組織(ギルド)として成長するために
「とりあえず、ダンジョン攻略の働きは労わないとね! はいカンパーイ」
「か、かんぱーい」
ミネアが木製のカップに酒を注ぎ、アインスのカップと突き合わせる。
コン、と控えめな音が鳴りグビッと酒を煽る。
貰った酒は柑橘系の果実酒らしく、爽やかな酸味とともにアルコール分が体を巡る。
最近酒を飲める年齢になったアインスからしても、度数が控えめで飲みやすい。
プッハー。と気持ちのいい声をミネアがあげ、口元を拭った。
「今からあたしの言うことに反論は禁止ね」
ミネアの言葉に、アインスは緊張して身を固めた。
そんなガチガチのアインスをクスリと笑ってからミネアは続ける。
「……あんたは優秀な斥候よ。特別な【探知眼】だけじゃない。ダンジョン攻略計画の作成から備品の準備まで丁寧にやってくれてたし、カルミナが魔物の位置をズバズバ言い当てても、【探知眼】で必ずダブルチェックをして、パーティーの安全確保に努めてた。環境変異やアンデッドみたいな漏れはあったけど、Eランクのあんたが知らなくて当然だし、総合的に考えれば、斥候として値千金の活躍だったわ」
責められると思って身構えていたこともあってか、不意に突きつけられた賞賛の言葉に、思わず心臓が震えた。
「……以上を踏まえた上で、弱音が吐きたいなら聞くけど?」
緊張が解けて、堰を切ったように涙があふれ始めた。
震えるアインスの背中を、ミネアが優しく擦った。
「……僕は必要とされていないんじゃないかと思いました」
アインスが語り始めて、ミネアが安心したように笑みを浮かべて、擦るのを止める。
「……今回の僕の成果ってのは、カルミナさんが全部想定していたもので、全部カルミナさんの思惑通りに僕が動いているんじゃないかって。カルミナさんが用意したレールの上を、僕が歩いているだけで、僕は二人の為に、何もできていないんじゃないかって」
「ほうほう」
「前のギルドでも、あれぐらいの仕事はやってたんです。それでも最後はダンジョンで捨てられたんです。カルミナさんたちがそんな人間じゃないことはわかってます。……でも不安だったんです。想定以上の成果を上げなければ、いつか見限られるんじゃないかって」
「……ダンジョンで?」
表情を変え、怪訝な顔をしたミネアに、アインスは前のギルドでの事を話した。
「そんなことがあったのねー」
「……トラウマ引きずって、1人で何かしなきゃって思ってました。……だから、バット君の危険に気が付いたとき、二人を頼ることができなかったんです。自分で何とかしなきゃって思って」
引っ込みかけていた涙が、再び勢いよくあふれ始める。
「僕も同じなんです。バット君みたいに、今を変えるために何かしなきゃって思って、誰かを助けるふりして、自分の事しか考えてなかったんです。……だから、出来もしないことをしようとして、迷惑かけた……」
カルミナは誰かを助けようとしながらも、根は利己的な動機で動いたバットを叱ったが、あの時の言葉はアインスにも重なって響いていた。
別に意識してそうしたわけじゃない。
ただ、引きずり続けたトラウマが、反射的に自分をそう動かせた。
「何もできない自分が怖かっただけなんです……‼」
声を濁らせながら吐きだしきった弱音に、崩れるようにアインスは声を上げて泣き始めた。
「ごめんね」
そんなアインスを儚げに見つめて、ミネアは謝罪した。
「何でミネアさんが謝るんですか」
「ちゃんと知らなかったから。アインス君の事」
ミネアが自虐的に笑いながら続ける。
「訳アリってだけ聞いてたから、深く聞くの悪いかなって思って躊躇ってた。クビにされたって聞いてたけど、マジでダンジョンの中に捨てられたなんて思ってもなかった。トラウマにもなるわそりゃ」
「……でもそれは、僕が詳しく話そうとしなかったからで」
「それでも聞く選択はあったし、あたしの責任でもあるの。仲間として迎えるならなおさらね」
お互い反省点がある。つまりおあいこ。
自分のせいにしようとするアインスを気にしてか、ミネアは間を取ったような結論で話を纏め、少しだけ果実酒に口をつけた。
「アインス君。この先どうしたい?」
「どうって?」
「私たちについてきたいかどうかってこと」
突然突き付けられた質問に、アインスは黙りこくってしまった。
アインスの暗くなった表情を見て、「あー、違う違う」とミネアが手を振る。
「出てけって話じゃなくて、アインス君ぐらい優秀な斥候なら、ちゃんとしたギルドに入れば、相応に評価される。生計を立てるだけなら、ここにこだわる意味もないのよ。ここでなきゃダメっていう、特別な理由はある?」
「それは……」
思えば、カルミナに誘われ、半分は流れで着いてきた。
カルミナに最初に提示されたが、他のギルドで斥候として頑張る選択もあるのだ。優秀な冒険者であるカルミナやミネアがいるとはいえ、ギルドとしてはまだ新興のギルドだ。
他の名のしれたギルドに入って頑張る道もある。安定した生活を送るのなら、その方が確実だ。
「すぐに答えは出さなくていいのよ」
答えに悩むアインスを笑いながら、「でもね」とミネアは続ける。
「ここで頑張りたいなら。アインス君には課題がある」
「課題、ですか?」
「もっと頼ってほしい。私たちの事」
ミネアの諭すような語り口に、アインスがハッとなる。
「……昔のギルドのことがあるから、1人で何でもできなきゃって気持ちはわかるよ。だけど、組織として成長していきたいからさ。悩みとか、弱みとか。皆でちゃんと向き合いたい。それは個人で1人前になるってのとは、違う意識の持ち方が必要だからさ」
「皆で……成長する……」
「うん。皆で」
ミネアが優しい表情で笑みを投げると、アインスは暫く考えた後、目じりに溜まった涙を強く腕で拭って、真っすぐとミネアに向かい直った。
「……ここで、頑張ってみたいです」
アインスの返事に、ミネアは歯を見せて笑うと、先ほどまでの大人しい態度から一変して、「ガッツあるじゃない」とアインスの背をバシバシとガサツに叩き始めた。
「じゃあ教えてあげる。カルミナの事」
「え?」
「あいつ、あんたが思ってるような強い女じゃないわよ」
「……僕が聞いていい内容なんですか?」
「さあ? でもどうせ自分から話さないし。だったらあたしが勝手に喋るわ」
開き直ったように両手を広げてから、果実酒を口にしながら語りだす。
「あいつね、捨てられたのよ。両親と、前のギルドのパーティーメンバーから」




