インシオンの隠蔽しているもの
「ダンジョンの隠蔽って、どういうことですか?」
「発見されたダンジョンは国、もしくは連盟の管理下に置かれることは知っているな?」
ダンジョンの管理は、基本的にはダンジョンの存在する国にあるが、ダンジョンの発見時には他国ないし連盟への報告義務が存在する。
理由はいくつかあるが、力の強いダンジョンがダンジョン内で飼いきれなくなった魔物を、外へ放出する可能性があるためだ。いざという時に魔物が発生するかもしれない場所は、近隣諸国も把握しておかなければならない。
そしてもう一つ。万が一ダンジョン内で死人を出したときに、ダンジョンが暴走する前に攻略をしなければならないので、他国や連盟から、ダンジョンがクリアできるような冒険者を派遣しなければならないためである。
ダンジョンが暴走すれば多くの近隣諸国に被害が及ぶため、それを鑑みれば、複数の国家や連盟が協力して対応するのは当然のことだ。
だが攻略にかかった費用は、そのダンジョンを管理していた国が支払うことになる。
「恐らくダンジョン攻略は国の管轄下ではなく、この都市独自で行ったのだろう。大方秘宝に目のくらんだ権力者共が発案者だろうな」
「自分たちの失態にも拘らず、強力になったダンジョンの攻略費用は国が払うから、国に援軍の要請もできないと……」
「放置しているわけでもないのにダンジョン産の魔物が外に出てるってことは、暴走間近ね。早急に手を打たないとまずいわよ」
「魔物の処理が追い付いていないのは、ダンジョンが魔物を生み出し続けているのもあるんですね」
ダンジョン産の魔物が外に出る、ということはダンジョンが魔物を作りすぎて、中で飼いきれなくなったからだ。
ダンジョンの魔物が外に出るということは、ダンジョンが暴走寸前であることを示すサインの一つである。
「そうだ。早く何とかしなければならないが、この都市にダンジョンを攻略できる力はない。……そこを利用してやるのさ」
「利用……ですか?」
「スペシャルな私たちがコツコツ依頼をこなし、低ランクのダンジョン攻略試験で地道にギルドランクを上げるなど、実に非合理的な話だ。ダンジョンを攻略できる実力を示す機会は、何も昇級試験だけではあるまい」
「……あんた、まさか」
最後の肉を口にし、用意されたナプキンで口元を拭うと、カルミナは荷物を持って立ち上がる。
「役所に殴り込みに行くぞ。どうせ向こうも私たちの来訪を心待ちにしている所だろうからな」
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食事を終えた一行は、ミネアが素材を換金したという役所へ向かった。
立派な装飾が施された大きな扉を潜り、石造りのエントランスへ足を運ぶ。
商人や冒険者などで賑わっているエントランスは、玄関口と言うよりは講堂だ。広い天井から、特殊な魔石を光源にしたシャンデリアが吊り下げられ、その光を石造りの床が反射している。
こんな煌びやかな建物があるものかと、感動すると同時に、歩く度にコツコツと軽快な音を出す高級そうな床に、アインスは緊張してしまう。
「……先日、魔物の素材を買取で出したのだが、責任者を呼んでもらえるか?」
換金所の受付嬢に、SSランク冒険者の証である首飾りを見せつける。
「……畏まりました。責任者の下へ案内します」
クレームを言いに来た客には、まずは詳細な事情を聴いてから対応するのが一般的だ。
だが、ミネアの顔を見た受付嬢はカルミナの首飾りに目を丸くしながらも、すぐさま気を引き締めた表情になり、奥の応接室へ案内をした。
受付嬢の素早い対応から、ミネアの再来を予感していたことを感じさせる。どうやら自分たちが改めて訪ねてくることは想定済みだったらしい。
「どうぞこちらへ」
案内されたのは窓のない、机とソファのみが用意された部屋だ。
幅広のソファの中央にカルミナが座り、その両翼にアインスとミネアが座る。
「……防音魔法が貼られているわね」
別の受付嬢が運んできたお茶をすすりながら、ミネアがなんとなしに呟いた。
どうやら今から行われるのは内密な話らしい。
香り高いお茶を飲みながらソファに座っていると、3回のノックの後、軍服に身を包んだ若い男性が現れた。
「初めまして、私はこの街の騎士団を統括しております、ダンデと申します」
ダンデと名乗った金髪の男性は、その場で一礼してから対面のソファに腰を掛ける。礼に釣られて、アインスも頭を下げた。
年は20代後半くらいだろうか。団長を任されるには年齢が若すぎる気もするが、軍服の上からでもわかる引き締まった肉体や、気品に溢れた言葉遣いや振る舞いからは、不思議と説得力のようなものを感じさせる。
「まずは、こちらが発注した依頼の件について、不誠実な対応をしてしまい申し訳ございません。残りの素材も、通常の素材の価格で買い取らせていただく上、謝礼金も用意します」
「いらん。「いります」……それよりも私たちを試したな? ダンジョンについての知識があるか、そしてダンジョンの魔物を倒せるだけの実力があるかどうか」
話に割って入ったミネアの口を塞ぎながら、カルミナは自身気な笑みを浮かべながらダンデに訊ねる。
そんなカルミナの様子に、「流石ですね」とダンデは感心したように唸った。
「申し訳ありませんが勝手に試させて頂きました。ダンジョンについての知識があるものなら、不等な買取に気が付くと思っていましたから」
