生かして絶対に後悔させる
「そうして、彼女らの手の内を見事に読み切った僕が、こうしてアンデッドとなって生き返ったってわけよ」
スケイルが自賛交じりにこれまでの経緯を話し終えると、「なるほど……」とミネアが唸った。
「今のあんたに聖水ぶっかけりゃ死ぬわけね」
「なんでそこをピックアップすんだよ。意地でも死なんからな」
「元々寿命で死なない体ではあったわけだが、アンデッドとなると、どうなるんだ?」
「アンデッドは魔力で生きる生命体。そして元となった死体の能力を受け継ぐ以上、魔力を自分で生成できる僕の特異体質も健在だ。つまり——」
スケイルがニタニタ笑いながら、自分に親指を突き立てた。
「完全な不老不死ってわけ」
自慢げに語るスケイルに、カルミナたちは愕然と口を開けるばかりだった。
元々死んでも死なん男だとは思っていたが、不老不死になって蘇るとは誰が想像していただろう。
「僕の体質を再現するのに時間がかかったせいで、意識を取り戻すまでに時間を要した。そしたら君たちがピンチになってやがるから、流石の僕も焦ったよ」
ダンジョン突入から1日間を開けてから連絡を寄越したのはその為か。
「そういえば、シャノンとはもう会ったの?」
「ああ。彼女の絶望した顔は傑作だった」
「あの子……ダンジョンの構造や罠の位置を把握しているみたいだった。何故かわかる?」
「……元々ここは研究施設で管理していたダンジョンの一つだから、構造を知っているのは当然だろう。まあ、可能性があるとすれば」
ミネアの問いに、スケイルが顎に手を当ながら考える素振りをする。
「もう彼女は、ダンジョンの一部になってしまったのだろう」
「……どういうことだ?」
「探知をしたとき、彼女の中にダンジョンコアの反応があったんだ。ダンジョンコアを飲み込んだに違いない」
「「コアを飲み込んだ?!」」
カルミナとミネアが驚きの声を上げる。
「ダンジョンの研究で分かったことだがね。ダンジョンのコアを飲み込むと、ダンジョンが飲み込んだ人間の知識を吸収する代わりに、ダンジョンの情報を人間が得られるようになる例が発見されている。もちろん、ダンジョンにとって都合が悪くなれば、体ごと爆発四散して殺される」
「……どういうことだ? シャノンは死のうとしたってことか?」
「ああ。ここから先は仮説だが、シャノンは自分の体を利用して、究極のダンジョンを作ろうとした。シャノンは全ダンジョンの天敵である僕を殺そうとしていたし、Sランク冒険者としての知識や経験もある。シャノンを計画決行日まで生かすことは、ダンジョンにとって利があった。」
「共生関係にあるということか?」
「そうだね。だから、僕を殺した後に、このダンジョンを呼び出すことによって、自分が用済みと判断されることを期待して、ダンジョンブレイクを起こす判断だったんだろう。このダンジョンをダンジョンブレイクさせるわけにはいかない。もしもこのダンジョンの種子がばら撒かれてしまうとすると……」
「あ……」
最悪の未来を想像したミネアから、思わず乾いた声が漏れた。
「【変異ダンジョン】の情報を持ったダンジョンの種子が、世界中にばらまかれることになる……!」
「正解。そうなれば世界中に、今より高難度のダンジョンが乱立することになり、そこから溢れた魔物たちが世界中の人々を苦しめて回るだろう」
「……シャノンのやつ」
スケイルが憎いのは分かったが、どうしてここまでする必要があるんだ。
かつての同胞のことに困惑し、頭を抱えるカルミナに「理解しようとしなくていいよ」とスケイルが笑った。
「僕たちの理解が及ばない思考で、世の中をかき乱す奴がいる。あいつもその一人だったってわけさ」
「……それはそうだが」
カルミナが歯切れの悪い返事をするも、スケイルもこれ以上彼女のことについて考えるつもりはないようだ。
「でも、シャノンの知識も得て、あんたも死んだときには、このダンジョンにとって、シャノンは用済みになったんでしょ?」
「ああ。恐らくは」
「だったらなんでダンジョンブレイクしないのよ。とりあえず爆発四散しとけば、ひとまずの子孫は残せるのに」
ミネアの疑問に「確かに」とカルミナも首を傾げた。
主として繫栄するために、ある程度ダンジョンとして育った時点で、遠くに種子を撒こうとするのは間違ってない。
シャノンはSランク冒険者。そしてその知識や経験をダンジョンが会得している場合、情報収集はひとまず十分とダンジョンが思っているなら、ダンジョンブレイクを起こして、各地に種子を残すはずなのだ。
単純にブレイクを起こすだけの魔力が足りないのか。それとも、
「このダンジョンも強欲だね」
「え?」
他の可能性を模索していた時、スケイルが呆れたように呟いた。
「取り敢えずブレイクしておけばいいものを。ここにきて更なる餌を欲するとは」
