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美味しい依頼の正体は

 翌日、アインスたちは街の中にある個室料理屋に行った。

 ココの紹介で知ったこの店は、どうやら商人たちが商談の場で利用することもあるらしく、あまり聞かれたくない会話をするにはうってつけとのこと。

 値段はそれなりにしたためミネアが最後までごねていたが、カルミナのポケットマネーから店代は出すことになったので、最終的には高い飯をただで食えることに喜んでいた。


 昼というまだ日の高い時間帯だが、出された肉料理とワインに舌鼓を打つミネア。

 人の金で高い料理を堪能するミネアに、アインスが切り出した。


「結論から言うと、残りの魔物の素材、買取に出しても値が付かない可能性が高いです」

「ブウウウウウウウウウウウウウウゥッ――?!」


 アインスの言葉に、ミネアがワインを盛大に吹き出す。


「……ゲホッ、ゲホッ‼ は、ちょ、金、値が付かないってどういうことよ⁈」

「説明を頼む。アインス」


 ワインを吹きこぼしたミネアとは対極的に、カルミナは優雅な手つきで、肉料理を口に運んだ。アインスが何を語りだすか、大体想像はついているのだろう。

 アインスは小さく咳払いをしてから、説明を始める。


「僕たちの手元に残っている素材ですが、残りはダンジョン産の魔物の素材です」

「はあっ⁈ ダンジョン産ですって⁈」


 ミネアの悲鳴に近い声が部屋に響いた。


 魔物には大きく分けて、野性で生まれ育った自然の魔物と、ダンジョンが産み落としたダンジョン産の魔物が存在する。

 ダンジョン産の魔物は、ダンジョン内で死亡した人間の記憶をダンジョンが吸収し、記憶をもとにダンジョンが再現して作った魔物だ。言いかえるとすれば、自然の魔物が天然物で、ダンジョン産の魔物が人工物。

 一見姿かたちは自然のものも、ダンジョン産のものも、大きく違いはないのだが、


「昨日手に入れたポイズントードがいい例なのですが、皮が一部毒素を透過してしまいます。また、粘液の成分も自然のものとは異なり、品質がだいぶ劣化していました」


 ダンジョン産の魔物素材の何が問題かというと、ダンジョン産の魔物は、あくまで人間の記憶をもとにダンジョンが再現した存在であって、生物としての構成成分は全く別物なのだ。


 だが、基本的な生態や見た目は一緒の為、知識がない者は見分けることができない。


「ポイズントードは水辺の生物を主食にするのですが、水辺に食べ物が少なくなれば、陸上の生物も食べます。しかし昨日のため池では、ため池の生物がほとんど食べられていたのにも関わらず、周辺の草原の動植物に被害はありませんでした。皮膚の模様や、個体の大きさもほぼ均一。ダンジョン産のポイズントードとみて問題ないかと」


 ダンジョン産の魔物は、死者の記憶を強く反映する。

 例えば、水生生物をよく食べ、水辺の生態系を荒らす害獣として扱われることの多いポイズントードは、実際は陸生生物も食べないことはない。粘膜の保護の為、水辺を縄張りにしていることが多いだけの雑食だ。


 だが、ダンジョン内で『ポイズントードは水辺の生物しか食べない』と勘違いしていたものが死んだ場合、ダンジョンが生み出すポイズントードは、『水生生物しか食べない』という食性で生まれる。

 人間の記憶から最も使えそうな個体をクローンのように生成するため、個体間で皮膚の模様や体の大きさに変化がないのも特徴的だ。


 また、素材についてもダンジョン産の魔物は、自然の魔物素材に比べるとその品質が劣化することがほとんどだ。素材目当てに狩場にされてはたまらないからだろう。

 推測ではあるのだが、生物としての強さを損なわない程度に、ダンジョン意図的に生み出した魔物の素材の品質を劣化させる説がある。


 そのためダンジョン産の魔物は、生物の強さとしては自然の魔物と大きく異なることはないが、素材としての価値はつかない。

 ものによっては買い手がつくのもあるが、見た目がほとんど同じことから極一部の素材を除き、ダンジョン産の魔物素材は市に並べることを禁じられている。粗悪品が出回る元凶になるからだ。

 売り物にはならない癖に生物としての強さは原種を再現したものが多い――どころか、下手に誇張された情報を読み取った時には、原種を越えてしまうことがあるのが、非情に質が悪い。


 言ってしまえば、狩るのが大変なくせに、肉がまずくて卵も産まない鶏みたいなものだ。しかも最悪の場合、放置すれば見分けのつかない姿で原種を駆逐し、誰にも知られぬまま生態系を破壊する。


「ポイズントード以外にも、ダンジョン産の魔物と思われるものが幾つもいました。今回買い取られなかった素材は、全てダンジョン産の魔物のものです。……なので、その」

「金が無かったら買い取らなかったのでなく、悪い素材だと知ってたから買い取らなかったわけだな」

「……」


 カルミナの補足に、ミネアがとうとう何も言わなくなってしまった。


「素材を理由に報酬金を下げられたのなら、今回は低賃金で労働させられたことになるな」


 もちろん、全ての素材がダンジョン産のものだったわけじゃない。討伐した魔物の中にも自然産の魔物は存在した。正確に言えば、ダンジョン産の魔物の群れの中に、自然の魔物が混ざっていた形だ。


 だがミネアは言っていた。この依頼達はSランク冒険者だからといって、職員から特別に紹介されたものだということを。そして、ダンジョン産の魔物のほとんどは、役所の職員に紹介された依頼だったのだ。

