全てを失ったあの日①
スケイルたちが乗り込んでくる少し前、体内のダンジョンコアを通して、スケイルたちの接近を把握していたシャノンは、両親がダンジョンに乗り込む前の日のことを思い出した。
——あれは、連盟の冒険者が派遣されて、数日経ったある日のことだ。
「防衛ラインを下げる?! 何を言っているんだ?!」
連盟から派遣された冒険者たちが告げた内容に、父が声を荒げたのは今でも鮮明に思い出せる。
「皆で苦労して築き上げた畑があるのよ?! それを魔物に明け渡せって言うの?!」
納得できないと憤る父に、母も便乗する形で食ってかかった。村の皆も追随するように、派遣された冒険者たちを責め立てる。
町の郊外にダンジョンが発生して以来、そこから溢れ出る魔物が、町の周辺を荒らし、周辺の住民たちを襲うようになった。
今は引退しているものの、かつて冒険者だった両親が中心となり、魔物を何とか退けていたものの、日に日に増えていく魔物のせいで、町を守るのも限界になっていた時、連盟から冒険者たちが派遣された。
到着次第、測定器を用いてダンジョンのランクを測り、結果はCランク相当のダンジョンだと判明する。
派遣された冒険者は、Aランクの【戦士】が1人。Bランクの【魔導士】が2人と、【斥候】が1人の計4名。
いずれもダンジョンランクよりも高い冒険者ランクの者たちだ。早速攻略隊を組み、魔物の発生源であるダンジョンに挑むのかと思った。
だが、いつまで経っても冒険者たちはダンジョン攻略には取り掛からず、魔物から町を守る手助けをするばかりだった。
何故攻略しないのか。理由を聞いても彼らは答えようとしなかった。
どうやらこの件を指揮している人物から、攻略することは止められているらしい。彼らも詳しいことは分からない様子だ。
だが、ダンジョンを放置したせいで魔物の被害は増えていき、町の離れに広がる畑を手放すよう進言されて今に至る。
「村の皆さんを守るためです。気持ちは分かりますが、どうかご協力いただければ——」
「だったらダンジョンを攻略すればいいでしょ? これだけ優秀な冒険者が揃って、いつまでこんなところで待機しているのよ!」
母の苛立った声に、冒険者たちも困った様子だ。両親が苛立つ様子を、幼いシャノンも村の皆に混じって後ろから見ていた。
村の皆で冒険者たちに詰め寄る中、彼らが持っていた念話石から、『勝手なこと言うなよ』と呆れた声が響き渡る。
声を出す石に村の皆は驚いたが、冒険者をやっていた両親は、それを念話石だとすぐに理解した。
父が冒険者から念話石を奪い、語り掛ける。
「あんたは誰だ」
『この件の責任者だ。彼らを責めないでやってくれよ。彼らは僕の指示通り動いているだけで、ホントに事情は知らないんだから』
呆れたような、人を小馬鹿にするような、なんだか癪に障る声が念話石から響いてくる。
村の皆の生活が脅かされる一方で、毅然とした態度の声の主に怒りながらも、シャノンの父が、声を落ち着かせながら、念話石に魔力を籠める。
「だったら話が早い。攻略隊を編成し、直ちにダンジョン攻略の準備をさせてくれ。ここにいるランクの冒険者たちならできるだろう。それに私と妻も元Bランク相当の冒険者だ。人員が足りないなら、私たちも協力する」
『……』
「ダンジョンのランクはCランク。ここにいるメンバーなら余裕で攻略できる」
『……ダンジョン内の環境予想も立てていないのに、余裕?』
「私の経験上、Cランク以下のダンジョンは人間にとって過ごしにくい環境が広がっているわけでもないし、強い魔物がいるわけでもない。攻略計画なんか立てずとも、優秀な冒険者たちがいれば攻略できる。村を襲う魔物が増え続けている。これ以上ダンジョンを放置しているわけにはいかない」
『自分より低いランクのダンジョンだから、対策なんか立てなくても良いと』
「これだけ高ランクの冒険者がいるなら、可能でしょう」
『君、元冒険者ってことは、今は引退している身だよね?』
「? ……ええ、そうですが」
突然質問を投げられ、父が困惑しながらも返すと、『よかった』と心底呆れた声が、念話石から聞こえてきた。
『君みたいな馬鹿が現役じゃなくて助かった。ダンジョンはこのまま様子見だ。派遣した冒険者たちに従い、人的被害を最小限に抑えるよう、頑張ってくれたまえ』
「……はあ?!」
馬鹿にされた挙句、攻略要請を跳ねのけられ、父の声が一段と荒くなった。
「なぜあのダンジョンを放置する?! 納得できるよう説明しろ‼」
『説明できないから説明しないんだよ。君たちが納得できるかどうかなんて関係ないよ。助かりたければ僕の言うことを聞けよ。引退した冒険者風情が、現在進行形でダンジョンから世界を守っている連盟に、浅い経験則を持ち出してくるんじゃあねえよ』
