後悔
「ミネアさん。こっちの作業終わりました。確認お願いします」
「ミネアさん。そこが終わったら、こっちの建物もお願いします」
「はいはい。順番に見て回るから、ちょっと待っといて~」
襲撃から10日ほど経った連盟本部では、街の復旧作業が行われている。
被害の規模大きかったが、既に復旧は4割ほども進んでいる。瓦礫の撤去、資材、建造物の再構築など、活躍の幅が広い物質魔導士のおかげである。
その物質魔導士のまとめ役兼、現場リーダーとしてミネアが選ばれ、多くの魔導士たちの作業の監修と並行して、自分も設計図を基に建物を修復している。
「うん。基盤はこれでオッケー。後は強化魔法で骨組みを強化してあげて」
「はい!」
「そっちの建物は、Cの柱が、内部に少し空洞がある。材料継ぎ足して再構築すること。魔力切れになると構築が甘くなりがちだから、少し休憩してきな~」
「あ、かしこまりました」
ミネアに促され、休憩を取りに行く物質魔導士たち。休憩所にはスケイルが用意した魔力ポーションや、差し入れのお茶やご飯が置いてある。
自分もマジックバッグから魔力ポーションを取り出し、グビグビ飲みながら、瓦礫の山と、資材に向かって魔力を流し込む。
すると魔力を流しこんだ物質が再構築され、ものの十秒ほどで、立派な3階建ての建物に変形した。
「棟梁としての振る舞いが、大分板についてきたじゃあないか?」
そんなミネアの下に、大量の私財を引きずってきたカルミナが現れる。
家一個分の資材を紐でくくり、そのまま引きずってきたようだ。
「あたしゃ棟梁じゃないっての。さっさとこんな復旧工事なんか終わらせて、ギルド全員でまた冒険しましょうよ」
「その割には後進の育成に気を使っているじゃぁないか。お前一人で本気でやれば、とっくに工事は終わっていただろうに」
大規模な地下通路を1日で形成したミネアならば、その気になれば壊れた街もそのペースで復旧できたであろうが、今回は集められた物質魔導士たちを指揮し、自分の技術を教えるような立ち振る舞いで復旧工事に臨んでいる。
「当然でしょ。他に優秀な人間が育たなきゃ、この規模で街が壊れる度に、あのクズは毎回あたしに招集かけるじゃない」
「ああ……それでか。でも、嫌々やってる割には、丁寧に作業を見てやっているな」
「まあ、貰うもん貰ってるしね」
ミネアにはダンジョン攻略の報酬とは別として、別途賃金が支払われている。
「皆お前のことを褒めていたぞ。あんなに優秀な物質魔導士見たことないって」
どうやら現場のリーダーとして尊敬されているらしい。
その扱いに気を良くしたのか、一瞬ほおを緩ませたが、すぐさま取り繕って、「当然でしょ」と息を吐いた。
「で、復旧した後はどうする? すぐギルドの活動に戻る?」
「ああ、そのことについてなんだが」
話題が切り替わり、カルミナが改まった顔になる。
「町を復旧し終えたら、また来賓を招いて復旧祝いのパレードをやるそうだ」
「あいつ懲りないわね」
祝い事で惨事が起こったってのに、すぐさま別の祝い事の規格に掛かるとは。
ミネアが呆れるも、カルミナは「そう悪く言うな」とまんざらでもない様子だ。
「そこで、今回のテロの鎮圧に貢献した冒険者たちの表彰も行うんだよ。当然私たちのギルドも名を広く売れる」
「ああなるほど。宣伝にはもってこいね」
Sランクギルドになったものの、まだ認知度は高くはない。
様々な来賓が集まるのであれば、そこでギルドとして表彰されれば宣伝になるし、幅広い地域の依頼を受けられるようになる。こっちにとっても利がある話だ。
「それに、アインスの表彰も行われる。今回の件のMVPとしてな」
「そっか!」
SSランク冒険者に昇格した際には、皆の前で任命式を行わなければならない。どうやらそれも兼ねてのパレードのようだ。
「……出会った時の、オドオドしてた様子が嘘みたい」
「ああ。あいつは立派に成長した。……すごく」
出会った当初は、能力はあったが、臆病な少年だったアインス。
それが今や、まだ6人しかいないSSランク冒険者の一人となり、有事の際に物怖じせず、皆を率いることができるほどの、立派な人間として成長した。
