お前の良心を、僕は信じる
「僕の手で……シャノンさんを」
「探知眼でコアの正確な位置は分かるだろ。あとは君のイメージを弾に込めるだけだよ」
言われた通りに探知眼を発動すると、シャノンの心臓に張り付くダンジョンコアの情報が流れ込んでくる。
まるで心臓を盾にするかのように張り付くダンジョンコア。
そのダンジョンコアに、魔力が少しずつ流れ込んでいる様子がわかる。ダンジョンもダンジョンで、ブレイクの準備を始めたらしい。
「はあ……はあ……‼」
そして、ダンジョンの魔力が大きく脈打つと、シャノンが苦しそうに胸を抑えて、その場に膝を折った。
「シャノン‼」
カルミナがすぐさま近寄るも、シャノンは地面を変形させて障壁を作り、自分を隠す。
そして間髪淹れずに起こる【変異】の前兆。ダンジョン全体が大きく揺れ出す。
「あいつ、このままブレイクを起こす気か⁈」
どうやらスケイルたちの討伐を不可能と判断したらしい。シャノンもそれに気が付いて、ブレイクを起こし、ダンジョンの種子を世界にばらまくことに決めたようだ。
シャノンを守るように、周囲に魔物が出現し、壁となるが、
「させませんよ」
「ああ‼」
ナスタが魔物の群れを雷で薙ぎ払い、シャノンを守る障壁に向かって、カルミナが再び溜めた魔力を解き放つ。
「アンリミテッド——」
これで全て終わらせる。
覚悟の籠った咆哮が、階層全体に木霊した。
「ストラアアアアアアアアアアァァァイク‼」
幾重にも重なる障壁を、カルミナの放ったエネルギー砲が消し飛ばしていく。
壊れては再生し、壊れては再生する障壁をじわじわと侵食するように押し返す。
「ミネア……後は頼む……‼」
「そんだけ壊せば上出来!」
カルミナが魔力を放出しつくすも、シャノンの姿が見えただけで、すぐに障壁が再生し始める。
だが、その一瞬の隙を逃すまいと、今までサポートに徹していたミネアが、障壁に向かって魔力を流し込んだ。
「ぐっ⁉」
ミネアの物質魔法で固定化された障壁の再生が止まり、いきなり首を絞められたかのようにシャノンが唸った。
「アインス‼」
「アインス君‼」
カルミナとミネアが、今だと言わんばかりにアインスの名を呼んだ。
「「行けえ‼」」
「行きなさい」
「決めろよ」
「——はい‼」
皆の声と同時に、細く、真っすぐと光の奇跡を描きながら、アインスの【消滅魔銃】からレーザーが放たれた。
その光は、シャノンの胸を貫いて、小さな血しぶきと共に、砕けたダンジョンのコアが背後から飛び散った。
憑き物が剥がれ落ちるように、シャノンの体から邪悪な文様が消えていく。
「シャノンさん‼」
小さく血を吐いて、崩れ落ちるシャノンに、アインスはすぐさま駆け寄った。
一方でシャノンは、薄れゆく意識の中、これで終わりかと、空しい笑みを浮かべて倒れこんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ここは……」
気が付けばシャノンは、見知らぬ場所に立っていた。
いや、見知らぬ場所ではない。
多くの草木に囲まれ、粗末ながらも大きな木製の家が立ち並ぶ、小さな地図には乗らないような、辺境の町。
自分が生まれ育った、故郷の町【パクスラミナ】だ。
「あ……」
そして、自分の育った家の前で、大手を振って自分を迎え入れようとしている人物の姿が見え、自分は死んでしまったのだと理解した。
手を振って歓迎してくれていたのは、死んだはずのシャノンの両親。
つまりここは、死後の世界だ。
「……だめだったよ。皆の仇……うてなかった」
惨めな人生だったな。
スケイルの言葉が頭をよぎる。
お前からしたらそうだろうよ。
何かを選べる立場にある、大切なものを奪われる心配のないお前からしたら、何も知らずに辺境の町で生きて、皆の住むその町を守ろうとした両親も、村の皆もゴミに見えるだろうよ。