念話石の声の主も苛立った様子なのが伝わってきた。声の主がどんな人物かは知らないが、その声が含むオーラに、村の皆が気圧されたように息をのんだのは印象的だった。
唯一怯まなかったのは、シャノンの両親だけだった。
「測定器で結果も出ているのに、何をためらうことがあるんですか⁈」
『測定器で分かるのは、ダンジョンが発する魔力の強さ。その強さが難易度判別に大きく影響するのは言わずもがなだが、それ以上に、ダンジョンは【思考する生き物】だという大前提を疎かにしてもらっては困る』
「それぐらいわかって——」
『わかってないね。わかっているならランクが低いからって、なめてかかっても大丈夫だなんて思わない。思考を放棄した時点で、思考する生き物に足元すくわれる。馬鹿の思考で物事をはかるなよ』
淡々としながらも、強い語気で正論を突き付けられ、初めてシャノンの両親が怯んだ。
しかし、と言葉を濁し、何も返せなかった両親に、念話石の主が小さく息を吐いた。
『いいか。時間はかかるが必ず助けてやる。だから黙って連盟の言うことを聞け。畑はまた作れるが、人の命はそうはいかない。優先すべきはどちらか、君たちみたいな馬鹿でもわかるだろ』
畑か、町の皆の命か。
どちらかを選べと言われれば、答えなんか決まってる。
一気に静かになった空気を、町の住民の了承の意でとらえた念話石の主が、『やれやれ』と呆れた声を出した。
『こっちも忙しいんだ。じゃあ、そっちのことは任せるぜ』
「はい」
冒険者が返事をすると、念話石は輝きを失い、何も言わなくなった。
その後、連盟の冒険者が今後について説明し、町の皆が苦労して築き上げた畑は、放棄することになった。
そして最悪の場合、町を捨ててどこかへ避難する選択肢も示されて、皆の空気が一気に重くなる。
畑も、町も。何も無いところに、皆で1から立ち上げて作ったもの。
立派なものではないのかもしれないが、愛着のあるそれらを捨てる選択肢を突きつけられ、皆の表情は目に見えて沈んだ。
幼いシャノンも、生まれ育った町を離れるのは胸が張り裂ける思いだった。
町の者たちが悲しそうに就寝する中、シャノンの両親たちは、布団の中で何やら話し込んでいる様子だった。
「どちらかを選べばの話だろう。どちらも取る選択肢もある」
「ええ。町も皆も見捨てない」
すると両親は、ダンジョン攻略の為の身支度をはじめ、冒険者たちに気付かれぬよう、ダンジョン攻略の計画を企て始めた。
町の皆にも協力してもらい、攻略の為に物資を集める。所詮低ランクのダンジョンで、挑むのは引退したとはいえ、元連盟に所属していた、そこそこ優秀な冒険者だ。
そして、町は自分たちで守るという郷土愛が、彼らの判断を狂わせた。
「じゃあ、お留守番頼んだよ。シャノン」
「ダンジョンの秘宝、お土産に持ってきてあげるからね」
そう言って町の皆を救うべく、ダンジョンに乗り出す両親の姿は、幼いシャノンからも、町の皆からも、町を救うべくダンジョンに挑む英雄——冒険者の鏡に見えた。
町の住民がゲートを見張る冒険者たちの気を引いている間に、その目を盗んでゲートの中に潜り込む。
両親の出発を見届けて、幼いシャノンも安心して両親の帰りを待った。
あの念話石の声の主がどんな人間かは知らないが、所詮は町の事情も知らない余所者の言葉。それに、町の皆や両親を見下すあの態度。シャノンにとって、どちらが信じるべきものかは一目瞭然だった。
測定器の結果もある。それを踏まえて、元冒険者である両親が「大丈夫」と判断したのだ。その判断は間違っていない。
両親がダンジョンに潜ってから、ゲートの外に魔物が出てこなくなった。
きっと中で、町を襲わないようにいっぱい魔物を倒してくれていると思うと安心した。
そんな風に、両親の帰りを待って、1日過ぎた日の事だった。
「——?!」
突如として世界を揺らすような大きな揺れと轟音が起こり、シャノンはベッドの上から転げ落ちた。
音の発生源にはダンジョンがあった。
父さん、母さんに何があったか。
慌てて窓の外を見ると、ダンジョンがあったと思われる地点から、禍々しい魔力を纏った種子が、黒い尾を引いて世界各地に散らばっていく光景が映し出されていた。
何が起こっているのかわからず、呆然とその様子を見守っていた時だ。
「ダンジョンブレイクだ‼ スタンピードが来るぞ‼」
連盟の冒険者たちが、必死に呼びかけ、避難を促した。
その後町の住民で非難するも、結果間に合わず、大量の魔物たちに殺され、シャノンを残し、町の住民たちは命を落とす。連盟の冒険者たちも同様に死んだ。
奇跡的に生還したシャノンが死体の山から這い出るように目を覚ませば、そこには荒れ果て、瓦礫の山と化した、故郷の姿が残るばかりだった。




