わらず、アインスもミネアも、最後には自分の『信頼されたかった』を拾ってくれる。
どいつもこいつも、人ができすぎだろう。
リーダーとしてはまだまだ未熟な自分を、何で信じようとしてくれるんだ。
何で捨てずに拾ってくれるんだ。
コルクを取って、豪快に瓶に口をつけて酒を飲む。グラスで優雅に酒を嗜んでいた姿と同じ人物とは思えないほどに豪快に。
果実の爽やかな酸味と、喉を温めるアルコールの感覚。
アインスやミネアの優しさの熱に、体を震わせる。
月明かりがきれいな夜の街。カルミナ以外誰もいない食堂で、静かにすすり泣く声が聞こえていた。