そんなお前から、世界を開放するために戦ったんだ。
人生も捧げて。この手も汚して。
それでもだめだった。あの悪魔には勝てなかった。
でも、最後まで戦いぬいた。私の正義はそれでいい。
ごめんね、皆。仇をうてなくて……
でも、
これでやっと、皆と同じ所へ……
【だめだ】
両親の元へ駆けだした時、背後から現れたアインスが手を掴んで止め、そのままシャノンに瓶の中に入った謎の液体をぶっかけた。
すると、美しく懐かしい死後の世界は、光に包まれて消滅した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……なん、で」
自分の体から香る万能回復薬の香で目を覚ます。
目を開ければ、倒れる自分の体を取り囲むように、カルミナたちが自分の顔を覗き込んでいた。
「貴重な万能回復薬、こんなことに使わせやがって」
シャノンの覚醒に、スケイルがつまらなそうに舌打ちをする。
自分だって、望んで復活したわけじゃない。
まだ満足に動かない体に鞭をうち、首だけを動かして、シャノンは万能回復薬が入っていたと思われる瓶を持つ、アインスを睨んだ。
「……なんで、あのまま死なせてくれなかったの」
「今までしてきたこと、あなたに後悔させたかった」
力強い瞳で見つめ返すアインスに、「……後悔?」と弱弱しく鼻で笑った。
「あなたは、スケイルが全部正しいと思う……? スケイルが何もかもを牛耳って、人もダンジョンもコントロールする世界が正しいと思う……?」
「全部正しいとは思いません。でも、それで守られる命もあります」
「……そう」
すると、シャノンは腰に携えていた解体用のナイフに手を伸ばし、自分の首を切り落とそうとする。
だが、その手をアインスがはたき、ナイフを手から弾くと、そのままシャノンの胸ぐらをつかみ、強引に自分の顔の前に持ってくる。
「死んで楽になんかさせない」
「生きてたって……私は後悔しないよ……? 私はあいつに何もかも奪われて……、正しいと思ったことを貫いたんだ……。反省も後悔もできやしない」
「できるだろ」
自暴自棄になるシャノンに、アインスが声に怒りを滲ませながら続けた。
「傷つく心があるなら想像できるはずだ。あなたの正しさが傷つけたものを。あなたの正しさが奪ったものを。それがわかるまで、僕はあなたを死なせない。楽な道なんて選ばせない」
「……」
「傷つく心があるなら、できるはずだ」
自分の正面に顔を据えさせ、真っすぐとシャノンの目を見つめて、アインスが低く告げた。
「お前の良心を、僕は信じる」
優しい言葉とは裏腹に、その言葉には確かな怒りが籠っていた。
それはきっと、彼女の復讐に巻き込まれた無関係の人たちを思って、
それはきっと、変わる機会を奪われた、かつてのギルドリーダーの姿を思って、
それはきっと、今は亡き天国の母と、彼女と別れざるを得なかった——
全員の痛みを理解するまで、絶対に死なさない。
絶対に後悔させる。
傷つく心があるんだろう。
痛みを理解できる良心が残っているんだろう。
だったらお前を死なせない。
お前は一生、苦しんで生きろ。
「生きることが最大の罰に変わるまで、僕がお前を見張り続ける」
アインスが探知眼の輝きを、脅すようにシャノンへ見せつけた。
全てを失ったはずのシャノンの瞳に、うっすらと恐怖の色がにじみ出たのを、周囲の者たちは感じ取っていた。
「……終わったな」
アインスに気圧され、動くこともできなくなったシャノンをゆっくりと拘束し、カルミナがアインスとミネアに笑いかけた。
「……はい」
そして、大きく息を吐いて、疲れたように天を仰ぎながら、アインスは遠い目をして笑う。
「全部、終わりました」
その斥候の瞳の先には、かつて死んでしまった母の顔と、ダンジョンで命を落としてしまった、元ギルドリーダーの男の顔が浮かんでいるのだった。




