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捨てられた続けた女

「捨てられた……⁈ カルミナさんが?!」


 驚きの声を上げるアインスに、ミネアが頷く。


「元は貧乏領主の一人娘。財政の立て直しの為、あいつは家を追い出された」

「追い出されたって……政略結婚とか?」

「違う。人身売買」


 想定外に深刻な答えが返ってきて、アインスは言葉を失ってしまった。


「役職持ち……それも他の【戦士】と比べて魔力量がめちゃくちゃ高かったから、冒険者ギルドに売られたのよ」

「人身売買は、世界的に禁止されてるはずじゃ……」

「形式上養子に向かえる(迎える)とか、金で戸籍を消して孤児として引き渡すとか、手段を選ばなければできるのよ。とにかくあいつは売られた」


 少なくとも、非合法的な手段でも有能な人材を集めるようなギルドだったということだ。

 そんなギルドで育って大丈夫だったのか。

 心配そうな顔になるアインスに、「ギルドで大切には育てられたみたいだけどね」と補足してからミネアは続けた。


「冒険者として地位を得ていく一方で、金で売られた身だってのはずっと気にしてたみたいね」


 周りの者が家族に育てられ、自分の意志で冒険者になった一方で、金で引き渡された過去を持つカルミナは、そのことを気にしていたらしい。

 家にどんな事情があったかは知らないが、金で身を売られた以上、人間ではなく商品になった瞬間があったということだ。

 そして、それはギルドでどんなに大切に育てられようが変わることの無い事実だ。


「だから、もう自分が売られたりすることがないように、必死に冒険者として成り上がれるよう努力してたわ。ギルド内で恋人もできてさ、人間としての自信ができ始めた。でも、ギルドに馴染んで来た頃に、他のギルドと協力してダンジョン攻略しなきゃいけないことがあってね……そこで事件が起こった」

「事件?」

「ギルドの斥候(スカウト)が別の依頼でいなかったから、斥候(スカウト)は別なギルドからの派遣だったの。そいつが優秀だけど、能力にかまけたやつでね。疲れるからって言って【探知眼】使うのサボるヤツだった。そいつとカルミナが攻略中に口論になったの」


 アインスのように万物の場所がわかる能力ではないものの、魔力を発するものであればなんでも探知できる【探知眼】は優秀な能力だ。ダンジョン内では主に魔物や、ダンジョンが生成した罠の探知が主な役割となる。

 どうやらその斥候(スカウト)は、新しい階層に到着したときしか探知眼を使わなかったらしく、一度探知した後は、定期的な周囲の確認のためにスキルの使用を拒んだらしい。


 拒む理由はアインスにはよくわかる。限定的とはいえ、周囲の情報が一気に頭に押し寄せてくる感覚は、中々きつい。今アインスが探知眼を普通に使用できるのは、コントロールできる前から体に無理を利かせ、探知眼を使用し続けた結果、相対的にストレスが軽減できているからできることであって、普通は探知眼で脳がやられにくくなるためには、一定以上の鍛錬が必要になる。


 要するに、周りが思っている以上に使用者への負荷がかかるのだ。だからといって、パーティーの安全がかかった中で、探知をサボる理由にはならないが。


 カルミナがそのことを指摘したのをきっかけに口論が発生。

 ミネアは当時同じパーティーにいたらしく、なんとか二人を宥めるのに必死だったらしい。

  

 ひとまず攻略は再開できたものの、パーティーの空気は最悪。

 最終的なパーティーの総意がカルミナ側に傾いたのも、斥候(スカウト)が機嫌を悪くした原因だ。

 喧嘩をきっかけに斥候(スカウト)が態度を改めれば良かったが、そうはいかなかったようで、拗ねた斥候(スカウト)は今までよりも雑に探知眼を使うようになったらしい。


 攻略を止め、新しい攻略隊を組みなおす案も上がった。

 しかし、帰り道のマッピングもその斥候(スカウト)が行っていたため、その情報を信頼するかどうかパーティー内で声には出さなかったが不安もあった。

 だから、険悪な空気のまま攻略は続行したらしい。


「でも、探知をサボったツケが来た。罠を見落としたの。その罠を私が踏んだ」


 斥候(スカウト)が見落とした罠を踏んだ瞬間、洞窟のような環境のダンジョンの壁から、何処からともなく毒液が噴射されたらしい。

 瞬間的にカルミナがミネアを突き飛ばし、ミネアの代わりにカルミナがその毒液を被った。


 強酸性の毒液は一瞬でカルミナの服を溶かし、その肌を焼いた。

 反射的に服を脱いだが、毒が侵食する速さが勝った。

 左肩をほとんど焼かれ、皮膚がただれてしまったようだ。

 醜く表面が溶けた腕に、斥候(スカウト)も思わず声を失った。


「……んでもって、その毒液の香りが、魔物をおびき寄せる誘引剤にもなっていたわけね。パーティーの戦力の大部分をカルミナが担っていた。大量の魔物をカルミナなしでさばき切れるか意見が割れた。私を除くパーティーメンバーはカルミナを囮に残して逃げ出したわけ」