彼が成長していく様に、励まされてきたっけな。
少しだけ遠い目をして、懐かしむようにミネアが笑う。
「あんたも成長したよ」
「……え?」
「今後ともよろしくね。リーダー」
ミネアがカルミナに向かって拳を差し出すと、カルミナは少し頬を赤くしてから、「ああ」と拳を突き合わせた。
「さーて、ちゃっちゃと終わらせてしまいますか! こんな作業」
「私も手伝うよ。資材はどこに置いておけばいい?」
ミネアが大きく背伸びをし、肩を回してから復旧作業を再開する。
カルミナもミネアと並んで歩きだし、2人はまだ瓦礫の山が残るエリアの方へと足を伸ばすのであった。
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「執行猶予……?」
「ええ。あなたの処遇はそのように決まりました」
連盟本部にある、収容施設。
そこに犯罪者として独房に収監されているシャノンへ、ナスタが罪状が記された文書を読み上げ終えた。
書状はスケイルが用意したもの。つまりスケイルが最終的に自分を生かす選択をした。
「甘いんですね」
そんな屈辱的な扱いに、シャノンが自虐を含んだ笑みを浮かべた。
「ええ。私も殺すと思っていました。党首様の恩情に感謝しなさい」
「違いますよ。あの斥候の子に甘いと言ったんです。普通なら私は執行猶予無しで死罪になっているはずです。彼はあの悪魔にとって、特別な何かなんですか?」
「……」
答える気はない、といった風に口を噤むナスタを、シャノンは下から睨む。
「これから先もずっと、助ける人も、そうじゃない人も、全部あいつが決めるんでしょ。今までと何も変わらない。そんな世界で、私はどう後悔すればいいって言うんですか」
生きて絶対後悔させる。
そう言ったアインスに抗うように、シャノンは開き直った様子で顔を逸らした。
結局アインスはスケイルにとってのお気に入りであり、お気に召されたから、気持ちを汲んでもらえただけの事。
結局は今後もスケイルが連盟を牛耳り、人を救うために必要な権利や知識は、スケイルが必要に応じて与えていくという姿勢は変わらない。
父さん母さんのような人間は、今後も出続ける。
結局スケイルも、連盟も何も変わっていないということだ。
反省も後悔も絶対しない。
険しい顔で顔を逸らしたシャノンへ、「できるはずです」とナスタが告げる。
「あなたの動機が本当なら、後悔ぐらいできるはずです」
「? どういう意味?」
「アインスさんもあなたと同じです」
「……え?」
「アインスさんは、あなたの両親が引き起こしたスタンピードで、故郷と親を失っていますから」
「……?!」
そういえば、釣り大会の時、故郷のことが話題に上がると、その近辺に住んでいたと言っていたような気がする。
あの時起こったスタンピードは、周辺の町にも被害をもたらしたとは聞いていた。
アインスの故郷も、その中の一つ。
「立派ですよ、彼。そんな目にあっても腐らず、前を向いて生きている」
誰と比較するわけでもありませんが。
ナスタは淡々と言い残し、独房の前から去っていった。
今までスケイルのことを悪魔だと思って生きてきた。
村の皆も、両親も。あの時の連盟の対応を不審に思っていたし、自分たちのことを鑑みず、非常な決定を下す連盟のことを、悪いように思っていた。そう思うのが当然だった。
人の親を、故郷を、全てを奪っておきながら、何一つ悪びれない最悪の悪魔。
スケイルのことをそう思って生きてきたが——
「……!」
アインスからすれば、自分自身がその悪魔そのものだったのだ。
そのことに気が付き、初めてシャノンはボロボロと涙を流し始め、その場に蹲って嗚咽を漏らし始めた。
誰もいない独房に、弱弱しく、壊れそうなシャノンのすすり泣く声が響く。
「……そんな顔が見たかったんだよ」
そしてその様子を、施設の外からスケイルが【探知眼】を発動させて伺っていた。
ナスタが中から戻ってくると、スケイルは施設に背を向けて、まだ復旧作業中の街の方へと歩いていくのだった。




