ダンジョンブレイク
最悪の事態。それはダンジョンが十分に魔力をため込んだ時、その魔力を一気に解き放ち、派手な爆発と共に何処か遠くの地へ種子をまくこと。
種子は辿り着いた土地で、ダンジョンを形成する。
ダンジョンの難易度は親となったダンジョンのものを引き継ぐ。新たな土地でさらなる人間を取り込み、ダンジョンはどんどん進化していく。
今回の場合は【変異ダンジョン】が他の地域にも量産されてしまうということだ。
変異ダンジョンは初見では低ランクダンジョンと判別がつきにくい為、それを知らずに挑んだ者の更なる犠牲が生まれてしまう。
胸の中に懸念を渦巻かせながら、一行はペースを上げてダンジョンを攻略した。
これまで同様に、不必要な戦闘は避け、一直線に次の階層へのゲートへ進む。
そして、かなりのハイペースで攻略を進め、2日経った時のことだ。
「着いたぞ」
最終階層へと続くゲートを潜ると着いたのは、石畳の床が広がる真っ暗な空間だ。
カルミナがマジックバックからカンテラを取り出し、辺りを照らす。
それと同時に、アインスも【探知眼】を発動させ辺り探った。
すると真っ先に気が付いたのは、膨大な魔力を内包した宝石のような球体だ。
「……! カルミナさん! ダンジョンの核があります!」
ダンジョンの核。言い換えれば心臓部。
これを壊せばダンジョンは活動を停止し、出口へと続くゲートが現れる。
「……それと、生体反応?」
その言葉に、カルミナはアインスが示した方向をカンテラの明かりでさっと照らした。
明かりを絞って先を照らすと見えたのは、床に磔にされた男の姿だ。
「あの男の周辺に罠の反応があります。近づいたら発動するかと」
「お前は何者だ⁈ そこで何をしている⁈」
少しだけ怒りを含んだカルミナの声が響き渡った。
「アインス君……あれ」
ミネアも取り出したカンテラで周囲を照らすと、示した方向には何者かが身に着けていたであろう装備品が散在していた。
おそらく騎士団のものではない。粗悪なサーベルや鎧が無造作に転がっている。
カルミナの声で目を覚ましたのか、ゆっくりと目を開けた男は怯えた声で叫んだ。
「あ、あんたたち! 頼む! 助けてくれ!」
「先に私の質問に答えろ。お前は何でここにいる」
「あの町の貴族に派遣されたんだ! お前らよりも先にダンジョンを攻略しろって金を握らされた傭兵だ‼」
やはり会話は盗み聞きされていたらしい。
カルミナが柄にもなく小さく舌打ちをした。
「あの人……恐らくCランク冒険者クラスの実力です」
アインスが【探知眼】で魔力量を測り、報告する。
「……良く最奥部までこれたわね」
「お前! どうやってここまで来た‼」
「わ、わからねえ! 仲間が一人魔物に殺されて、ダンジョンに吸収されたと思ったら、途端に魔物が出なくなったんだ! それで、ラッキーと思ってここまで来たら、罠で俺以外全員死んでしまって……」
「……ダンジョンが誘い込んだわけだ」
そのときにカルミナたちがこのダンジョンに来るという情報を知ったのだろう。アンデッドを用意したのもその時だろうか。
いろいろと合点はいったが、それでも謎なことが一つある。
何故、こいつだけ生かされている?