「ダンジョン攻略を生業としない冒険者共なら上手く誤魔化せただろうがな。……大方、近隣に発生したダンジョンの攻略要員を探しているのだろう。国にも、この都市の権力者共にも内緒でな」
そこまで把握しているのかと、ダンデは観念したように息を吐く。
「その通りです。……きっかけは4か月ほど前でしょうか。この都市の外れにダンジョンと思われる入り口が見つかったんです。ダンジョンが出現した場合、本来は国に報告し、攻略班を形成しなければならないのですが……」
「ダンジョンの秘宝を国に回収されるのを嫌った、都市の権力者共に止められたのだろう」
ダンジョンの攻略時には、国に一度報告し、ダンジョン攻略に向けて国家ぐるみで準備をしなければならない。
だがその際、ダンジョンを攻略した際に手に入れた秘宝は、国に回収されてしまうのだ。
カルミナの推理にダンデは困った笑みを浮かべながら頷いた。
「はい。この街の経済は都市の権力者と、それに癒着する有力商人が牛耳っていますから。彼らは騎士団の一部を動かし、ダンジョンの攻略に挑みました」
国に内密でダンジョンを攻略するにあたって、大きな弊害となるのが、ダンジョンのランクを解析する【測定器】が借りられないこと。
測定器は国が管理している為、内密でダンジョンを攻略する場合は、そのダンジョンの危険性は現場の環境を調べながら、予想するしかない。
加え、ダンジョンに関する詳細の情報は一般に向けて公開されていない。(知識を得たものがダンジョンで死ぬと、その知識を利用してダンジョンが進化してしまう為だ)
そのため、国や連盟の力を借りずにダンジョンの攻略計画を立てるのは至難の業なのだ。
「……度重なる現地での調査の結果、ダンジョンの階層は3階層。出てくる魔物の最高ランクはC。独自の判定にはなりますが、ダンジョンランクはCと判定しました。そのため、即時制圧できるよう、高い実力を持つ騎士を含めた、大規模な騎士団を形成し、ダンジョンの早期制圧を測りました。……が」
「その者たちが帰ってくることはなかったと」
「……はい。今でも信じられません。私も何度か同じ方法で、Bランクのダンジョン攻略をしたことはあるのですが、何故彼らが帰ってこないのか……。とにもかくにも、ダンジョンで死人を出した以上、国や周辺諸国、加え連盟に報告し、新たな攻略班を結成しなければならないのですが……」
「賠償の支払いを嫌った権力者共に止められたな?」
ダンデは悔しそうに唇を噛みながら頷いた。
ダンジョンで死人を出し、新たな討伐隊を結成するにあたって、周辺諸国、ないし連盟に協力を仰がなければならないのだが、その費用の支払いは死人を出した国が行うことになるのが通例だ。
だが今回の件は、都市の権力者が国に内密に行って起きた事態の為、そのしわ寄せは【インシオン】に来るだろう。
討伐の費用に加え、ダンジョンから溢れた魔物によって、行き交う商人の馬車に被害も出ている。その支払いを含めるとインシオンの財源では賄えきれず、都市の税が増し、今以上に都市の住民たちの生活が困窮する可能性が高かった。
「住民の生活を盾にとられ、私たちも上へ報告することができない状態です。……加え、私たち騎士の動向は、常に権力者達に監視されております故……」
「改善に向けて大きなアクションを起こせないわけか」
「はい。……それで、彼らには内密にダンジョン攻略が可能そうな冒険者を探していたわけです」
受付には、ダンジョンについての知識があり、実際に魔物を討伐できる腕利きの冒険者を探すように内密に指示してあったらしい。
そこに依頼を探しに来たSランク冒険者であるミネアが現れ、自然にダンジョン産の魔物の討伐依頼を一緒に受注させたそうだ。
「高ランクの冒険者かつ、ダンジョン産の魔物素材について目利きが利くものなら、ダンジョン攻略に長けた実力を持っている可能性が高いと判断しました。そこで、買取の不手際の対応という形式をとり、機密性の高いこの応接室に案内する手筈だったのです」
「クレーム対応を装って、この場で私たちにダンジョン攻略協力の依頼を要請するつもりだったな?」
「……まさか【緋色の閃光】様がお見受けされるとは思いもしませんでしたが」
ダンデは頷くと、改まった顔でカルミナたちと向かい直る。
「あなた方の腕を見込んでのお願いです。暴走寸前のダンジョンを攻略するために、どうか我々に力を貸して頂けないでしょうか?」
「いいとも。その代わり条件がある」
条件、という言葉にダンデが身を引き締めた。
緊張した面持ちのダンデに、「何も金品や秘宝を頂こうというわけではない」とカルミナが落ち着かせる。
「今回のダンジョンの攻略、全て私たちのギルドに任せてもらいたい。たったそれだけの条件だ」
意外な条件を突き付けられ、ダンデが一瞬だけ目を丸くする。
「……その少人数で、攻略できるのですか?」
「私を誰だと思っている。スペシャルな私と、その仲間たちに不可能などない」
ダメならこの件は無かったことにする。
そうダメ押しを喰らったダンデは、少し考えこんだ後、観念したように首を振って笑った。
「分かりました。その代わり、絶対成功させてください」
カルミナとダンデが固い握手を交わし、取引は成立。
一応、換金対応の後だと見せかけるために、大量の金が入ったゴールド袋を渡されて、カルミナたちは宿屋へ帰るのだった。




