エピローグ ~【神眼の斥候】~
「いよいよだな」
連盟の復旧工事が完了し、かつての姿を取り戻した城の一室。
正装に身を包んだアインスの襟元を、カルミナが優しく正した。
「なんか、変な気分です」
「私もさ。こういう場には慣れちゃあいない」
ドレスやタキシードとは異なり、どちらかと言えば位の高い騎士が着るような、荘厳な服装。
裾の長いコートや、質感の良いマントを羽織り、見栄えは立派なものだ。
だが、当のアインスは着心地が悪そうに体を動かしているのを見て、カルミナが可笑しそうに笑った。
「そういえばミネアさんは?」
「バックレた。ギルドとしての表彰は私一人いれば十分だろって言って、街の屋台を巡っている。君の襲名式には一般の冒険者として顔を出すと言っていた」
「相変わらず自由な人だ……」
ミネアがカルミナに対応を投げ、元気よく手を振る様が目に浮かぶ。
感心したような、呆れたような顔でため息を吐く。
服の襟を整え終え、カルミナがアインスを鏡の前に立たせた。
「どうです?」
「似合っているよ。……似合う男になった」
カルミナが優しく微笑むと、アインスはその横顔を少しだけ横目で見てから、照れくさそうに頬を染めた。
「それは、皆のおかげですから」
そして、改まった様子でカルミナに向かい直る。
「変わろうって思えたのも、変わることができたのも、皆がいたからです」
「私もだよ。君がいなければ、私はスケイルのまねごとをするだけの、傲慢で嫌なやつで、自分に自信のない臆病な女だった」
カルミナが懐かしむように語り掛ける。
以前なら自分のことを卑下するときは、塩らしい姿を見せたのだが、今では冗談交じりにでも過去のことを振り返ることができる。
嫌なこともあったろう。だけど、それと向き合い、乗り越えたからこその今がある。
今となっては、良い糧と思えた。
「君が私を、……私の良心を拾ってくれたからだよ」
2人は穏やかな表情で向かい合ってから、凛とした笑顔で頷きあった。
「本当にいい男だよ。君は」
「いい女の右腕です。当然でしょう」
その時部屋がノックされ、ナスタがドアから現れた。
「そろそろ時間です」
「行こうか」
「はい」
コツコツと会場へ続く道を歩くナスタの後ろを、アインスとカルミナは、指の端を重ねるように手をつなぎながら歩く。
会場へ辿り着いたとき、多くの冒険者たちが歓声と共に迎え入れてくれた。
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式はまず、先日の襲撃の際に活躍した冒険者たちの表彰から行われ、その時中心となって活躍したカルミナのギルドの表彰が行われる。そして、その後に新しくSSランク冒険者となったアインスの襲名式が行われる。
式の進行は全てナスタが執り行う。
襲名式が終わった後に、街に躍り出て、連盟の復興を祝うパレードが行われる予定だ。
「あんた、こんなところいていいの?」
「僕のセリフだ。君こそあっちにいなくていいのかい」
カルミナがギルドリーダーとして表彰される様子を、冒険者たちの中に混じってみていたミネアの下に、スケイルが怪訝な顔をして現れた。
「いいのいいの。ああいう畏まったのはカルミナの仕事。あんたこそ、いつまでも公の祭り事をナスタに投げるんじゃないわよ」
「君と一緒にするんじゃあないよ。僕が表に顔を出さないのには理由がある」
「理由?」
首を傾げたミネアに、やれやれとスケイルが息を吐いた。
「確かに僕の秘密を明かして、完全不死の化け物として姿をさらすのもできなくはないが、僕の存在を公にすれば、僕を不老不死にした秘宝の存在も公にしなければならなくなる。そうなれば今よりもっと、欲にまみれた馬鹿たちがダンジョンへ群がって、ダンジョンが勢力を拡大させるだろう」
「あんたの力があれば、そういう馬鹿を抑圧することもできるでしょ」
