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捨てられた女

お久しぶりです。

仕事が忙しく毎日の投稿は難しいですが、ぼちぼち再開します。


本編の補足となる番外編ですが、お楽しみいただけましたら幸いです。

 辺境の土地を治める領主の一人娘として生まれた。

 領主の娘、と言えば、位が高く、裕福な暮らしをしているのかと思われるかもしれないが、実際の所はそうでもなかった。

 他の領主が屋敷と呼ばれるような大きな住まいを持つ中、自分の家はというと、領民たちが暮らす家より、1.5回りほどの大きさの家で暮らしており、食事も領民たちとほとんど同じものを食べていた。親が倹約家とかではなく、純粋に暮らしに余裕がないだけだ。


 豊作が望めるほど土地の栄養価は高くなく、領民たちは日々を暮らせるほどの作物を売って生活をしていた。綱渡りとは行かずも、生活に余裕はない。そんな日々を送っていた。




 だが、そんな中でも家族や領民とは、仲良く過ごせていた。

 贅沢はできずとも、人の心が温かく、ささやかな日常に感謝しながら、作物の収穫時期に、ちょっとだけ豪華な食事を摂るような日々を繰り返す。

 小さな幸せを確かに感じられるような生活をカルミナは愛していたし、そんな暮らしをくれる良心や領民、領地を愛していた。

 だからこそ、「こんな日々がずっと続けばいいのにな」と思いながら、カルミナは日々を過ごしていた。


 



 そんな願いは、13歳を迎えたある日に、突如として脆く崩れ去った。


 領地の中心部に突如としてダンジョンの種子が飛来し、種子から生まれたダンジョンから魔物が溢れ、領地は瞬く間に荒れ果てた。


 ダンジョン自体は【連盟】から派遣された冒険者たちが鎮圧したが、荒れた土地はそのままだ。連盟はダンジョンを管理し、その脅威から世界を守る組織ではあるが、その後の領地の面倒まで見る義務はない。


 荒れ果てた領地を目にし、この先どうすればいいか領地全体が絶望に暮れる中、一人の男が現れ、「いい話がある」と言って両親を家の中へ連れて行った。


 去り際に自分を見つめてくる、黄金に輝く瞳に悪寒を覚えたのはその時だった。

 

 まだ幼かったカルミナは、得体のしれない悪寒に身を縮ませながら、男に連れられて家の中に入っていく両親たちの背中を見送った。

 その遠くなっていく背中に、二度と近づくことができなくなるような、嫌な予感を覚えながら。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「じゃあねカルミナ。あなたはこの人の下で、冒険者になるの」


 翌日、両親に目を伏せながら告げられて、訳が分からず言葉を失った。


「何、言ってるの?」


 肩を掴んで無理やり母の体を起こすも、幼いカルミナの目を真っすぐは見てはくれない。

 後ろで控える父も同様だ。


「この人が領地の復興を約束してくれるかわりに、お前を冒険者としてスカウトしたいとのことだ。だから……」

「冒険者って、魔物と戦う人たちの事でしょ?! 私剣も握ったことないんだよ⁈ 戦うの嫌だよ⁈」

「ごめんね、カルミナ」


 母がカルミナの体を抱きしめ、言葉を塞いだ。

 体は重なっているのに、突き放されたような感覚に陥り、不意に言葉を飲んでしまう。


「領主として、私たちはこの地を立て直さなきゃいけないの。どうか理解してほしい。離れても私たち家族の繋がりが途絶えるわけじゃない。……だから……今は……」

「もういいかい?」


 そのやり取りを傍から眺めていた若い男が、あくびをしながら会話に割って入った。


「……娘をよろしくお願いします」

「嫌だ! ずっとここにいる!」

「カルミナ」


 諭すような優しい声と共に、父がカルミナの方に両手を置いた。


「……ごめん」


 涙で濁った声に、自分がわがままを言っているような罪悪感に襲われて、カルミナは謎の男に手を引かれて、家を後にしていった。


 家の前で両親が去っているカルミナたちを見つめていたが、追いかけてくることはなかった。

 

