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善く生きた証

 

 アインスと合流する前、カルミナたちはまだ、アインスとはぐれた階層の中をさまよっていた。

 灼熱の溶岩が流れる、火山地帯のエリアだ。


 2人とも大きく疲弊した様子で、肩で息をしながら階層内を歩いている。

 アインスがいない影響で、2人の足取りは遅く、剣や杖で、目の前の地面を調べながら、少しずつ歩いている状況だ。


 加え、魔物の警戒もしなければならない。火山地帯ということもあり、溶岩や硫黄の匂いでカルミナの鼻も効きにくい。どこが安全地帯かもわからず、常に気を張っていなければならない状況下。

 さすがの二人も全ての罠や魔物の位置を見破れるわけではない。ポーションで傷は塞がっているものの、2人の装備には、魔物の襲撃や罠を踏んだ際に出来たと思われる、血の跡が幾つもついていた。


「ミネア! 危ない!」


 ミネアが罠を踏んだ瞬間、足元の地面が隆起し始める。

 カルミナが間一髪、ミネアの体を引いて助けると、ミネアがいた足元の地面から溶岩が噴出し始めた。


「……‼」

「大丈夫か」

「……ありがと」

「……あそこの岩場で少し休もう。お互い疲労しすぎた」


 ミネアの返事が弱弱しく、肩で大きく息をしていることから、カルミナが休憩を提案する。

 だが、ミネアは何も言わずに押し黙ったままだった。


「……何時間経った?」


 アインスとはぐれてからの時間だ。

 ミネアの問いに、カルミナの顔にも焦りが現れる。抑えていたものが溢れ出た形だ。


「……もうすぐ、一日が経過する」


 カルミナの返答に、ミネアが力が抜けたようにその場で膝を折り、体を震わせて泣き始める。


「……うう、う……うあああ……!」

「落ち着け……! アインスのことだ。あいつなら上手く生き延びているはずだ」

「アインス君も心配だけど……!」


 ミネアが嗚咽で声を濁らせながら続けた。


「それ以上に……私たちの方が……!」


 アインスと共に攻略した前の階層の突破が、2時間。

 そして、今の階層を二人は1日もかけて攻略できていない。

 アインスは我が身一つで【変異ダンジョン】から生還した実績がある。


 それと比べ、自分たちはどうか。


 アインスを失った瞬間、自分たちの安全の確保すらままならない。

 ダンジョンに対して、自分たちはあまりに無力だ。


「今進んでいる先にゴールがあるかも分からない……!」


 安全地帯の確保もままならず、魔物や罠に怯え、足取りを遅らせている中、熱で体力はしっかりと奪われていく。

 アインスがいないと自分の安全の確保すらままならない無力感。ゴールの分からない、予測も立てられない場所を歩かされる不安感。そして、シャノンがアインスを狙っている以上、こんなところでもたついている場合ではないという焦燥感が一気に押し寄せてきて、ミネアはボロボロと大粒の涙を流し始めた。


