【変異ダンジョン】攻略会議
数日が経過し、攻略計画を練り終えたアインスは、準備ができた旨をカルミナに伝えた。
それを聞いたカルミナは、すぐさま会議の場所を用意し、その店に皆集まった。
「それでは、今回のダンジョン攻略計画を共有していきます」
「お~、やれやれ~」
畏まって攻略会議を始めようとするアインスを、ミネアがおどけて煽る。
攻略計画の共有に使用したのは、先日密談で使用した高級料理店(支払いはカルミナのポケットマネーからだ)。
前回はカルミナの金で高いワインに舌鼓打っていたミネアだが、今回はアルコール類を頼んでいないことから、一応会議という場を重んじてはいるのだろう。アインスを煽るような言葉は、ミネアなりに緊張がほぐれるよう、気を使ってのものだ。
「事前の調査では3階層と、それほど階層が深くないダンジョンですが、今回は【変異ダンジョン】である可能性が高い為、長期にわたっての攻略を想定します」
「うむ」
「騎士団の過去の勤務実績の中に、Sランクの魔物であるグレートドラゴンの討伐記録がありました。ダンジョンが騎士団の記憶を使って成長するのであれば、この魔物が出現する可能性も高いと考えられます」
グレートドラゴンは全長50mにもなる、固く黒い鱗を持つドラゴンだ。
ドラゴンという種族の魔物は、飛行能力や特殊なブレス攻撃などを持つことが多いが、グレートドラゴンは翼が退化した陸性のドラゴンだ。ブレスなどの特殊攻撃を持たない代わりに、その巨大な肉体による近接攻撃を得意とする。
鋭い爪は厚い鎧も容易く引き裂くし、並の戦士は黒い鱗に守られた体に、傷一つ付けることができない。
凶暴性も高く、放置しておけば街一つ容易く滅ぼす、生きた災害のように扱われる魔物だ。
「過去に同様の規模の死者を出したダンジョンのデータから、階層は30階層程度に及ぶと思われます」
「力をつけているダンジョンが、階層を拡張した可能性は?」
「……多少なり増やしている可能性はありますが、大きくは拡張してないかと」
カルミナの問いに、アインスは緊張しながら返す。
「ダンジョンの魔物が外に出てしまっています。強い魔物をダンジョンで生産した結果、弱い魔物が縄張りを追い出されたのではないでしょうか。作った分だけ階層を拡張しているのなら、このようなことは起こらないかと」
「いい推察だ」
どうやら納得のいく回答だったらしく、カルミナは満足そうに頷いた。
ただ、その口ぶりからカルミナも同様の推理はしていたらしい。攻略プランナーとしての手腕を試したのだろう。
「また、今回の環境変異は、豪雪地帯への変異が予想されます」
「理由は?」
「あの騎士団ですが、雪原地帯でのサバイバル訓練が毎年行われるそうです。この都市付近は温暖な気候ですが、この国の北部では冬は厳しい寒さに見舞われるため、寒さの中でも活動できるように定例化しているとか。団員が口をそろえて一番キツい訓練だと苦い顔をしていました」
ダンジョンが人の記憶から、攻略しにくいダンジョンを作るのなら、死者が最もきついと感じた環境へ、内部の環境を変化させるだろう。
そのためアインスは事前に騎士団の面々に、一番きつかったことや、苦手な魔物などについて調査をしていた。その中で最も多く、きついという声が上がったのが雪原での訓練だった。
「そのため、寒冷地を想定した装備を用意して欲しいです」
「……うむ。了解した」
「……?」
アインスが用意した出現する魔物の予想リストを眺めながら、何やら意味深な間を置いてカルミナが頷いた。
何か思うところがあったのだろうか。
アインスの心臓がどきりと跳ねたが、緊張の為、その言葉を口にすることはできなかった。
「うへ~、結構な出費」
用意する備品や装備をリストアップしながら、ミネアがげんなりした表情になる。
物価の上がったこの街で用意するのは費用がかさむ。
高ランクダンジョンの秘宝は価値の高いものが多く、ダンジョンをクリアすれば、秘宝でおつりは来るだろうが、金にがめついミネアからすれば、高い買い物はしたくないのだろう。
「すいません。マジックバッグがあるとはいえ、多すぎますかね?」
「これくらいの量は問題ないわ。他のパーティーじゃこうはいかないだろうけど」
普通はもう少し荷物の量を厳選しなければならないのだが、今回はマジックバックが3つあるため、他のパーティーに比べると大量の食糧や備品を持ち込める。
バッグ一つにつき、大体1辺3mの立方体程度のストレージがある。その限界ギリギリを想定した荷物の量だった。
「……虫系や爬虫類系の魔物が多いな」
カルミナがパラパラと魔物の予想リストを眺めながら、何となしに呟いた。
死亡した騎士たちの討伐歴の中で、ランクが高い魔物はその2種類の魔物が多かったため、それを踏まえて作成したリストだ。
「……あの、何か思うところでも」
「いや、良く纏まっている」
恐る恐る訊ねたが、カルミナは資料に目を通しながら、淡々と返した。
「じゃあ皆、アインスの資料を基に、攻略計画の準備に入ろう」
「はい!」
「はーい」
その他、細かな注意点などは、準備を進めながら話し合った。
凡そ1か月分の食料や飲料水、予備の武器や装備品。その他回復薬や毒消しなど、必要なものを買い集める。
物価の上昇や、商人の出入りが少なくなったこともあって、物を揃えるのには予想外に苦労した。
出費も想像以上で、金にがめついミネアはともかく、領収書の金額を合計した数字に、アインスも失禁しそうになったほどだ(ミネアは実際に失禁した)。
そんな二人の様子を見て、「必要なものだ。多少の出費はつきものだろう」とカルミナは相変わらず余裕の表情だ。
「出費した金額以上に、スペシャルな成果をあげようじゃあないか」
カルミナが檄を飛ばした翌日、アインスたちはダンデに連れられて、街の郊外にある、岩山までやってきた。
「なるほど、溢れた魔物が商人を襲うわけだ」
岩場を進んだ奥の方に、洞窟のような入り口があった。
遠くから見れば、只の岩山にある洞窟なのだが、その傍へ寄ると、不自然に入り口の空間が歪み、異空間への扉が繋がった。
近くには商人たちが使う馬車道がある。岩山には食べ物となる動植物が少ない為、食用を求めて山を魔物が下りるのも納得だ。
そのため、山を登る道中で魔物はほとんど見ることはなかった。
「では皆さま、ご武運を祈ります」
「うむ。存分に期待して良いぞ」
見張りの兵と共に頭を下げたダンデに、カルミナは任せろ、と言わんばかりの声で返す。
「報酬金、期待してますよ~」
そんな自信に満ち溢れたカルミナの背中に、ミネアが続く。
「……頑張ろう」
さあ、僕の価値の証明だ。
アインスは気合を入れるように顔をパンパンと叩いてから、ダンジョンの腹の中へと繋がっている異空間へ、足を踏み入れるのだった。




