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アンデッド

 

 夜が明け、起きるとミネアが簡単な食事を用意してくれていた。

 木製のマグカップに淹れた紅茶と、目玉焼きとベーコンを乗せたパンのセット。

 マジックバックのおかげで、卵など足がはやい食料も気にせず持ち運べるのはありがたい。特に割れやすい卵なんかをダンジョンで食べる機会に恵まれるとは思いもよらなかった。


 ドラゴン肉に負けないほどの贅沢だ。

 朝から美味しい食事で心身を満たした一行は、ダンジョンの攻略を再開した。


 そして潜ること20階層。アインスの予想ではダンジョンの3分の2ほどを踏破したことになる。

 そして、21階層へと続くゲートの前へたどり着いた時だった。


「気を付けてください。地中に何かいます」


 アインスの警告に、カルミナたちが頷いた。

 このダンジョンで地中に潜る魔物と言えば、【アイアンセンティピード】ぐらいだが、【探知眼】で感じるのは、その魔物の反応ではない。

 どちらかというと、人型に近い何か。


 今まで出会ったことのある魔物なら【探知眼】で判別できるのだが、どうやら初見の魔物らしい。

 その情報だけ伝えて、カルミナが警戒しながらゲートに歩み寄った。


「――これは?!」


 そして地面から這い出るように出てきたのは、人間の形をした腐った死肉だ。

 所々傷がつき、穴の開いた鎧やローブを纏った死体たちが、ゲートを塞ぐようにして立ちはだかる。


「アンデッド?!」

「……アンデッド?!」


 初めて聞く魔物の名前に、アインスは戸惑った。

 アインスが困惑する最中、ローブを着たアンデッドが、アインスたちに向かって、巨大な火球を生成し、ぶつけてくる。


「ぐっ……‼」

「うわっ?!」


 ミネアがとっさに地面を変形させ、巨大な壁を作ってアインスを守る。

 だが、壁越しに伝わった衝撃波で、アインスとミネアは後方へ転がり込むように吹き飛ばされた。


「あれは……【魔導士】のスキル?! どういうこと?!」

「役職持ちの死体をリサイクルして魔物にするの! まさか現れるなんて!」


 ミネアが足元の地面をぬかるませて、アンデッドの進軍を妨害する。

 足を取られたアンデッドは、その場に倒れ込むが、ぬかるんだ地盤の上をじりじりと歩いて迫ってくる。


 死体と聞いて思い浮かぶのは、このダンジョンで殉職したインシオンの騎士団の事だ。


「アンデッドは生前の人間と同じ強さを持っているわ! アインス君、離れてて!」


 つまり、A~Sランクの冒険者程度の強さのアンデッドと言うことだ。

 ミネアクラスの実力を持ったアンデッド。それが20体。

 アインスが慌てて踵を返す中、カルミナがマジックバックから、何かの液体が入った瓶を取り出し、アンデッドの頭に向かって次々に投げつける。


「備えあれば、憂いなし」


 謎の液体を被ったアンデッドはみるみるうちに溶けていき、身に着けていた装備を残して消滅してしまった。

【探知眼】で周囲を探るが、あたりにもうアンデッドの反応はない。


 何が起こってたのかわからないアインスに、カルミナが自慢気な笑みを浮かべながら解説した。


「これは【聖水】だ。少年」

「聖水……?」


 初めて聞く単語に、アインスが首をかしげる。


「アンデッドは人間の死体に、ダンジョンが魔力を流し込んで魔物化させることで誕生する魔物。そして【聖水】は外部から受けた魔力の流れを強制的に断つ液体だ。魔力を受け取れなくなった死体は、肉体を維持できず消滅するというわけさ」

「そ、そんなものがあるんですね」


 カルミナが予備の瓶をアインスに渡し、その中身をじっくりと見せる。

 不思議なくらい透明な、混ざり気のない液体だ。

 目を丸くしながら液体を眺めるアインスの手から、「あああああああああああ‼」と叫び声を上げながら、ミネアが瓶を奪い取った。


「この透明度‼ 相当ランクの高い聖水でしょ⁈ お値段は?! お値段いくらだった?!」

「…………」

「いや、やっぱしゃべらなくていい‼ 今聞くと失神する自信がある‼」


 バツが悪そうな顔をして目を背けるカルミナを見て、ミネアが慌てて耳を塞いだ。

 どうやらおいそれと買えるようなものではないらしい。


「落ち着け私……‼ あれは共有財産(ギルドの金)……私の私財が減ったわけじゃない……!」


 マジックバックから札束を取り出し、札束で自身の頬を叩いたり、札束の匂いを嗅いだりして、自身を落ち着かせようとするミネア。

 スーハースーハーと札束の匂いと共に、空気を飲み込みながら、ミネアは平静を取り戻した。


「……すいません。想定できていませんでした」

「気にしなくていい。アンデッドの存在は、連盟でも最高機密の中の1つだ」

「どういうことです?」

「アンデッドは聖水が弱点なのだが、下手にその情報が広まってしまえば、その情報を持った者がダンジョンで死んだときに、ダンジョン側がそれをある程度対策してしまえるのだよ」