「そんな……酷すぎる」

「で、私たちも命からがらなんとか帰還。事の顛末を上に報告して、他の攻略隊に攻略権を委託。……で、この件が済めば良かったんだけど」

「……だけど?」

「腕のケガを理由に恋人にフラれたのよ。そんな醜い腕見てられないって」


 あまりな仕打ちに絶句してしまった。

 結局恋人も顔や体でしかカルミナのことを見ていなかったらしい。


「……自分の人生、他人に台無しにされ続けてきたから、自分の勝手で周りを巻き込みかけたあのガキんちょ達のこと、許せなかったんでしょうね」


 カルミナがバットを殴る飛ばした時のことを思い出す。

 

 一人で生計を立てることと、1人で生きていくことは意味が違う。街に住むならよく考えるんだな。


 自立した人間になりたかったと、周りを無茶に巻き込みかけたバットに浴びせた言葉。

 

 その者がどんな思いで行動していようが、1人で生きていこうとしていようが、街に住んで、金を稼いで、政治の恩恵にあやかっている以上、真に誰とも繋がっていない人間などほとんど存在しない。

 だから、図らずしも自分の行動の結果が、自分ではない他の何かに良くも悪くも影響を与えることがあってしまう。今回の場合は他人の命だった。


 思いのたけなど関係ない。罪には罰だったのだろう。だからバットは殴られた。


「カルミナさんは、他人を信頼していないんですか?」

「……そうね」

「じゃあなんでギルドを作るんですか。カルミナさんならソロでもやっていけるじゃないですか」

「誰かの下につくくらいなら、自分をトップに据えてやろうって魂胆じゃない? あいつ、冒険者として育てられたから、他の生き方なんて知らないし、新しい環境に身を投じられるほど自分に自信があるわけじゃないのよ」


 冒険やパーティーでの活動を通してさらに成長し、()()()、世界中の誰もが認めるような、スペシャルにいい女になること。それが私の浪漫だ。


 インシオンに来る前に語ったカルミナの浪漫。

 その時感じた違和感の正体がようやくつかめた。


 カルミナがスペシャルにこだわるのは、自分に自信が無いからだ。身を売られ、パーティーに見捨てられ、恋人にフラれた度に、人間としての尊厳を破壊されてきた。

 初めて会った時に『いい女』をやたらと強調してきたのは、自分への自信からではない。自分の中から剥がれない劣等感の裏返し。自己暗示のようなものだ。


 ――自分は価値のない人間ではないと。


 誰かにとって特別(スペシャル)であること。

 それが、カルミナが自己を保つための方法だったのだ。


「それに、他人は信じられないけど、信じられる誰かは欲しいのよ」


 こんなもんかしら。と、話を打ち切るように、残った果実酒をミネアは一気に飲み干した。

 

「んじゃ、酒も飲んだし、私は寝るからあんたも寝たら?」

「ありがとうございます。いろいろと……」

「いいってことよ。次から相談料取るから」


 指を金の形にして、下品な笑みを浮かべてミネアは部屋を去ろうとする。


「弱い所なんて誰にでもあるんだから。隠さなくていいのよ」


 諭すように言い残してから、「おっやすみ~」とおどけてミネアは部屋を去った。


 弱いままでいいとは思わない。

 誰かの傍にいる以上、仕事として成果を上げなければならない以上、強さと言うのは必要になる。

 だが、今は一人じゃない。


「……隠さなくて、いい」


 誰かと共にあるのなら、強さも弱さも分かち合う。

 それが組織の中の一員として成長するために大切なこと。


 ミネアが残した言葉が頭を巡り、明日どのようにしてカルミナと向き合えばいいか考えた。

 ベッドに横になって思考を巡らせるも、頭が冴えていくばかりで眠れない。


 だが、不思議と気持ちは軽かった。


 1時間ほどそんなことを考えて過ごして、同じ考えが頭をループしていることに気が付いたアインスは、熱を冷まそうと夜風に当たるため、ローブを羽織って部屋を出た。


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