答えを確かめに
「ねえ、父さんはどんな人だったの?」
アインスが幼い時、洗濯を手伝っていた時に母に訊ねた。
母が顔も知らない父のことを良く思っているのに気が付いてから、似たような質問を何度もした。
だが、母も父のことを語るのは楽しいようで、同じ質問を受けながらも、何度も当時のことを楽しそうに振り返る。
「歪んでいるけど真っすぐな人だった」
「何それ」
「自分のことを『悪い人間』だと思っている人だった。そう思っているくせに、言わなくてもいいことを言って相手を怒らせたり、人をおちょくるのが大好きで、いじりがいのある人を見つけたりしては、よく絡みに行っていた。皆その人のことをクズって呼ぶんだけど、本人もそれは嬉しそうだった」
「……変な人」
幼いアインスも怪訝な表情になったのを見て、母はおかしそうに笑ってから続ける。
「でも、そう振る舞うのは、自分自身の心に嘘をついて生きるのが嫌いだったし、苦手な人だったから」
「だから、歪んでいるけど真っすぐ?」
「うん。そして、頭も良いし、凄い力を持った人だった」
「凄い人だったんだね」
アインスが父を褒めると、母も「そうなの」と明るい顔になる。
「でもね、一方で人の気持ちとかよりも、規律とか、ルールを大切にする人だったから、一部の人たちからは凄く嫌われていた。人を助けるときも、父さんはずっと『客観的な理由』をつけた。自分の都合で人を助けたことなんか一度もない。人の気持ちや意見を踏みにじって決断を下すことも多かった」
「でも、多くの人を助けたんでしょ?」
「うん。でも見捨てた人間も多いっていつも言っていた。その度に『自分は悪い人間だから』って言い訳のように付け加えた。救えない人がいる度にわざとらしく悪ぶったり、何とも思ってないって言って、子どもみたいに強がったこともあった」
「力があったなら、全員助けることはできないの?」
「アインス。それは絶対に出来ないのよ」
アインスの漏らした疑問に、諭すような表情になって、母が答える。
「どんなに力があっても、1人の力で全員を助けることなんて絶対できないの。それはどんな力を、どんなに優しい心を持っていたとしても同じ。一人でいる限り、全員を助けることはできない」
「……そうなんだ」
「でも、だからこそあの人は多くの人を助けようとした」
暗くなったアインスの頭を、母が優しく撫でた。
「自分が助けた人が、別の誰かを助けてくれる。悪い人間に救えない人を、自分が救った——良心を持つ誰かが助けることができる。皆体も心も、生まれた場所も、育まれた思想も違うからこそ、平等に人を助けることはできないけど、公平に多くの人を助けるのが自分のやり方だって、いつも言っていた」
「父さんは、英雄なんだね」
「人によっては悪魔に見えるかも」
「母さんにとっては英雄なの?」
「英雄よ。それに——いつまでたっても愛おしい人」
そう言って遠くを見つめる母の顔は、本当に美しい女性の顔だった。
村で美人だと評判で、人もいい母のことを村の皆はよく褒めた。そうして母が笑う度、笑った時の顔が一番美人だと評されることも多かったが、
ずっと母の傍にいるアインスからすると、父のことを思う時の顔が、一番きれいな女性の顔をしていると思った。
だから、自分の父に会ってみたいと思った。
いい子にしていれば、向こうから見つけてくれる。
その言葉を信じて、善い人間で在りたいという思いが、アインスの胸の中にずっと残っていた。
母との思い出と、顔も知れない父への思いが、今の自分を形作ってきたのだと思うと、2人には感謝してもしきれない。
そんな思いがあったからこそ。
——君が善く生きた証だろう。
絶望の底に沈んでいた時、あの言葉で這い上がることができたのだ。
だから、全てが終わった今だからこそ、どうしても確かめなければならないことが一つだけあった。
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「ここが、君の故郷があった場所?」
「はい」
連盟の街の復旧作業が大方終わり、パレードの準備が本格的になる前に、アインスはスケイルと共に、自分の故郷があった場所を訪れていた。
アインスがスケイルに「母の墓参りに付き合ってほしい」と告げると、スケイルも忙しいながらも上手く時間を作ってくれた。
アインスの故郷があった場所は、今では草木が生い茂る草原のような場所になっていた。所々に家の跡や、崩れた塀が残っていて、そこをコケや小さな花が覆っている。
村の中心には、墓石のような石が据えられていた。
「しばらく来れなかったら、こんなになっちゃった」
周囲に生い茂った草木を刈取り、土が被った墓石を水で洗う。
石には小さく『村の皆』と刻まれていた。
恐らくこの下に、皆が埋められたのだろう。
「んじゃ、ぼちぼちお供えでもするかね」
アインスがある程度の掃除を終えると、スケイルがマジックバッグの中から大量の供え物を取り出した。
綺麗な花に加え、酒や肉、果物などを次々に墓の前に置いていく。
「こんなに高価なものを……それに、用意しすぎでは?」
「馬鹿いえ、こういう時こそ、死んだ連中にも僕という人間の懐の深さを見せつけてやらにゃあならんのさ」
「墓がほとんど見えなくなった……」
墓石より高く積みあがったお供え物を見て、アインスが困惑するも、それをみてスケイルは満足そうに笑みを浮かべた。しかもほとんどの品が超高級品。備えた後は全部自分で回収したいぐらいだ。
だが、そんな供え物の中に、母が好きだった花や食べ物が必ず入っているのに、アインスは気が付いていた。
「……あの、一つだけ、確認したいことがあるんです」
「……」
墓石を前に、アインスが改まった様子で話しかけるも、スケイルは何も言わずに、黙って墓石の方を見つめていた。
恐らく、アインスが何か自分に話があって呼び出してきたことは、スケイルは気が付いている。だから今日は、ナスタを傍に連れていない。
そして、何を尋ねられるかも、恐らくは——
「……なんだい?」
覚悟を決めたように、重く息を吐いてからスケイルが返す。
いざ、質問を切り出そうとなると、アインスの鼓動が早くなった。
スケイルと出会い、話をしてから、ずっと胸の中に渦巻いていた疑問。
「あ、あの、もしかしたら! 僕の早とちりかもしれないし……違ったら違ったで、全然気にしないでほしいというか、むしろ、失礼なことを聞いてごめんなさい、というか……!」
「アインス君」
「は、はい!」
「早く」
切り出しておきながらしどろもどろになったアインスに、スケイルが呆れたような声色で急かす。
だが、呆れるというよりは、一思いにやってくれと言わんばかりの、腹をくくったような態度だ。
「あの……」
体が震えた。
そうであってほしいと思った。
そうでなかったら、それはそれで受け入れなければならないと思った。
でも、もしそうであるならば、自分はこの先、この人にどう向き合っていくべきなのかとも思った。
聞かなければ、前に進むことはできない。
でも、そうだったとして、自分が進むべき前ってどこにあるんだろう。
どこに変わってしまうのだろう。
そんな疑問が頭の中で渦巻き、混乱しながらも、少しだけ声を震わせながら、アインスはその言葉を口にした。
「あなたは、僕の……お父さん、ですか……?」
残すところ後数話。
明日の7時~13時の間に最終話を投稿し、本編完結予定です。
最後までどうぞお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。