 そんなミネアに、カルミナも返す言葉が無かった。

 どんな励ましの言葉も、現状が改善しない、先行きも見えない今ではただただ薄っぺらい。


「お願いだ……泣くな……、今泣かれると……」


 自分まで折れてしまう。


 カルミナがミネアの体を強くゆするも,ミネアの涙が止まることはない。


 希望が枯れていくように、カルミナの目に涙が滲み始めた時だった。






『——おい‼ 2人揃って、何もたもたしてやがる‼』


 カルミナの首元の冒険者証から、突然怒鳴り声が響き渡り、2人は目を剥いて冒険者証を見つめた。


 SSランク冒険者の冒険者証は、スケイル直通の特殊な念話石。

 そして、響き渡る、何度も聞いた憎たらしいが頼りになる党首の声。


「……スケイル?」


 馬鹿な、確かに死んだはずだ。死体も確認した。

 カルミナたちが困惑して言葉を失う中、再び念話石からスケイルの声が響き渡った。


『いいから僕の指示通り動け‼ アインス君が死ぬぞ‼』


 珍しく取り乱した声で怒鳴りつけられ、カルミナたちは尻を叩かれるように跳ね起き、スケイルの指示に従ってダンジョン内を駆け抜け始めた。


 ゲートの位置がわかるのか。カルミナの【身体強化】も合わせて、凡そ10階層を1時間と少しの速さで駆け抜け、アインスが倒れていた階層へと到達する。




「邪魔だあああああああああああああああ‼」


 アインスへと続く道の前に立ちはだかったランドイーターを切り伏せ、吹雪に打たれながら、2人はアインスが倒れる大岩の傍までやってきた。


 アインスの体が少し隠れる形で出来た小さな横穴に、死んだように倒れていた。

 だが、まだ小さく心臓が脈打っていて、ミネアが大急ぎで岩を変形しシェルターを作り、カルミナが、スケイルのマジックバッグに入っていた万能回復薬(エリクサー)をゆっくり流し込み、アインス救出に至ったわけだ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そして、アインス救出後。

 シェルターの中で火をおこし、ゆっくりと暖を取りながら、ミネアがスープを用意する。

 回復したばかりのアインスでも飲めるよう、具材を細かく切り、煮詰めて柔らかくしたスープ。


「……アインス君。少しでいいから食べてよ。食べなきゃ体に毒だよ?」

「……」


 ミネアが器に盛って差し出すも、アインスは膝を抱えたまま座り込んで、受け取ろうとしない。

 カルミナもアインスを説得しようとするが、自暴自棄になったように手を振り払って、顔も合わせず、膝の中に顔を埋めて座り込んだままだ。


「よお皆ぁ‼ 元気そうでなによ——」


 そんな中に、探知眼を発動させながらスケイルとナスタが意気揚々に乗り込んでくるも、


「……何があった?」


 すぐさま現場の空気を察し、真剣な表情になってカルミナに訊ねる。


「わからない。ただ、誰かと一緒に行動していて、そいつが死んだことしか……」

「……皆。少しの間、アインス君と二人にしてくれ」

「あんたと二人になって、何ができるのよ」


 ミネアが怪訝そうに眉をしかめるが、スケイルは「頼む」と頭を下げる。

 らしくない態度が返って皆を驚かせた。


 そして、シェルターを改造し、スケイルたちを完全に部屋を分けてから、「アインス君」とスケイルがアインスの傍へ腰を下ろした。


「話せるかい。全部」


 温かみの籠った声に、アインスはゆっくりと顔を上げて、今まであったことを話し始めた。

 ブラックギルドで働いていた時の事。

 そのギルドリーダーとダンジョン内で再開したこと。

 初めは襲われて見捨てたこと。

 その後協力関係になって、二人でダンジョンを攻略したこと。


 一度はリードを見捨てて逃げようとしたこと。


 そして、見捨てようとした人間に命を救われ、今生きているということ。


 カルミナたちにも話そうと思わなかったことが、何故かわからないがするするとアインスの口から漏れ出してきた。

 何故だか分からないが、スケイルには話せてしまった。


「そうか」


 全てを聞き終えたスケイルが、小さく息を吐いてから、「それは辛かったね」と独り言のように呟いた。


「酷い奴だと思ってたんです。自分のことしか考えない、僕を虐める酷い奴だって。そう思ってた。……でも、ほんの少し一緒にいただけでも、そうじゃなかったって思えるようになって」


 アインスが濁った声で、鼻水をすすりながら続ける。


「結局、僕の決めつけだったんだと思うと、申し訳なくなって。でも、いざ自分が命の危機にさらされたとき、僕はリードを見捨てようとした。……なのに、リードは僕を助けてくれたんです。自分の命を使って……」


 話しているうちに冷静になったせいで、自分の感情が鮮明になったおかげか、再びアインスの目から大粒の涙がこぼれ始めた。


「僕がもう少し強かったら……いや、もっと前から、リードとの向き合い方を変えていれば、こんなことにはならなかったって思うと、自分のことが醜く見えて……! リードは僕を助けてくれたのに……自分に都合の言い訳して、我が身可愛さに見捨てようとした自分が生かされて……」


