ブラックギルド崩壊の序曲
「【緋色の閃光】カ、カルミナ?! ……さん!」
「付ける敬称を間違えちゃあいないか? 飲んだくれギルドリーダー。君と私では人間として、冒険者としての価値が違う」
「……カルミナ……様、今日はどのような御用で……」
「ほう! その様子だと事前に送った公文書を読んでいないようだな!」
カルミナの言葉に、リードがビクッと体を震わせる。
「貴様らのギルドが先月受注したBランクダンジョンの攻略依頼。報告が上がっていないが、進捗はどうなっている? よもや死人なぞ出しちゃあいないだろうな?」
カルミナの質問に、リードは完全に体を固まらせた。
言葉を発することもできず、押し黙るリードの態度を見て、「出たのか。死人が」と、表情を変えないまま、声だけを低くしてカルミナが訊ねる。
暫くの静寂の後、リードが小さく頷いたのを見て、カルミナはやれやれと肩をすくめた。
「ギルドリーダーともあろうものが、ダンジョンで死人が出た場合の報告義務ぐらい理解してないわけがないだろう。昇進意欲があるのは良いが、都合の悪い出来事を隠し通すのはよくないんじゃあないか?」
「お、おっしゃる通りです……」
「だがまあ、今回の件については運がなかったとしか言いようがないな。貴様の受注したダンジョン、【変異ダンジョン】だった。事前の審査はBランクだったが、実際はSランク相当のダンジョンだったらしいぞ」
「な……変異……? Sランク……?!」
「良かったなあ、難度が上がったことにより、クエストと同時に、貴様らの失態ももれなく白紙だ。そこでだ。詳細な死者の情報把握が、早急に求められるわけだが……事前の申請では4人だったな? 資料を寄越せ」
カルミナの質問に、リードは慌てて受付の職員に死んだ冒険者のプロフィールを用意するように伝えた。
そして用意された資料を纏めてカルミナに提出する。
「……あと一人は?」
カルミナが資料をパラパラとめくりながら、リードを睨んだ。
用意された資料は3人分。Aランク冒険者のものだけだ。アインスのものがない。
相変わらず、大胆不敵な笑みを浮かべたままのカルミナだが、先ほどまでとは違い、その瞳には冷たい殺気が宿っている。
これ以上隠すな。と暗に言っている。
だが、リードはそんなカルミナの思考を、ブンブンと首を振って否定した。
「ほんとに死人はそれだけなんです! あとのEランクの斥候は、一か月たった今更ノコノコと一人帰ってきやがったので……」
「斥候……? 一か月?」
リードの必死の弁明に、カルミナは何やら惹かれる部分があったのか、「ほうほう」と、声のトーンを少し上げた。
「その者はどこにいる? 今もギルドに顕在(健在?)か?」
「……いや、ついさっきクビに」
「つまり今はフリーか。いい情報を得た。ありがとう」
カルミナは資料をリードに着き返し、「この件は他の者に継がせる。今後は報告を怠るなよ」と言い残し、ギルドを後にしようとした。
カルミナが去り、安堵の息を全員が漏らしたところで、「ああ、そうそう」と入り口から顔だけ出して中の様子を覗いてきたカルミナに、全員が再び体を委縮させた。
「貴様らのギルド……来月、Sランク昇進のため、Sランクダンジョンの攻略に挑むらしいじゃあないか」
「……それが、何か?」
疑問の声を上げるリードに、カルミナが釘をさすように指を突き付けた。
「悪いことは言わない。やめておけ。お前がクビにした斥候がいない限り、攻略は無理だ」
一方的に宣言し、その場を後にするカルミナ。
今度こそ、あいつは去っただろう。
暫く経っても姿の現れないカルミナに、緊張から解放された【強者の円卓】の一同は、重い、疲れたような息を吐いた。
そして、ため息とともに、カルミナの忠告を外へ流してしまったのだった。
ギルドランク昇進のため、連盟が用意した、Sランクダンジョンの攻略依頼。
このクエストの失敗が、【強者の円卓】崩壊のきっかけになることも知らないまま。
そして、そのクエストはアインスがいれば攻略できたということも、彼らはまだ知ることがなかった。