最終決戦
「お前に聞きたいことがある」
ダンジョンの最終階層。辿り着いたスケイルにシャノンが訊ねる。
「私の両親が、皆を助けようとしたのは罪なのか?」
「それ自体は良いことだと思う。救おうとしてたのは僕も一緒さ」
同族扱いされ、眉をしかめたシャノンに「だが」とスケイルが続ける。
「僕と違って、そいつらには知恵も力もなかった。無知と無力は罪だぜ?」
「知恵に関しては、制限しているのはお前だろう」
「必要に応じて与えている。与えた結果君みたいなのが生まれるなら、与える相手はもっと考えた方が良かったな」
暗にこれからもスケイルが中心となって、情報制限は続けていくことを示唆している。
「……これ以上は無意味だな。君と僕の意見が混じり合うことはない」
「そうだな。……で、ナスタはともかく、カルミナさんやミネアさん……アインスさんも一緒なんですか?」
一緒、というのは、スケイルの考え、ひいてはスケイルが中心となって、ダンジョンが蔓延る世界を管理していく体制に納得するかどうかだろう。
3人を代表するように、カルミナが一歩前に出る。
「……スケイルから過去に起こったことを聞いたが、正直、お前の気持ちを全部わかってあげることもできないよ」
「だからその悪魔に従うと?」
「違う。こいつは確かに有能なだけの性悪で、1人間として人の上に立つのは向いていないと思っている」
「おい」
「だがな……」
ジトリと睨んでくるスケイルに目もくれず、カルミナは続けた。
「そんなことはスケイルもわかっている。だからコイツは連盟を作ったんだ。ダンジョンの進化を抑制しつつも、自分以外にもダンジョンの脅威から、誰かを護れる人間を育てるために。それについては私も納得しているんだ」
カルミナの意見を後押しするように、アインスとミネアも頷いた。
3人の様子を見て、スケイルも満足そうに笑ってから、シャノンに向かって銃を突きつける。
「投降しろよ。無意味な抵抗を続けてみるかい?」
今のシャノンにはスケイルの【保護消滅膜】も【消滅魔銃】も防ぐ手立てはない。
加え、SSランク冒険者のカルミナ、ナスタ。実力だけなら彼女らに匹敵するミネアも傍に控えている。
まともにやりあえば、敗北は確実だ。
だが、
「抵抗することに意味はある」
「それが君の正義ってわけだね。相も変わらずくだらない」
シャノンがクイッと指で煽ると、背後に大量の魔物が出現し、スケイルたちに向かって襲い掛かった。
「正義なんざ、誰かを生かして初めて意味を持つってのに」
スケイルが砲撃を放つのが、開戦の合図だった。
スケイルがアインスを自分の傍に寄せ、カルミナが切り込めるように魔物の群れを、ナスタの魔法と共に吹き飛ばす。
「カルミナ、心臓だ!」
「わかった!」
どうやら心臓に寄生する形でダンジョンコアが埋まっているらしい。
カルミナが【身体強化】を発動して、シャノンに一気に迫るものの、
「——?!」
階層全体が大きく振動し、カルミナは本能的に危険を察知して距離を取った。
そして、空間が大きく歪み、歪みが収まった頃には、
「【変異】か?!」
何もない石造りの空間から、草木生い茂る【密林】の環境に、階層全体が変貌を遂げていた。
人を貫いてしまいかねないほどの、太さを持った植物の根がカルミナに襲い掛かる。
間一髪で躱すも、どうやら階層に存在するものは、自由自在に操れるらしい。
「あたしみたいな真似しやがって!」
ミネアが地面を固形化させ、根を床に縛るも、また別な根が現れ、後衛のナスタやミネアを襲った。
ナスタが火炎魔法で薙ぎ払うも、すぐさま次の根が現れる。
「キリがありませんね」
「火力はあんたに任せるわよ。あたしはダンジョンと物質の操作権の奪い合いに専念する」
「わかりました」
ナスタが攻撃に、ミネアはナスタやカルミナが火力を発揮できるようサポートに専念する。
その様子を横目で見て、それでいいと頷いてから、スケイルは「10分だ」とアインスに告げた。
「今のペースでダンジョンが攻撃を続けたとして、ブレイクに必要な量を除き、ダンジョンの魔力が枯渇するまでの時間だね」
「10分経てば、ダンジョンは僕たちの攻略を諦めてダンジョンブレイクすると」
「だろうね。とはいえ、いつダンジョンが気まぐれを起こすかわからない。決着は早いとこつけてくれよ」
スケイルが【消滅魔銃】で援護しながら、アインスに告げる。
5分待たずとも、ダンジョンがダンジョンブレイクをすると察知した場合は、なりふり構わず殺すということだろう。
「ぐっ?!」
ミネアが地形を操作し、カルミナが接近しやすいように援護するが、ダンジョンのコアをピンポイントで破壊しなければならない制約上、強力な攻撃をむやみに放つわけにはいかない。