 未練がましく両親の顔を追っていたカルミナに、カルミナの手を引く男がニタニタと悪意のある笑みを浮かべながら「よしなよ」と語り掛けてきた。


「君を売った人間なんかに何を期待してるんだい? そんなに見つめたところで、あいつらは迎えになんか来てくれないぜ?」

「……!」


 反射的に男を睨むも、当の本人はそれを面白がったように、ニタニタ悪い笑みを浮かべるばかりだ。

 

「お前、私の親に何を吹き込んだ?!」

「吹き込んだ、なんて表現は良くないな。僕は提案しただけさ」

「提案……?」

「娘さんの冒険者としての才能を育てたい。暫くの間預けて頂ければ、可能な限りの謝礼をしますってね。僕がしたのは提案。了承したのは君の両親」

「そんな提案されたら……誰だって……!」

「誰だって、なんて言い方は良くないね。同じような提案をしても、それを拒否する連中もいるにはいるんだ。断る選択があった以上、恨むべきは君を捨てた薄情な両親だろう」


 ククク、と喉を鳴らして笑う、金色に瞳を輝かせる優男。

 幼いカルミナの目には悪魔のように映ったが、切羽詰まった状況の両親にとっても、悪魔のささやきだったのだろう。

 

「いずれにせよ、高い金使って君を買ったんだ。君は【役職持ち】として連盟に仕え、世界平和のために貢献してもらう。拒否権はないよ。金額分は働いたら、ある程度の自由は許してやる」

「私、冒険者なんかなりたくない!」

「なりたくない、じゃなくて、なるんだよ。不幸なことに君にはその才能がある」


 自分が【戦士】の役職を持っていること、保有する魔力量が人よりはるかに高いことは聞いてはいたが、それを誰かに言いふらしたことはないし、両親も領民にすらそのことは話したことはないはずだった。


 それなのに、なぜこの男はそのことを知っているのか。


 その疑問に答えるように、謎の優男は金色の瞳を一際強く輝かせた。


「僕にはすべてお見通しなんだよ。この世の何もかもがね」

「お前……【斥候(スカウト)】か?」

「まあね。……おっと、馬鹿な真似はよせよ」


 カルミナが体に魔力をみなぎらせ、謎の優男に襲い掛かろうとしたが、優男がカルミナを一睨みすると、カルミナは途端に委縮して身を固まらせた。


 戦闘能力の無い斥候(スカウト)なら、今の自分でも勝てると思った。

 だが、何故か知らないが、この男に触れた瞬間、自分が殺されてしまうような予感に襲われて、反射的に拳を引っ込めてしまう。


 委縮したカルミナを見て、「良い勘してるね」と優男は満足そうに笑う。


「安心しろよ。預かった以上は責任を持って育ててやる。大事にはしてやるさ。大切にはしてやらないがね」

「お前……何者だ?」

「連盟の党首にして、世界の管理人といったところかな。スケイルって呼んでくれよ」

「スケイル……」


 確か、連盟という組織を設立した伝説の冒険者の名前だった。

 だが、連盟の設立はかなり前の事。その設立者にしては、目の前の男は若すぎる。


「今話したことは、基本的には内密にしてくれよ」


 ある程度歩いたところで、スケイルと名乗った男は転移の巻物(スクロール)を取り出して、それに魔力を流し込む。


 転送される直前に家の方を振り返ったが、すでに両親は家の中に入っていて、その姿を確認することはできなかった。

 

 胸を針で刺されたような感覚がカルミナを襲った。

 その姿を見て、「だから言ったのに」とスケイルは呆れたような声を上げた。


「さあ、今日からここが君の生きる世界だ」


 飛ばされた先は、山のように聳え立つ、連盟本部の建物の前。

 あまりに雄大な城を前に、カルミナは気圧されたのか、ごくりと唾を飲み込んでしまう。


 今日からここが、私の生きる世界。

 今まで住んでいた領地よりも、遥かに雄大な連盟の本部が、巨大なだけの監獄に感じたのはこの時だったか。


 こうしてスケイルに拾われたのが、後に【緋色の閃光】と呼ばれるSSランク冒険者、カルミナの冒険者としての始まりの時だった。


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