全てを失ったあの日②
故郷が滅びた後、シャノンは暫くの間近くの街道をさまよった後、行きがけの馬車に拾われた。
人の良い老夫婦に連れられ、シャノンは故郷から遠く離れた都市の孤児院に厄介になった。
孤児院で生活しながらも、思い出すのはあの日の事。
ダンジョンブレイクが起きて、何もかも失ったあの日のことだ。
ダンジョンブレイクが起きたということは、両親が中で死んだのだろう。
だが、死ぬような難易度のダンジョンではなかったはずだった。それがわかっていたから、町の皆は両親の計画に賛同したし、自分も大手を振って送り出した。
気がかりなのは、あの念話石の人物だ。
あいつは何か知っていた。皆が知らない、あいつだけが知っている何かを。
親も故郷も失った今、どう生きていけばいいのかは分からない。
だが、あの日のことを何も知らないままでいたくないという動機から、シャノンはある程度の時間を孤児院ですごした後、自分が役職持ちであることを利用し、連盟の冒険者として、傘下のギルドで働けるよう志願した。
両親以上の才があったシャノンは、見る見るうちにランクを上げていき、1年も経つ頃にはSランク冒険者に昇格し、高ランクダンジョンの攻略隊の一員として、働くことも多くなった。
そして、とあるダンジョンの攻略計画ができた時だった。
「……【変異ダンジョン】?」
「ああ。次に攻略する予定のダンジョンだ」
当時、SSランク冒険者になったカルミナに人気のない場所へ呼び出され、初めて聞く単語にシャノンが首を傾げる。
「自らを弱く装い、冒険者を中へおびき寄せた後、突如高ランクのダンジョンに変貌を遂げる厄介なダンジョンだ」
「……?! どういう……ことですか⁈」
その説明を聞き、驚愕するシャノンを見て、カルミナが「おどろくのも無理はない」と落ち着かせようとするが、驚きの原因はその情報そのものじゃない。
「今回攻略予定のダンジョンは、Dランク相当のダンジョンですよね?」
今回の攻略には、カルミナのみならず、当時物質魔導士として最高の評価をものにしていたミネアや、優秀な斥候も同行する予定だった。
低ランクのダンジョンの攻略に、どうしてこんな精鋭たちを集めるのか不思議には思っていたところではあった。
「【変異ダンジョン】は中の環境のみならず、発する魔力量さえ調節し、巧みに自分を弱く見せる。測定器の結果などあてにならん。今回のダンジョンも実質Sランク相当のダンジョンだ。冒険者たちを欺けるよう、進化したダンジョンなんだよ」
「……」
「だから、攻略後も絶対他の冒険者にこのことを漏らすなよ。その冒険者が万一ダンジョンで死んだ場合、ダンジョンがさらに対策を……シャノン?」
突然拳を震わせながら押し黙ったシャノンを見て、カルミナが心配そうに顔を覗いてきた。
「な、なんでもないです」
「そうか。情報秘匿の厳守について、よろしく頼むぞ」
「もちろん。いうわけないじゃないですか」
「だな、お前ならいらん心配だ」
シャノンの素直な返事に気を良くしたカルミナがその場を立ち去った。
一方でシャノンは、愛想のよさそうな笑みをカルミナが去るまで維持した後、行き場のない怒りをぶつけるように壁を殴り、怒りで目を血走らせながら、あの日冒険者たちを指揮していた謎の声の主を恨んだ。
父さん母さんが入ったのは【変異ダンジョン】だったんだ。
だから父さん母さんは死んでしまったし、謎の男は冒険者たちにダンジョンを攻略させようとしなかった。
全てが線と線で繋がった。どうしようもないじゃないか。自分が無知だとも知らない自分たちが、正しい判断を下せるはずがなかったじゃないか。
だからこそ、
だからこそ、あの謎の男がより一層憎くなった。あいつは全てを知っていた。あいつは全てを伝えて皆を助ける選択肢があった。
皆に訳を説明し、情報を秘匿させた上で、皆に待ってもらう選択肢があったんだ。
そして、連盟で暫く働いて気が付いたことがある。
連盟は想像以上に、ダンジョンの攻略に役立つ秘宝や情報を、意図的に外部に隠している。
カルミナが言うように、下手に情報を解禁してしまえば、ダンジョンが進化するリスクもあるのだろう。
だが、それと同時に、連盟だけがダンジョンをクリアするノウハウや、皆が知り得ないダンジョンの生態を知っていて、それが連盟という組織を強大にしているのは事実だった。
今の世界は、全てを連盟がコントロールして回っている。国家間のパワーバランス。人々に与えられる知識や財産。全てが連盟のもたらす倫理観や基準の上に築き上げられてしまっているのだ。
父さんが、母さんが、町の皆が死んだのは、
あの謎の男が、ひいては連盟の党首が皆を救う選択をしなかったから。
誰だ。人を見殺しにして、着々と私腹を肥やし続ける悪魔は。
誰だ。世界を救うふりをして、全てを自分の手駒にしている悪魔は。
姿も顔も知れない存在に、憎悪の炎を燃え上がらせたとき、「よお銭ゲバ魔導士! 元気かい?!」と軽薄な声が聞こえてきた。
「誰が銭ゲバ魔導士じゃ‼ 絡むなクズ‼」
「辛らつだねぇ。僕が仕事の合間を縫って、様子を見に来てやっているのに」
「じゃあ一生あのバカでかい城で引きこもってなさいよ。伝説の冒険者がこんなところに何の用?」
……は? え? 伝説の冒険者……?