カルミナは必死に思考を巡らしているうちに、男を磔にしていた鎖が解除され、その身が解放された。
「え……、あれ……?」
自由の身になった男も、何が起こったのかわからないといった様子だ。
だが、暫くぶりの自由に気が高まったのか、悲鳴を上げながらカルミナたちの方へ寄ってくる。
「――馬鹿‼ 動くな‼」
カルミナが制するも時すでに遅し。
男が踏んだ石畳の床の一部がガコンと凹み、その場に巨大な落とし穴が出現する。
「――?! うわああああああぁぁぁぁぁ――――――――‼」
そして、男は暗闇に飲み込まれていき、悲鳴を小さくしながら闇の中へと消えていった。
「……‼ アインス! マップを取り出せ!」
「え? あ、はい‼」
アインスがマップを取り出すと、カルミナは素早く帰り道までの情報を暗記した。
暫くすると、ダンジョン全体が今までにないほど大きく揺れ出し、ミネアとアインスはその場で倒れてしまった。
「ちょっとちょっとなによこれー⁈」
「ダンジョンブレイクだ‼」
「はぁ?! まじ?!」
悲鳴にも近い声を上げるミネアと、アインスを強引に腕に抱え、カルミナは全身に全力で魔力を巡らせる。
「二人とも! 口を閉じてろ! 舌を噛むぞ‼」
「え? ってうわあああああああああああああああ‼」
カルミナが全力疾走を開始し、目にもとまらぬ速さで来た道を引き返す。
目を開けていれば、それだけで目を潰されかねないほどのスピードだ。アインスたちは必死に身を強張らせ、その空気圧に耐えた。
8日ほどかけて辿った今までの道を、カルミナは30分ほどで制覇してしまった。
外へと続くゲートを潜り、転がるようにして入り口のあった岩山へとたどり着く。
「⁈ 皆さん、いったいどうして――――」
「説明している時間はない‼」
ダンジョンの入り口を見張っていた騎士団の兵士を無理やり引っ張り、傍に寄せる。
「ミネア‼」
「わーってらい‼」
カルミナの呼びかけに応じたミネアは、岩山の地面に杖を突き立て簡易的なシェルターを作り、皆を閉じ込めた。
その瞬間に外で大爆発が起こり、轟音が響き渡る。
「な、なんですかこれ⁈」
衝撃が収まった頃にミネアがシェルターを解除すると、空には禍々しい色の魔力を帯びた幾つもの塊たちが、邪悪な放物線を描きながらどこか遠くの地へと飛んでいく光景が広がっていた。
「……これがダンジョンブレイクだ」
カルミナが大きく肩を揺らしながら、アインスの問いに遅れて答えた。
「知識と力を得たダンジョンが、自分の記憶を引き継いだ種子を飛ばす。種子は飛ばされた地で新たなダンジョンを形成し、ああやってダンジョンは活動域を広げていくのだ」
「……あの男は、ダンジョンブレイクを起こすためのトリガーだったみたいね」
「ああ。おそらくあのアンデッドたちで私たちを仕留められなければ、ダンジョンブレイクに私たちごと巻き込むつもりだったのだろう。……あの町の馬鹿貴族が寄越した馬鹿で、ブレイクの為の魔力が足りてしまったわけだ」
おそらく、元々ダンジョンブレイクに必要な力は騎士団討伐時には溜まっていたのだろう。
一度に大量の死者が出て十二分にエネルギーを得たことにより、更に餌となる人間が現れないか様子見していたわけだ。
そこに貴族が派遣した傭兵たちが現れた。
彼らを喰らい、SSランク冒険者であるカルミナの来訪を知ったダンジョンは、予防線を張りながら、カルミナの知識を得ようと討伐に赴いたというわけだ。
いざという時にダンジョンブレイクを起こすための人間を残した上で。
もちろんアインスもダンジョンブレイクについては知っていたが、こうして目の当たりにするのは初めてだ。
人間の知識を得たダンジョンの恐ろしさを実体験し、後になってからアインスの体を震えが襲う。
「転移の巻物はあるか?」
「はい! ここに!」
兵士の返答にカルミナが少しだけほっとしたように息をついた。
「街に戻って報告だ。ダンジョンブレイクはまだ終わっちゃいない」
カルミナの言う通り、ダンジョンブレイクの恐ろしい点はそれだけではない。
ダンジョンの中で飼っていた魔物は、しばらくした後、そのまま外の世界に放り出されることになる。
「【スタンピード】が起こる。街に戻って、すぐに備えなければ」




