Sランク冒険者 物質魔導士 ミネア
アインスたちが入った都市の名は【インシオン】。
大陸の中央にある国に存在している城塞都市だ。複数の国境の傍に建てられたこの都市は、様々な国の商人や冒険者たちが行き交う、世界一の商業都市でもある。
「少年。仲間と会う前に、先に渡しておくものが2つあった」
都市の大通りを歩きながら、カルミナがカバンの中から2つアイテムを取り出し、アインスに渡す。
カルミナから渡された品に、アインスは驚愕の声を上げた。
「嘘?! 【念話石】に【マジックバッグ】⁈」
「私のギルドに入るのだからな。これぐらいのアイテムは当然さ」
カルミナは何気なく渡したが、これはそんな気軽に扱っていいものじゃない。
まず【念話石】。これは魔力を籠めると、同じ石を持つ遠く離れた相手とも会話できるようになるアイテムだ。カルミナの鞄についている石と、同じ色の蒼い石。
もともと一つだった【念話石】を砕いてアインスに渡したのだろう。石を砕いていけば、念話可能な範囲は狭くなるが、多くの相手と会話できるようになる。
そして【マジックバッグ】。中が亜空間と繋がっており、バッグの容量以上の荷物を質量を感じることなく、状態を保存したまま持ち運ぶことのできる魔法の鞄。
ダンジョンに潜る際多くの荷物や食料を持ち込むのに役に立つし、他国を巡るような移動商人に見せれば、喉から手が出るほど羨ましがられる貴重品だ。
どちらも高ランクダンジョンの最奥部でしか手に入らないとびっきりの秘宝だ。場所を選んで売れば、どちらも一生――いや、三生分は遊んで暮らせるだろう。
そんなアイテムをひょいと渡せるカルミナは、想像以上に凄い冒険者なのかもしれない。
そんなことを考えながらも、ふと疑問に思ったことを、アインスは訊ねた。
「仲間に会う前にって……どういうことです?」
「うむ、腕は確かなやつなのだが、少々性格に難があってな。いいか、少年。そのマジックバッグは何があっても、自分があらかじめ持っていたものだと主張するのだ」
「え、どうしてですか?」
「会えばわかる」
カルミナは念話石に魔力を籠め、「街に着いた。合流したい」と石に向かって語り掛けた。
そして、少しの間をおいてから――
『はいはいちょっと待ってね! 今大事な取引の最中だから! おじさん、あと3つ買うから卵もうちょいまけ――』
何やらせわしない様子でカルミナに返す、女性の声が聞こえてきた。
声が遠くなっていく最中に聞こえたのは、値切りの交渉だろうか。
「……市場のほうだな。行こう」
カルミナの後を追い、二人は街の中央広場から隣接した路地にある市場に着いた。
「早速仕事だ、少年。私の仲間を探せるか?」
「やってみます」
アインスは【探知眼】を発動させ、辺りの情報を探る。
一斉に流れ込む周囲の情報に、少し苦しそうに眉をしかめたが、要らない情報をすぐに遮断し、カルミナの仲間が持っているであろう念話石の位置を探る。
「……300mくらい歩いた先の、生鮮市場? にいると思います」
「……あいつ、まだ卵を値切っているのか?」
珍しくカルミナが呆れたようなため息を吐いた。どんな時もふてぶてしい態度を崩さなかったカルミナだが、疲れた様子を見せるのは意外だ。
行き交う人を避けながら、アインスの指定した場所へ向かうと――
「お願い、もう一声! 魚もあと3匹買ってあげるからさあ、1個当たり30Gにまけてよ。ね? ね?」
「そうは言ってもなあ嬢ちゃん。沢山買ってくれるのはありがたいが、これ以上は商売あがったりになっちまうよ」
ガタイの良い禿げ頭の店主らしき男に、猫なで声で手を合わせる、銀髪の女性がいた。
念話石の反応はあの女性の鞄から。鞄の中に無数のアイテムや食料の反応があることから、あの鞄もマジックバッグだ。
そんなスペシャルなアイテムを持っているような人間だ。カルミナの仲間で間違いはないのだろう。
「おいミネア。その辺にしておけ」
ミネア、と呼ばれた銀髪の女性がカルミナの声に振り返る。
「値切るのはいいが、度を過ぎた交渉は人としての価値を――」
「いい所に来たわねカルミナ! ねえおじさん!」
カルミナの説法を途中で遮り、ミネアはカルミナの胸を鷲掴みにした。
「まけてくれたらいい女のおっぱい揉ませてあげる‼ ほらほら見なさいよ、この値千金の乳を! こんな機会を男が逃したらこの先の人生、一生後悔して過ごすことに——ったあああああああああああああああああ⁈」
「勝手に人の体を売るんじゃあない!」
興奮気味に店主を説得しにかかるミネアの頭に、カルミナが拳を振り下ろした。
SSランク冒険者の鉄拳の威力は相当だったらしく、ミネアは頭を押さえながら、声にもならない声を上げて蹲っている。
「……定価で買おう。連れが迷惑をかけた」
「いや、いいんだけどよ。俺は楽しかったし」
薄い笑みを浮かべながらも、目の笑っていないカルミナの表情に、店主が少しだけ声を震わせながら金を受け取った。
悶絶して地面に蹲るミネアの頭を掴み、無理やり立たせる。
「紹介しよう。私の仲間、Sランク冒険者――【物質魔導士】のミネアだ」
「……ああ、あなたがカルミナの言っていた斥候の子ね。あたしはミネア。物質の形や流れを操る、【物質魔法】が得意な魔導士よ。よろしく」
「はじめまして、斥候のアインスです」
ミネアの背丈はカルミナより一回り小さいくらい。それでも自分よりは頭一つ分くらい身長は大きい。
綺麗に整ったボブカットに、幼さが残る可愛らしい顔立ちだ。カルミナが妖艶な美女ならば、ミネアは可愛らしいお人形のような魅力がある。
胸部を覆う上衣や、ショートパンツからは、黒タイツに包まれた華奢な手足が伸びている。
服の素材や、上から羽織った淡い青のマントは、魔力を増幅してくれる特殊な装備品のようだ。着ているものの質だけでも、ミネアがいかに優れた冒険者かということを思い知らされた。
自分の使い古した安物の装備に引けを感じていた所、「ああああああああ‼」と突然、ミネアが驚きの声を上げる。
「マジックバッグ?! あなたも持ってるの⁈」
「……ええ、まあ。たまたまダンジョンで拾って」
「……カルミナから貰ったとかじゃなく?」
「……正真正銘、僕のです」
アインスの回答に、目を細めながら、ミネアはガラの悪い顔で舌打ちをした。
「カルミナから貰ったやつだったら、売っぱらって金に換えようかと思ったのに」
先ほどの値切りの様子からも、どうやら相当金にがめついようだ。
なるほど、予備のバックを持っていると知られたくなかったから、自分のものだと言うように頼まれたわけだ。
勝手にアインスが納得していると、カルミナが話題を切り替える。
「宿の手配を頼んでいたが、そちらはどうだ?」
「バッチグーよ。言われた通り、とびっきりの宿を用意しといたわ」
ミネアの返事にカルミナが満足そうに頷いた。
「よし、ひとまず宿に向かい、今後の方針について話すとしよう。我がギルド初の依頼も探さなければならないしな」
依頼、と聞いてアインスの胸が高鳴った。
依頼を受注し、こなしていくことは冒険者の生業だ。
カルミナのギルドの一員として、自分の物語が動き始めたのを実感しながら、ミネアにつれられて宿へと向かうのだった。




