解放の条件
冒険者として引き取られてから何をしたかと言えば、ひたすらに冒険者に必要な知識を身に着けるための勉強と、スケイルと共にダンジョンに潜り、実戦形式での特訓だ。
「はあ……! はあ……!」
肩で大きく息をしながら対峙するのは、Bランクの魔物である飛竜。
ドラゴンと比べると鱗が柔らかく、細身で攻撃力もないが、その分身軽で、高い機動力で空中から襲ってくる厄介な魔物だ。
「ああっ‼」
飛竜が上空から急降下し、カルミナの体を傷つける。
飛竜が爪で、スケイルが用意した最高級の防具の上から肩を切り裂かれ、カルミナは大きく後方へ吹っ飛ばされた。
始めて剣を握ってから10日。
剣の扱い方、【戦士】としての魔力の纏わせ方。体の強化の仕方、スキルの使い方。魔物の特性など、様々な知識を詰め込むように教えられた後は、高ランクダンジョンに潜って魔物を狩って回る。
「早く立て。次の攻撃が来るぞ」
カルミナが痛みをこらえながらフルフルと首を振ると、スケイルは呆れたように大きく頭を掻いた。
「君さあ、死にかけてるのわかってる? ダンジョンでそんな甘えは通用しないよ?」
潜在的にはSランク冒険者の素質があるとはいえ、まだ実戦経験もない、13歳になったばかりの子どもだ。
並大抵の冒険者が苦戦するようなBランクの魔物を相手に、まともに戦えるわけがない。
「……あ~」
完全に戦意を喪失したカルミナを見て、背後で傍観していたスケイルに、飛竜は標的を変えた。
カルミナはいつでも殺せると判断したのだろう。ならば別の脅威を潰すのが先。
しまったなあ。とスケイルはため息をつき、迫りくる飛竜を前に只々立ち尽くしていた。
心臓を裂こうと飛竜が爪を立て襲い掛かるも——
「——」
スケイルに触れた瞬間、飛竜は触れた部分から消滅し、スケイルの背後に飛竜の血がべちゃっと広がった。
スケイルはダルそうに歩幅を狭めながら、カルミナの傍へ歩み寄り、
「じゃあ、習った知識をもとに応急処置をしてみなよ」
服の内側に仕込んであるマジックバッグから傷薬や包帯を取り出し、地面を這うカルミナの前に抛るのだった。
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「なんで私を冒険者にしたいんだ」
「え?」
「お前だったらどんなダンジョンも一人で攻略できるだろ」
応急処置を終え、傷を負った体でカルミナは野営の準備をさせられた。
火に当たり、携帯食料を頬張るスケイルにカルミナが目線を合わせずに問いかける。
「人材不足ってやつだよ」
「人材不足?」
「そう。連盟の冒険者の数は年々増えているが、高ランクダンジョンを攻略できる冒険者を確保できていない。いざという時は僕が攻略に向かえばいいが、同時多発的に高難度ダンジョンが発生した際に、僕一人だけじゃ対処できないんだよ。だから才能がある人間をあの手この手で引き取って、僕の手で育てているわけ」
「ふざけるな! お前なんかが私の将来を勝手に——……っ‼」
カルミナが怒鳴ったが、肩の傷が痛み、辛そうに声を上げて、その場に蹲る。
そんなカルミナの様子を気にも留めず、スケイルは服のマジックバックからティーポットを取り出し、食後のお茶を飲み始めた。
「君の領民もとい、君の守るべき領地を守ってやったのは、僕の【連盟】だぜ? 死んでたはずの命を誰が救ってやったと思っている」
「……!」
「領地に発生したダンジョンを『攻略できない』と泣きついてきたのは君の両親だ」
スケイルの言う通り、領地に発生したダンジョンの攻略を依頼したのは領主であるカルミナの父である。
役職持ちの人間は領地に何人かいたものの、カルミナを含め皆実戦経験が無く、ダンジョンの外から溢れた魔物にすら対処ができなかった。
ダンジョンには攻略権というものが存在し、基本的にはダンジョンの攻略権は、ダンジョンのある国や領地にある。いくら連盟と言えど、連盟の傘下にない国や領地の攻略権を無視してまでダンジョンを攻略することはない。攻略権の持ち主が権利を譲って初めて、連盟はダンジョンを攻略する。
攻略権が譲られない限りは、連盟はダンジョンにはノータッチなのだ。
「僕の傘下に入らないのなら、ダンジョンの脅威から自衛ぐらいしてもらいたいね。それができないくせに、対価について文句を言われる筋合いはないよ」
そもそも連盟の傘下に無い国や領地が、ダンジョンを安定して攻略できないのは、連盟がダンジョン攻略のノウハウを独占しているからである。
