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トラブルが重なって

 スタンピードが発生した場合、可能であれば、特定の場所へ魔物を誘導する【寄せ】が行われる。

 今回の誘導先は城塞都市インシオン。高い城壁で守られた都市は、魔物の寄せ先には最適だ。寄席を行わなければ、溢れた魔物たちが自由に動き回り、周辺の地域に被害をもたらす。

 そうなる前に特定の場所へ誘導し、魔物たちを纏めて倒す。これを怠った場合、被害は波及的に広がり続けるし、その拡大し続ける被害の賠償は、ダンジョンブレイクを起こした国がし続けなければならない。


 寄せは、魔物たちを誘引する効果のあるフェロモンを、風魔法でゲートへと流すことによって行われる。

 そのフェロモンを研究して作った誘引剤を流し終えた騎士たちが、馬に乗って戻ってきた。


「寄せの準備。完了しました」

「ご苦労だった。信号弾を頼む」

「準備完了してます。打ちます」


 城壁の上から合図の後、赤色の尾を引いた信号弾が打ち上げられ、上空で赤色の煙をまき散らした。

 赤色の煙は、都市へ向かう商人、乗合馬車のものに【スタンピード発生】を知らせる意味がある。

 赤い煙は上空で長く滞留し、煙が消え始める辺りでもう一度信号弾を打ち込む。暫くはこれを各城門前で続け、城塞都市へ向かってくる者に危険を知らせ続けなければならない。


「何人集まった?」

「街に滞在していた傭兵、フリーの冒険者が50名ほど。何らかの理由で退役した元騎士団所属の者が100名ほどです」

「ご苦労だった。兵士の支援、もしくは後衛の任に当たらせろ」


 アインスは集まられた役職持ちの者たちを、【探知眼】を使って観察した。

 集められたのは冒険者ランクで表すならD~Cランク程度の者たちだ。幸いにも魔導士を中心とした後衛職の者が多く、A~Sランククラスの魔物と面と向かって対峙することはできなくても、距離を置いた攻撃で支援することはできそうだ。

 報酬は一律で支払われるらしい。通常のCランク冒険者が受けられる以来の報酬と比べると大分多い。金を目当てに参加した者も多いだろう。


「私はこの街を守る騎士団の団長ダンテだ。まずは突然の協力要請にこたえてくれたこと、心から感謝する! この街を守るために、皆様の力を貸して頂きたい!」


 ダンテが声高らかに宣言すると、集められた役職持ちの者たちはそれぞれの武器を掲げながら歓声を上げた。


「緊張するな。私がいればイージーな依頼だ。肩の力を抜いて、後方から支援に努めてくれればいい」

「は、はい! ありがとうございます!」


 緊張して体を強張らせていた魔導士の冒険者に、カルミナが語り掛け力を抜かせる。

 カルミナの名は冒険者界隈では知らないものなどいない。自分より強い魔物が攻めてくるというのに、この士気の高さは、カルミナが参戦するという安心感によるものも大きいだろう。