下限をするカルミナの様子を見て、手加減されていることに気が付いたシャノンが、不愉快そうにカルミナを睨む。
「どういうつもりです? あの悪魔に従うくせして、私を生かすつもりですか?」
「ああ! お前に意地でも、今日のことを後悔させたくてなあ!」
「馬鹿にするな‼ するわけがないでしょう‼」
シャノンの感情が高ぶると同時に、再び階層が大きく振動し、階層全体が大きく歪む。
「私は私が正しいと思って生きてきたから、ここまでのことをやったんだ‼」
感情の爆発に応えるように、シャノンの周囲からマグマが噴き出て、大きな爆発を起こした。
どうやら今度は【火山地帯】のフィールドだ。
「あと5分」
「え?! 1分も経ってないでしょ?!」
突然スケイルのカウントが飛び、アインスが困惑する。
「【変異】には大量の魔力を使うみたいだね。早いとこ決着をつけないと——」
「うわっ?!」
言葉の途中でスケイルがアインスを突き飛ばし、自分の体から離す。
アインスが慌てて振り返ると、スケイルがいた場所に、底が見えないほどの深い落とし穴が出現していた。
しまった。スケイルさんは死なないけど、帰ってくる手段がない。
スケイルは【保護消滅膜】で死ぬことはないが、身体能力は据え置きだ。
奈落の底に落とされてしまえば、簡単に上ってくることはできない。
殺せずとも、スケイルの動きを封印することはできる。空間や環境を自在に操れるダンジョンならではの対策法だ。
「カルミナさんもミネアさんの援護に回って‼」
「わかった‼」
アインスの指示で、一度カルミナが距離を取り、ミネアの声に回る。
「まったく、世話が焼ける‼」
カルミナとナスタに魔物の対応や、シャノンの攻撃からの対応を任せ、ミネアが魔力を地形に流し込み、穴を底から埋めるように地形を変動させようとする。
皆の意識が、ミネアの声に割かれた時だ。
『カルミナ‼ アインス君だ‼』
冒険者証からスケイルの声が響き、反射的にカルミナがアインスに意識を移し替える。
するとシャノンが放った矢がアインスに迫るところで、カルミナはギリギリで、その矢を叩き落す。
「抜け目がないな!」
「ちいっ‼」
周囲の地面から龍のようにうねる溶岩が襲い来るも、ナスタが氷の魔法で溶岩を硬め、再びカルミナが迫るための道を作る。
だが、それに対応するように、今度は大量の溶岩を津波のように溢れさせ、階層全体を飲み込ませるように、カルミナたちに向かって放った。
「あの量は私でも抑えられないわよ‼」
そもそも、今足元から溶岩で攻撃されないのは、ミネアが物質魔法で足元の地形の変動を防いでいるから。加え、スケイルを奈落の底から救出中。
対応できるのはナスタとカルミナしかいない。
「【アンリミテッド・ストライク】‼」
カルミナが全身の魔力を剣に集中させ、溶岩に向かって解き放つ。
階層を埋め尽くしかねない溶岩の波を、真正面から押し返すが、中々シャノンに近づけない。
「どうやってシャノンさんに近づけば……」
ナスタの魔法では威力が強すぎて、シャノンを消し炭にしてしまう。
加減が聞くのはカルミナの攻撃だが、そもそも加減をしていては、【変異】を絡めたダンジョンの攻撃に押し返される。
何か自分もできないか頭を悩ませたアインスの下に、「近づく必要ある?」とスケイルが落とし穴の中から戻ってきた。
「涼しい顔して戻ってくるな‼」
余裕そうに笑みを浮かべて戻ってきたスケイルを、ミネアが忌々し気に怒鳴る。ここまで引き上げたのは誰のおかげだと思っているのやら。
魔物の群れや、環境や罠を利用しての攻撃に対応しながら、シャノンをできる限り傷つけずに攻撃するのは難易度が高い。
「スケイルさん、【消滅魔銃】でピンポイントにコアを打つ抜くことは……」
「できないことはないけど、僕がやっても意味がないだろう。君の意見を尊重してやっただけで、僕自身に彼女を生かす気はないよ」
スケイルがするのはあくまで『協力』。シャノンを殺さず生かすなら、そのケリはあくまで自分でつけろということだ。
「でも、この状況で、近づかずにコアだけを割ることなんて……」
「……そういえば、式典警備の報酬を渡していなかったね」
「え?」
スケイルがアインスに渡したのは、スケイルが持っているものと同じ形の銃。
つまり、2つ目の【消滅魔銃】。
「これやるよ。イメージして魔力を籠めれば、その通りにエネルギーが圧縮されて放たれる。魔力の消費はえぐいけど、一発くらいなら君も撃てるだろ?」
撃ち方を教えるように、アインスが銃を握る両手に手を添え、探知眼を発動させながら、銃口をシャノンへと向けさせる。
「君がやると決めたんだ。この戦いは君の手で幕を下ろすんだ」




