カルミナの狙い
「あんた、最初からこれが狙いだったわけね」
宿の食堂で、夕食を食べながらミネアが睨んだ。
ジトリとしたミネアの視線を意に介せず、カルミナはスープを飲みながら頷いた。
「国がダンジョン攻略の為に、実力のある冒険者を雇うことは許可されているからな。これでギルドランクは低くとも、高ランクダンジョンの攻略に挑めるというわけだ」
連盟の管理下でダンジョンの攻略依頼を受注する際、ギルドランク以上のランクの攻略依頼は受注ができない。
だが、攻略にあたって足りない人材を募集することは許可されているため、国や他の高ランクギルドのダンジョン攻略に、臨時の人員として同行することは許可されているのだ。もちろん活動実績に反映される。
ある程度の条件はあるものの、基本的には一定以上の冒険者ランクがあれば、同行は可能。
今回に限って同行は名目上で、カルミナのパーティー単独での攻略にはなるわけだ。実質的な攻略権の譲渡である。
「変だと思ったわよ。いきなりこんな街に向かうように言われたかと思えば、役所でめぼしい依頼を何件か受注して来いって。流石のあんたも、ギルドランクばかりはコツコツ上げるもんだとばかり思ってたわ」
「街の周辺の魔物にダンジョン産の魔物が混ざっていたからな。何が起こっているのかは大体予想がついていた。街も救って、私たちも早くにギルドランクを昇格できる。お前の言う値二千金というやつだ」
「僕を勧誘に来たのは?」
「それは偶々だ。元々連盟に、【強者の円卓】のダンジョン攻略についての調査を、個人で依頼されていたのでな。つまらんお使いとばかり思っていたが、思わぬ拾いものだった」
つまり、アインスの【探知眼】を利用せずとも、カルミナはこの結論に至り、今回の計画を実施していたのだろう。
恐らく、他の誰かを誘って。
カルミナの用意周到さに驚きながらも、アインスは複雑な表情でスープを口にした。
「それはそうと、騎士団300名も殉職することってあり得る?」
「ギルドでは少人数でパーティーを組んでの攻略が一般的だが、低ランクダンジョンに限っては、大規模な人数での攻略は有効だ。階層も少なく日数を必要としないからな。攻略するだけなら物量に任せた制圧は、スピーディーかつ確実だ」
「あたしたちとはやり方が違うのね」
階層が多く、攻略に日数が必要になる傾向の強い高ランクダンジョンではこうはいかない。マジックバックを持たない一般の者からすれば、荷物の量を絞るのは重要なことだ。人数が多ければ持ち込む荷物が増え、機動力がそがれる上に、万が一食料が尽きた際の、現地での補給に苦労する羽目になる。
高ランクダンジョンになればなるほど、少数精鋭での攻略が基本になる。物量で攻略するのは低ランクダンジョン限定の荒業だ。
「でも、今回の攻略は失敗したんですよね」
「ああ。事前調査でのダンジョンランクはC。もちろん測定器を使用しない独自の調査によるものの為、判定に若干のずれはあるだろうが、誤差を含めてもこの騎士団のメンツで攻略できないダンジョンじゃない。……となると、考えられるのは」
「【変異ダンジョン】……ですか」
ダンジョンが自分の攻略難易度を弱く装い、入ってきたものを奥地へ誘って仕留めるダンジョン。
あとで聞いてみれば、アインスが取り残されたBランクの変異ダンジョンは、実はSランク相当のダンジョンだったらしい。
Sランク相当のダンジョンは魔物が強い上に階層が多い。ダンジョンの最奥部にある秘宝にたどり着くまでに一か月はかかると言われている。
どのように環境が変化したのかはわからないが、短期攻略のつもりで奥に入ってしまえば途中で物資が尽きるのは必然だ。物資も体力も奪われたところで、魔物に殺され、ダンジョンの血肉になってしまったのだろう。
「アインス。かの騎士団長様から、ダンジョンで死亡した者のリストを拝借できた。出身地や性格、過去の勤務履歴や倒した魔物の種類や数、詳細なデータが記載されている。これらをもとに、ダンジョンの攻略計画を立ててくれ」
「……わかりました」
カルミナの頼みに、アインスは少し間をおいてから答えた。
ダンジョンで死人を出した場合、死人の記憶や体験をもとに、ダンジョンが生産する魔物や内部の環境を変化させるため、攻略の難易度が跳ね上がる。
しかも今回は測定機による事前の調査を行えない。変異ダンジョン故にあまり意味はないかもしれないが、それでも変異前のダンジョンの様子を探れるのは貴重だ。
未知の現場で【探知眼】と豊富な知識で、パーティーの安全を事前に確保するのが斥候の仕事。攻略計画は全員で作ることもあるが、基本的には知識に富んだ斥候の花形だ。
だが、それは同時に、パーティー全員の命を自分の立てた攻略計画に握らせることになる。
返事が遅れたのは、カルミナとミネアの命を握る重責に気圧されてしまったためだ。
「アインスの攻略計画と並行して、ダンジョン攻略の準備を行う。私たちで必要な備品は用意するから、必要なものはその都度言ってくれ」
「ま、煮詰まったらあたしたちに相談してよね。相談料は10万Gよ」
指を金の形にして、おどけるミネアをカルミナがじとりと見つめた。
夕食を食べ、各自部屋に戻って寝支度を始める。
そして皆が寝静まった頃、1人寝付けなかったアインスが、誰もいない宿の廊下を歩く。攻略計画を考えているうちに頭が冴えてしまったので、外の風にあたろうとしている所だった。
女性の客室はアインスが泊まっている部屋から離れた位置にあるため、カルミナたちは近くにはいない。
自分以外に泊まる客のいない宿の廊下は、驚くほど静かだった。周辺に魔物さえ現れていなければ、宿泊客のいびきぐらいは漏れていたのだろう。
「……ココさん」
そしてエントランスに出た時に、受付の机で小さなカンテラの明かりを頼りに、ココが帳簿をつけていた。
アインスには気が付いていない様子だ。難しい顔をしていることから、宿の経営はうまくいっていないことが伺える。
邪魔をしては悪い。アインスが部屋に戻ろうと、来た道へ振り返ったときだった。
「あ、斥候の兄ちゃん」
横から声をかけられ、声の方へ振り向いた。
声の主はココの弟であるバットと言う少年だ。
「どうしたの、こんな遅くに」
「ちょっと眠れなくてね。散歩してたんだ」
「てことは暇ってこと? ねえ、俺に冒険者の事教えてよ」
暇かと問われるとそうではないのだが、攻略計画に専念しすぎて、頭が煮詰まりかけてたのは事実。
良い息抜きになるかもしれないと、アインスは了承し、自分の部屋へと誘った。