 そんなやりとりをこっそりと伺うアインスの下に、宿屋のオーナーであるココが走ってきた。


「あ、アインス君!」

「ココさん? どうしてこんなところに」


 辺りの様子を探っていたアインスの下に、


「バットを知りませんか? あの子、役職持ちの人たちが集められているって知って、飛び出して行っちゃって……」

「ええ⁈ 確かにバット君役職持ちだけど……」


 素質だけで言えばAランク冒険者程度はあるものの、素質はあくまで素質だ。実戦経験の足りないバットが戦場で役に立つとは思えない。

 それに年が年だ。いくらなんでも未成年のバットが戦いに参戦できるわけがない。


 アインスが【探知眼】を発動させて、周囲の様子を探る。


「集められた人たちの中にはいないけど……」

「……このあたりに来ていることは間違いないんです。さっき兵士に、協力したいって懇願する役職持ちの子が来たって話をしている人がいたから」

「僕はあっちを探します。ココさんは反対側を」

「ごめんなさい! お願いします!」


 アインスは【探知眼】を発動させながら、周囲を探る。

 Aランク程度の役職持ちの魔力を探しながら、手当たり次第に反応の元を総当たりする。


 宿屋でした会話から、バットはどうも役職持ちとして功績を上げることを急いていた様子があった。

 戦闘前の役職持ちの集まりにはいないことから、断られはしたのだろう。

 どこかで拗ねているだけならいいのだが――


「魔物が来たぞ‼」


 小さく地面が振動すると思ったら、城壁外の遠くの地平に、砂煙が発生しているのが伺えた。

 魔物の群れだ。この振動は群れの行軍による地響きだ。

 かれこれ10㎞は離れているはずだが、ここまで振動が伝わることから、向かってくる魔物の量が察せられる。

 振動は徐々に大きくなっていき、地面と共に、人々の心臓を揺らした。


「……おい! 誰か向かってくる!」

「何だって⁈」


 双眼鏡で遠くを伺っていた兵士が、悲鳴に近い声を上げた。

 ダンテが兵士から双眼鏡を借り、示された先を見やる。


「……あれは」


 信号弾を上げた段階で、外にいた人々や商人の避難は完了したと思っていた。

 そっ気のない天幕で覆われた荷台から、質のいいスーツを着込んだ太い腕が伸び、何かの模様が刻まれたハンカチを振っている。


「馬車に三本の酒瓶が刻まれたエンブレム……」

「シミュニテッド商会の者か!」


 ダンジョンに傭兵を派遣した、この街を牛耳る有力貴族の商会の紋章だ。

 下ろした門が上がらないのを見て業を煮やしたのか、窓から肥えた男性が決死の表情で身を乗り出し、激しくハンカチを振ってくる。


 察するに、ダンジョン付近でカルミナたちの様子を見張っていたのだろう。

 避難指示は出たが、ダンジョンブレイクを起こした超本人であることから、すぐさま街に戻って保身をしなければならない。

 犯罪を起こした手前、遠く離れた岩山から、真っ先にこの街目掛けて駆けてきたというところか。


「どこまでも手のかかる連中だ……‼」


 ダンテが怒りを隠そうともせず、走ってくる馬車を睨んだ。


「……どうします?」

「……門を上げろ。ただし、魔物が一番手前の丘を越えた辺りで城門は下ろし始める。それまでに避難が完了できない場合は見捨てる」

「……了解です」


 少しの逡巡の後、ダンテが苦い顔をしながら出した指示で、門がゆっくりと上がり始めた。

 自らまいた種で自業自得以外の何物でもないが、それでも命は救えるように努めるのが騎士団の務めだ。


 門が上がり始めたのを見て、肥えた男性は馬車の中に身を引っ込めた。


 門の奥では、騎士団が拘留の準備を進めている。

 魔物の対応と同時に、逮捕の手続きもしなければならないため、騎士団としては面倒で仕方がなさそうだった。


「閉門は何とか間に合いそうだな」


 魔物の群れが丘を越え、門が大きな音を立てて下り始める。

 馬車がどんどん迫ってきて、このペースならば、ギリギリ門をくぐることはできそうだった。

 馬車の御者も、間に合うことを確信したのか、ほんの少しだけ安心したような表情だ。

 だが、そこで事件が起こった。


「……あ」


 荷台から子供が身を乗り出した瞬間、路傍の石に躓いた車輪が、大きく跳ねて荷台を揺らす。

 前に重心が寄るように魔物の群れを眺めていた子どもが、馬車の外へ投げ飛ばされた。


「子どもが……‼」


 投げ出されたときに強く体を打ったせいか、子どもは泣きじゃくるばかりでその場を動こうとしない。

 中の肥えた男が、御者に何やら食ってかかるが、馬車を止めると閉門に間に合わないと判断した御者は、馬車を止めずに正門に向かってくる。


 子どもを置き去りに、門をくぐった馬車。


 すぐに周囲を取り囲まれ、騎士団たちに槍や剣を突き立てられながら、中の肥えた男――この街を牛耳る有力商人、シミュニテッドは助けを求めた。


「だ、誰か! うちの子を助けてくれ! 頼む!」


 頼む、なんて言われても、そもそも信号弾を無視して城塞都市に逃げる判断したのも、魔物から逃げる最中、呑気に馬車の窓を開けさせ、子どもを放置していたのもこいつだ。

 これに加えて、無理な攻略計画による騎士団員の殉職や、ダンジョンブレイクの件など、因縁がありすぎる。


 子どもに罪はないが、ここまでヘイトを積み上げられては、閉門を遅らせ、街の住民を危険にさらすリスクなど背負えるはずもない。


 ダンテが無慈悲に、子どもを見捨てる判断を下そうとした時だった。


「団長! 子どもが一人、門の外に出ていきました!」

「何⁈」


 騎士の報告に、ダンテが慌てて門の外を見やる。

 すると、体に魔力を纏わせて凄まじい速度へ子どもの元へ向かう、バットの姿がそこにあった。


「バット君?!」


 どうやら自分の魔力を押さえて、アインスの探知眼から逃れていたらしい。自分の魔力を押さえて認識を阻害させることは、隠密のテクニックの一つではあるが、バットが使えるとは思いもしなかった。


 あの速度で往復すれば、ギリギリ閉門までに間に合うかもしれない。

 そう思った矢先だった。


「うわあああああああああああああ‼」

「ちょっと! 暴れないで……!」


 商人の子どもが大声で暴れながら、バットにしがみつく。

 パニック状態の子どもをバットが抑え込もうとするが、うまくいかない。

 集中できずに魔力を体に纏えず、引き返すスピードが著しく低下した。


 まずい。このままじゃ魔物に踏み殺される。



 そう判断したアインスは、反射的にマジックバックを抱えながら、バットの元へ向かって走り出した。


「ちょっとちょっと⁈ 次から次へと!」

「隊長?! 門はどうすれば……」

「閉めないで‼」


 ダンテを必死に止めたのはココだ。


「お願い! 弟がまだ外にいるんです! お願いだから……‼」

「し、しかし!」

「閉めろ」


 突然せがまれ、困惑するダンテにカルミナが低い声で指示した。


 空気が凍ったかと錯覚するほどの、低く鋭い声だった。


「あいつらは私が助ける。門は今すぐ閉めるんだ」


 ココの頭にポンと優しく手を置いた。

 その手のぬくもりに、安堵した表情でカルミナを見上げたココは、思わず息を詰まらせた。




 酷く怖い顔をしていた。見た者が思わず目を逸らしてしまうほどの。




「「……!」」


 カルミナの顔を見た衛兵や冒険者たちが、何も言わずに道を開ける。


 自然と空いた外への道を、カルミナは全身に魔力を纏わせながら、神速の速さで駆け抜けていった。



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