「そういうやり方は好きじゃあないんだよ。化け物の体でいるからこそ、僕は最低限人間でありたいし、連盟のイメージの為に、人の世は人が治めていると思わせなきゃならない。それに……」
スケイルが真剣な表情になって続けた。
「僕の力を公にすれば、もしも僕のことを知った人間がダンジョンで死んだときに、ダンジョンが僕でも攻略できないような進化を遂げる可能性がある。僕の情報を外に漏らすことは、人間がダンジョンに対して最終対抗手段を失う可能性を生むことと同義なのさ」
スケイルの説明に、「ふーん」と納得した様にミネアが唸った。
「だから、あくまで連盟を指揮する、謎の存在で在り続けるってことね」
「もう少ししたら、老衰で死んだことにして、ナスタを表の党首に据えるよ」
「完全な裏方に回るってこと? あんたもいろいろ考えてるのね」
「当たり前だ。伊達に世界を管理しちゃいないよ」
ちょうどカルミナの表彰が終わり、会場が大きな拍手に包まれた。
「続いて、新たにSSランク冒険者として任命された、【斥候】アインスの襲名式を行う。アインス。前へ」
「はい」
ナスタが名前を呼び、アインスが改まった声で前に出た。
凛々しい表情でナスタの前に向かうアインスを見て、「立派になっちゃって」とミネアが笑う。
「そういえば、アインス君の二つ名、あれでいいの?」
「文句あるかい?」
「文句じゃなくてさ」
変な名前を付けられてはたまらんと、カルミナとミネアは式が始まる前に、スケイルに直接問い詰めに行っている。
しつこく二つ名を問い詰めてくる二人に根負けし、アインスには内緒にする条件で、スケイルは渋々二つ名を明かした。
「元々あんたの二つ名でしょ」
「表立って冒険者活動をしない僕には不要だよ。……それに、僕に人を見る目はないしね」
スケイルがアインスの方に目線を向けた。
「もっとふさわしい者に、譲っただけさ」
遠目でアインスを見守るスケイルの顔が、とてもやさしい顔をしていたので、ミネアは思わず目をこすってから二度見する。
僕は本当に人を見る目が無い。
世界を見通す神の眼を持ってしても、
僕にはカルミナがあんな風に優しく成長することも、
犯罪者崩れの子悪党が、死の間際に良心を見せたことも、
自分の事しか考えられない、犯罪者が後悔する様も、
そして何より、自分の知らないうちに、君がそんなに立派に成長することも、何一つ見通すことができなかったのだから。
「此度の活躍、そして、特別な【探知眼】だけでなく、斥候としての幅広い知識と、数々の高難度ダンジョンの攻略計画の作成、そして、類まれなるダンジョンでの判断能力。以上のことを踏まえ、【斥候】アインスに相応しき二つ名を襲名する。全てを見通す神の眼を持つ、貴殿が承りし二つ名は——」
だからこそ、この二つ名は。
人の良心を信じ、育むことのできる君に。
誰かの尊厳を、未来を。人の持つ可能性を見通すことのできる君にこそふさわしい。
後に新しい伝説として語り継がれる、神の眼をもつ冒険者の二つ名は——
「【神眼の斥候】」
~ Fin ~
長きに渡るご愛読、ありがとうございました!
これにて本編完結です!
ざまぁによるエンタメとは違い、成長と良心をテーマに物語を作りました。
流行りとは異なる物語でしたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。
もともとテンポよく最終章まで描く予定だったので、後に、
カルミナとミネアの出会い。
スケイルとアインスの母の出会いと別れ。
の2本のエピソードを、番外編として書けたらと思います。
いいねや感想、ブクマ、評価。全てが執筆の励みになりました!本当にありがとうございます!
もしもこの物語がお気に召しましたら、ブクマや下の☆☆☆☆☆から評価を、
ご感想やレビューなど頂けますと幸いですm(__)m
番外編、もしくは次の物語でまたお会いできたら嬉しい限りです!
重ね重ねになりますが、本編完結までご愛読、誠にありがとうございました‼