 つまり、この街の役所の職員たちに、まんまと一杯喰わされたのである。


「あんのクソ職員共おおおおおおおおお‼」


 ミネアが時間差でブチギれるも、後の祭りだ。

 その場で怒号を上げるミネアをよそに、アインスがカルミナに尋ねる。


「……でもカルミナさん、気づいていましたよね? このことに」

「確証はなかったが、予感はしていた」

「ああっ⁈」


 気づいてて何も言わないたあ、どういう了見だ。

 怒りの矛先を変えられ、血走った眼で睨まれながらも、カルミナはいつもの自身気な笑みを浮かべたまま続ける。


「魔物の発生により、この城塞都市の物流の流れが悪くなり、住民たちが物価の上昇に苦しんでいることを知った時から、おかしいと思っていたんだ。少年、何で魔物が発生すると、物価が上がると思う?」

「え? ……荷台の護衛を雇う金が必要になるからでしょうか?」

「正解だ」


 基本的にこの世界の物流の主な手段は馬車だ。

 多くの商材を運送するためには、それだけ沢山の馬と荷台を用意する必要がある。

 魔物が多く発生する地域では、道中魔物に襲われ、荷台と商品を壊される事故が相次いでいる。そのため、必要に応じて魔物や盗賊から、馬車を守る護衛を雇う必要性があり、その分だけ輸送コストが増える。

 今いる城塞都市【インシオン】は良くも悪くも商業都市。周辺の農村や、都市との物流の中継地として機能しながらも、他の地域から食料や生活備品を輸入して生計を立てている。

 食料や資材を自給自足してないインシオンでは、この輸送費の増加の影響をもろに受ける。魔物の出現が物価の上昇につながるのはこのためだ。


「でもそれなら、街の騎士を動かして、魔物討伐に当てればいいですよね」

「……だとしたら、高ランクの魔物ならともかく、ポイズントードみたいな低ランクの魔物まで、大量に放置しているのは異常よ」


 インシオンは他国の商人が行き交うおかげで、食料を自給自足していないにも関わらず、世界でもトップクラスの大きなを誇る都市だ。

 街の周囲を巨大な城壁を取り囲み、魔物が都市に攻め込むことがあるなら、東西南北それぞれ1つずつ設置された街の入り口である大門を封鎖し、籠城することができる。

 そしてそんな都市を運営するだけあって街の公務員の数もとても多い。市民や行商人の安全を守る騎士の数も質もトップクラスのはずだった。


「ダンジョンから秘宝が発見されるようになり、高ランクのダンジョンを突破できるようなってから、ギルドに優秀な役職持ちが流れることは増えたものの、自由と引き換えに、国や街の機関に従事し、高水準で安定した生活を営みたい者も少なくはない。この街にも優秀な騎士はいるだろう」

「でも、実際は魔物の処理が追い付いてないじゃない。物価がここまで上昇するのは街の怠慢よ」


 おかげで卵を限界まで値切る羽目になったわ。とため息をつくが、それはいつものことなのでカルミナはスルーして続ける。


「追いつかないのも当然だ。この街は3か月前、約300名規模の騎士を殉職させている」

「はあ⁈」

「なんでも馬車道の近隣に現れた凶悪な魔物の討伐に向かい、大量に死者が出たそうだ。それで騎士の数が3分の1ほど減ってしまい職務が追い付いていないらしい」


 なるほど、魔物の処理が追い付いていないのはそのためか。

 ミネアが納得しかけた時、やっぱおかしいとカルミナに食い下がる。


「そんな魔物が現れたって情報、連盟には届いてないわよ。それにダンジョン産の魔物が近隣に発生しているのは全く別の問題じゃない」

「その通り。少年、君の能力で役所が隠しているデータは調べられたかな?」

「……はい」


 ミネアの疑問の答えは、アインスに用意させてあった。


「まず殉職者の内訳ですが、役職持ちが【戦士】20名、【魔導士】10名、【斥候(スカウト)】2名の計32名。残りは役職無しの者でした。役職持ちの騎士たちは過去の魔物の討伐実績から、連盟の制定する冒険者ランクで表すと、A~Sランクの者たちも多くいました」

「ちょっと待って⁈ あんたの能力ってそんなこともわかるの⁈」

「はい、最近できるようになったんですけど、資料にさえされているのであれば、インクの付き方を感知できるので、離れた位置の資料の文字も読むことができます」

「はえ~。とんだ便利能力ね~」


 以前は情報の圧力に耐え切れず、細かな情報を追えなかったのだが、カルミナと出会ってから情報のオンオフを行えるようになった為、能力を様々な方面に活用できるようになった。

 今のアインスは凡そ30km以内の情報なら、動かずとも仕入れることができる。

 ミネアが素材を換金している間、アインスはカルミナに頼まれて、役所が管理している資料を洗いざらいさらっていたのだった。


「……そして、そんな優秀な騎士たちを殲滅した魔物の資料が一切関知できませんでした。恐らく、魔物の存在自体が虚偽の情報かと」

「確かに、優秀な役職持ちを含めた集団を殲滅できる魔物の資料がないのは変な話ね。……じゃあちょっと待って。そんな魔物の存在をでっちあげてまで、この街は何を隠しているのよ?」

「ダンジョンだ」


 驚くミネアをよそに、カルミナがワインを一口飲んでから続ける。


「恐らく魔物の討伐ではなく、ダンジョンの攻略に失敗したのだろう。連盟や国の許可を得ず勝手にダンジョンを攻略した結果、大量の死人を出した。公になれば近隣諸国への賠償は免れまい。それで魔物の存在をでっちあげ、その存在を隠蔽しているわけだ」


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