この世でその称号を名乗ることが許されているのは、現連盟の党首である、謎の人物【スケイル】のみ。
そして、この男の声。癇に障るような、人を馬鹿にしたこの声は——
忘れることはない。
あの日、全てを指揮していた、謎の男と同じもの。
あいつが、スケイル。
あいつが、探し続けた男。
あいつが、
町の皆の仇。
長年探し続けた宿敵を見つけ、心臓の鼓動が加速するも、はやる気持ちを何とか抑え、シャノンは物陰から、党首と思われる人物の様子を伺った。
「何度も言ってるが、少しの間僕の部下になってくれよ。ダンジョン攻略のノウハウを教えたいんだ」
「前に言っていた後進育成って奴? カルミナって女の次はあたし? 無理無理。あんたの部下とか絶対無理。それに、いくら優秀な冒険者を育てたって、【変異ダンジョン】の安定した攻略には、優秀な【斥候】が必要なんでしょ。そっちの育成を急ぎなさいよ」
「僕の御眼鏡に叶う人物がいないから、仕方なく他の役職の人間を育成してんだよ」
なんだあいつ。父さんたちには一切話そうとしなかった変異ダンジョンの情報を、自分が贔屓にする冒険者には、ベラベラと話すのか。
怒りが募る一方で、部下を探しているというのは良いことを聞いた。
部下を志願して接近すれば、復讐の機会が訪れるかもしれない。
あいつは優秀な冒険者を探している。連盟の中で成果を上げていけば、近づくチャンスはあるはずだ。
そうしてシャノンは高難度ダンジョンの攻略に、これまで以上に励み、連盟傘下のギルドで数多くの成果を上げた。
スケイルの傍には、ナスタという冒険者がおり、基本的には彼女がスケイル専用の窓口のような役割を果たしている。
上げた成果を土産に、スケイルの部下として雇ってもらえるよう交渉し、上手くその傍へ入り込むことができた。
だが、その後は思うように事は運ばなかった。
伝説の冒険者と呼ばれるだけのことはあって、スケイルは全く隙を見せないし、自分の能力すら明かそうとしない。
基本的には雑用として使いまわされ、普通の冒険者がクリアできない高難度ダンジョンを、スケイル自身が攻略に向かえば、側に仕えるナスタと違い、自分はゲートの番を任される日々が続いた。
かろうじて分かったのは、スケイルが【斥候】ということだけ。
それも、普通の斥候とは違う、何か特別な力を持った。
「クソ……今すぐにでも殺してやりたいのに」
ただの斥候なら今すぐにでも殺せるのに、能力が謎ではうかつに手が出せない。
復讐の糸口を掴めず、スケイルが潜っている門番の最中、苛立って舌打ちをした時だ。
「何だ君、スケイルのこと憎んでいるのか」
不意に話かけられ、シャノンは身を硬直させた。
まずい、今の独り言聞かれた。
せっかく部下として近づけたのに、胸の内を知られてしまっては水の泡だ。
警戒体制をとるシャノンに、「安心しろ、僕も同じだよ」と黒いローブを被った黒髪の青年が不気味に笑う。
胸に輝く金水晶の冒険者証。カルミナやナスタと同じ、SSランク冒険者の一人。
「僕はファルアズム。あいつを殺したい人間の一人だよ。よかったら互いの目的のために、協力関係を組まないか?」
胡散臭い男に、胡散臭い話。
信用はできないものの、それに縋るしか選択肢はなさそうだ。
そうして二人は同盟を組み、連盟記念式典の日に、スケイル殺害——および連盟崩壊の計画を実行し、今に至る。
「攻略しに来たぜ。このダンジョン」
この悪魔を殺すことのできなかった、今に。