「……どういうことだ?」
「分からないのかい? ダンジョンブレイクしないのは、もっといい餌が来る可能性を、ダンジョンが察知しているからさ」
カルミナが少しの思考の後、「……まさか」と眉をしかめて唸る。
「そう。君たちだ。シャノンはアインス君の探知眼を警戒していた。だからダンジョンブレイクを早く起こす算段だったんだろうけど。逆にその焦りをダンジョンに読み取られ、魔力が溜まっているのにも関わらずブレイクを渋られた。ブレイクを遅らせて待っていれば、良質な餌が中に入ってくるかもしれないと期待してね」
「私たちがダンジョンに誘われたというのか?」
「ああ。シャノンもそれは想定外だったんだろう。ダンジョンの思考が読み取れなかった彼女は、僕の死体をダンジョンに放り込むという選択に気が付かなかった。僕の肉体を食わせれば、世界一の冒険者の知識と経験を手に入れた究極のダンジョンが、世界中に散らばるところだったね。彼女がアホで助かった」
結果論だが、自分の知らないところで相当危ない橋を渡っていたことに気が付き、スケイル以外の皆が呆れた表情になった。
そんな表情を見て、スケイルがケラケラと笑い声をあげる。
「というわけで、世界を救うべく僕らのやるべきことは、彼女の体内のコアを破壊し、ダンジョンブレイクを阻止することだ」
「それって……シャノンごと殺すってこと?」
「ああ。別にいいだろう。ここまでのことをやらかしたんだ。彼女も死ぬべき罪人さ」
テロの計画。そして実行。そしてスケイルの殺害と、ダンジョンブレイクによる世界の混沌化を企んでいること。彼女の罪を上げてしまえば、枚挙にいとまがない。
死罪と言われれば否定することはできない。
気乗りはしないが、仕方がないと、カルミナたちが納得しようとした時だった。
「……ダメだ。殺さない」
「……は?」
「コアだけ壊す。シャノンさんは生かします」
「おいおい、君は何も言いだすんだ」
突然、力強い声と共に顔を上げ、反論しだしたアインスに、スケイルも困った様子だ。
「あれだけのことをやって、生かしておけるわけないだろう」
「僕たちが頑張ったおかげで、彼女の計画で犠牲者は出ていません。それにダンジョンブレイクの計画は未遂に終わっている。解釈によっては死罪は免れるかもしれない」
「犠牲者ゼロって……僕殺されているんだけど?」
「今まさにピンピンしていて何言ってるんですか。ノーカンです」
「ええ……」
蘇ったとはいえ、自分の死をノーカン扱いされ、スケイルも目に見えて凹んだ様子だった。
ショックを受けて顔を引きつらせたスケイルをよそに、ナスタがアインスに訊ねる。
「あなたはシャノンを助けるつもりなのですか?」
「助けるなんて一言も言ってません」
「……?」
首を傾げるナスタをよそに、アインスは語気に怒りを滲ませながら続けた。
「連盟の皆を巻き込んだこと。皆をこんな目に会わせたこと。そして、リードの事も絶対に許さない。皆がそろった今、殺すだけなら簡単でしょう。でも、そもそも彼女は自分の死を計画の内に入れている。そんな人間を殺したとして、それが罰になるとは思わない」
怒りで拳を震わせるアインスに、怪訝そうな顔でスケイルが語り掛ける。
「生きて反省させるってこと? 僕は、彼女が反省するとは思わないぜ?」
「……僕もそう思います」
「だったら」
「だけど」
アインスの芯の通った言葉に、スケイルが反射的に言葉を引っ込めた。
「死んで逃げるなんて許さない。生かして絶対に後悔させます。その為に彼女は絶対に死なせない」
今まで見せたことの無いアインスの気迫に、気圧されたように全員押し黙った。
「いいですか?」とアインスが了承を得るように尋ねると、カルミナとミネアは互いに目を合わせてから頷いた。
スケイルは少しの間不機嫌そうに頭を掻いた後、「……君がそこまで言うなら」と渋々了承する。
ナスタは「党首様の仰せのままに」と、スケイルがそうするならば、といった体だ。
全員の承諾を得られたことにより、「ありがとうございます」とアインスが頭を下げた。
「このメンバーで、攻略できないダンジョンなんかない」
アインスが手を前に差し出すと、察したカルミナとミネアが、その上に自分の手のひらを乗せる。
それを見てスケイルも「しょうがないね」と笑った後、その手の上に、自分の手のひらを重ねた。ナスタもそれに続いて手を重ねる。
「攻略してやりましょう。こんなダンジョン」
全員で意気込みを合わせた後、食事や出発の準備を整えた後、アインスとスケイルを先頭に、ダンジョンの奥地へと歩き出した。
二つの神の眼が見通す先に、きっとシャノンがいるはずだ。
吹雪で視界の悪い中、探知眼の輝きが皆の行く末を照らしている。
大きさの違う二人の斥候の背中の後に続く形で、5人は最後の戦いの地へ赴いていくのだった。