「アンデッドは完全に魔力で動いている存在だから、魔力さえ注ぎ込めれば、呼吸をしたり、食事をしたりする必要がない生き物なの。極端な話、皮膚に聖水がかからないよう、全身を何かで覆ってしまえば――」

「ああそうか。単に聖水を被せる戦法が取れなくなる」


 どうやら、アンデッドという魔物の存在と言うよりは、聖水が弱点という情報を隠したいらしい。


「ダンジョンは高ランク冒険者など、強い者が死んだときにその肉体をアンデッドにすることがある。高ランク冒険者が死ぬようなダンジョンはそもそも難易度が高いし、知識を吸収したところでさらに難易度が上がる可能性がある」

「アンデッドの強さは、元の人間の強さを引き継ぐから、強い人間が死ぬほど厄介なのよね。聖水が弱点……なんて情報が一般にも出回ったら、ダンジョンがその知識を身に着けて、今よりもアンデッドが狩りにくくなっちゃう」

「弱い冒険者が死んでもアンデッドとしての強さはいまいちだし、一般にまで情報を普及するリスクの方が高い……ってことですか」


 低ランクの冒険者が死んだところで、その死体から生み出されるアンデッドは弱い。死亡後はダンジョンの難易度が上がり、自然とその攻略は、周辺諸国や連盟が用意した指折りの冒険者たちが担当することになるため、わざわざ一般に聖水の情報を流布する必要はないのだ。


 むしろ低ランク冒険者からこういった攻略情報が洩れると、ダンジョン側が対策する可能性もある。

 だからこそ連盟は冒険者・ギルドランクというシステムを設けて、個人・もとい組織の強さに応じたダンジョンの攻略権を与える。

 ある程度のランクにならないと、こういった攻略情報も解禁されない。情報の制限は難易度の上昇による2次災害を避けるためのものだ。


 アインスの過去の冒険者ランクは最低ランクのE。知らなくても当然なのだが、


「……」


 深刻な顔をして、アインスは俯いたままだ。

 結果的に無事に済んだものの、元Sランク冒険者クラスの騎士団のアンデッドは、群れで襲ってくればミネアでも手に余るほどの強さだ。


 カルミナさんが聖水を持ってきてくれていなかったら、無事にこの場を突破出来ていただろうか?


 最悪のケースを想像してしまい、アインスは思わずぶるっと体を震わせた。

 そんなアインスの肩に、カルミナは優しく手を置いた。


「そう気にするな。知らなくても仕方ない。……それよりも気がかりなことがある」

「気がかりなこと?」

「アンデッドが群れを形成してたわね。ちょっとヤバいんじゃない? このダンジョン」

「どういうことですか?」


 発現の意味が掴めないアインスに、ミネアが解説した。


「アンデッドってのはね、ダンジョンからすると飼いにくいのよ。活動の為のエネルギー源が、ダンジョンの魔力だから」

「……?」

「ダンジョンの中にも、土があって、草木が生えていて、虫がいて、それを食べる獣がいて――って感じで、捕食者被食者の関係がある。生態系ピラミッドが成立しているのよ。ダンジョンも一度魔物を生み出せば魔力を消費するけど、それ以降魔物は勝手にダンジョン内で生態系を営んでいく。生んだら勝手に魔物が生きてくれるわけ」

「アンデッドは、ダンジョンが魔力を注ぎ込み続けないと生息できない……」

「そう。アンデッドは魔力が途切れたり、死んだりすると消滅してしまう上から、この生態系ピラミッドに属していないの。ダンジョンが管理し続けなければいけない存在。寄生()りの共生関係ね。成果を上げられなければ維持するだけ損な存在なわけ。……それを群れで管理しているということは」

「エネルギーが有り余っているか、それとも、他の強い冒険者の来訪を予知していたかだな」


 アンデッドの身に着けていた装備品を確認しながら、カルミナが話に割って入った。


「あのアンデッドの肉体はほとんど腐っていた。死亡直後に魔力を注ぎ込めば、肉体は維持されるから、体があそこまでは腐らん。つまり、あのアンデッドたちは、このダンジョンが念のためにとっておいた死体に魔力を注ぎ込み、急ピッチで作った存在と言うことだ」

「……何のために?」

「わからん。ダンジョンが強い冒険者の死体をギリギリまで吸収せず、アンデッドのタネにすることはある。だが、あの量のアンデッドを一度に生成することはなかった」

「……あの量でないと、対処できない冒険者の来訪を予知していた?」

「……その冒険者って?」


 アインスは問いながらも、ミネアと共に、自然とカルミナへと目線を向けた。


「SSランク冒険者である、私だろうな」


 そうではないかと思ったが、ミネアが「いやいやいや!」と慌てて食って掛かる。


「どういうこと?! このダンジョンの攻略は秘密裏に依頼されていたんじゃないの⁈」

「……あの役所の中に内通者がいたってことですか?」

「それだけじゃない。その情報を持っているということは、内通者、もしくはその関係者が派遣した者が、このダンジョンに入り、死亡していることになる」


 カルミナの情報に、アインスとミネアは深刻な表情になった。


「……次の階に進むぞ。早い所ダンジョンを攻略しなければ、最悪の事態が起きるかもしれん」



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