カルミナがスケイルを睨むも、スケイルは悪びれずにクククと喉で笑ってあしらった。
「今の状況が嫌だったら、さっさと一人前の冒険者になることだね。そうすれば緊急時以外の自由を約束し、僕の下からある程度解放してやるからさ」
「……一人前の条件は?」
「Aランクまでのダンジョンを単独で攻略できるようになること。そしてSランク以上のダンジョンを、パーティーを組んで攻略できるようになること、かな」
条件を聞いて、カルミナはふざけるなと思った。
現在潜っているダンジョンのランクはB。十分難易度が高く、1人で攻略するなど基本的には不可能だ。
Bランクのダンジョンにさえ手こずっている自分が、それより高難易度のAランクダンジョンを単独で攻略できるビジョンなど、今のカルミナにはない。
だが、
「……その条件を達成すれば、私は自由になれるのか?」
今の自分に、他の選択肢が無いのも事実だ。
観念した様に訊ねたカルミナに「ああ」とスケイルは深く頷いた。
「君ならできるようになるさ。一個目の条件なら簡単に」
「どういう意味だ?」
一個目の条件というのは、単独でAランクダンジョンの攻略ができるようになるということだろう。
ダンジョンの難易度は上がるかもしれないが、他の人間の力が借りられる分、『Sランクのダンジョンの攻略をパーティーで行えるようになる』ことのほうが、今のカルミナには簡単な条件に思えた。
「他の人間が自分にとって都合よく動いてくれるなら、今の世界にダンジョンは溢れていないって話だよ」
後は自分で考えろ、と言わんばかりに、スケイルはいつも肝心な部分をはぐらかす。
納得がいかず、ジトリと見つめてくるカルミナの傷口をパンと叩き、スケイルは「寝床の準備をしようか」とその場を立ち上がった。
傷口を抑えながら、さっさとお前の下から解放されてやる、といった表情でスケイルの背を睨み、カルミナはスケイルが寝るための天幕を整えるのだった。
その後、何度も傷つき、死に目を見ながらも、カルミナは冒険者として着実に力をつけていき、2年後には単独でAランクダンジョンを攻略できるまでになった。
解放の為の条件は、残すは『Sランクのダンジョンの攻略をパーティーで行えるようになる』のみだ。
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「おめでとう。これで君は、世界で5人目のSSランク冒険者だ」
Sランクの魔物——グレートドラゴンの討伐を終えた後、水筒の水を飲みながら一息をついているカルミナに、スケイルが金水晶の冒険者証を差し出した。
冒険者としては名誉なことなのかもしれないが、スケイルから解放されたいカルミナにとってはどうでもいいことだ。
目線も合わせず、奪うように冒険者証を受け取るも、首には下げず、さっさとポケットにしまい込んだ。
「後は、パーティーを組んでSランクダンジョンを攻略できるようになれば、お前から解放されるというわけだな」
「そうなるね」
「すぐにでも達成して、お前の下なんて出て行ってやる」
「そう簡単にはいかないと思うぜ」
スケイルが馬鹿にしたように笑い、それが癇に障ったのか、カルミナは眉をしかめた。
今の自分は、間違いなく世界でも5本の指に入るほどの冒険者。スケイルもそれを認めているからこそ、自分にSSランクの冒険者証を渡してきたのだろう。
なのに、そう簡単にはいかないと念を押してくるのはどういうことか。
懐疑の視線を浴びせるカルミナに、スケイルが一枚の紹介状を突き付けた。
「しばらくの間、そこのギルドで面倒を見てもらうことだね。そのギルドで成果を上げてきたら、君を自由にしてあげよう」
紹介状に記されていたのは、連盟直営のAランクギルドの一つ。
現在、Sランク以上のギルドは存在せず、実質的に最高ランクのギルドである。
「いいのか、こんないいところに私を送り込んで」
「ああ」
挑発するようにカルミナが笑うも、スケイルもその笑みを見て、負けじと意地の悪い笑みを見せつけた。
「君の苦労する顔が目に浮かぶ」
挑発を挑発で返され、カルミナが苛立つも、半ばスケイルの負け惜しみのように解釈したカルミナは、紹介状を受け取り、得意げに笑ってから背を向けた。
そして数日後、スケイルの紹介したギルドに配属され、ギルドの一員としての生活がスタートする。
この時はまだ、スケイルの言葉が現実となって襲い来るとは、カルミナは思ってもいなかったのだった。