 少し間を置いてから、アインスは喉の奥につっかえていた言葉を吐きだした。


「僕は今、生きてて申し訳ない……‼」


 救えなかった無力感から。

 人の両親を信じ切れなかった自分への嫌悪感から。


 堰を切ったようにまた泣き出すアインスに、小さく息をついてから、スケイルは語りだす。


「……彼を指名手配したのは僕だ」


 どこか申し訳なさそうな声色で、スケイルは続ける。


「昇格試験の際に起きた出来事を調査したとき、ギルドで彼がどんな振る舞いをしていたか聞いた。自己中心的な人間だと思った。自分の為に理由をつけて、他人を貶めるろくでもない人間だと思った。被害の規模が大きかったのもあるが、死刑にすると決めたのはそれが原因だ。実際彼は、とある研究所で死刑囚を殺す実験の手伝いをしていた。嫌々ながら働いていたが、生き残るために他人を犠牲に出来る人間だと、改めて思った」


 まあ、そんな実験を僕も後押ししていたが、とスケイルは観念するように付け加えた。


「だから……君の話を聞いて驚いた。でも彼に最初から、人を助ける良心があったわけじゃないように思う。君に出会って、大切にされて。君の人を思う心が、彼の良心を——尊厳を育んだ。だから、彼は最後に君を助けたんじゃないのかい」

「でも、僕はリードを見捨てようと——」

「迷った挙句、見捨てなかったんだろ。君は」


 アインスが自分を傷つけるための言葉を、スケイルが先回りして潰す。


「死を目前に、自分の命が惜しくなるのは、君が自分を大切に人生を謳歌している証拠さ。そして——」


 スケイルはアインスから顔を逸らしながらも、自分を見上げてくるアインスの頭に、優しく手を置いた。


「君が今生きているのは、君が善人だった証明でもある」


 スケイルの言葉に、アインスは、その言葉をかみしめるように、「善人……?」と呟いた。


「ああ。きっと君はこの先の人生で、今日の日のことを後悔しないことはない。いつまでも傷として胸を痛めつけてくるだろうが、それは傷であると同時に、誇りにもなる。だから、人に助けられて生きることを、申し訳ないとか、恥ずかしいとか思うんじゃあない。俯くな。胸を張れ。君が最期に助けてもらえたのは……」


 その時、初めてスケイルはアインスの顔を真正面から見つめ、わなわなと震えるアインスの瞳に、力強い眼差しで返しながら、頷いた。


「君が善く生きた証だろう」


 笑みが剥がれ、真っすぐと真剣な表情で自分を見つめるスケイルに、アインスはしがみつき、その胸の中で再び泣き始めた。


「うう……ううう……!」


 今度は泣く度に、体が熱を取り戻すように胸が熱くなった。生きることを放棄しようとした体に、生きる意志が再び宿り始めた。

 胸の中で涙を擦り付けてくるアインスを、スケイルは撫でることはせず、突き放そうともせず、ただただその存在を受け入れるように、何もせずに見守った。


 泣いて、泣いて、

 ひとしきり泣き終えたアインスは、真っ赤になった顔でカルミナたちの下へ戻った。


 アインスがスープが飲みたいというと、2人とも顔に涙を浮かべながらアインスを力強く抱きしめた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「スケイル……」


 そして、アインスがスープを飲んでいるときに、カルミナがスケイルの下へ寄り、頭を下げる。


「ありがとう。お前がいなければ、アインスも……私たちも終わっていた」


 素直に礼を言われることになれていないせいか。スケイルは気恥ずかしそうに「ふん」と鼻を鳴らしてから、カルミナたちが作ったスープを口にする。


「当然だろう。僕は冒険者として、党首としては最高の人間だぜ」

「……そうだな」


 つっけんどんなスケイルの態度に、カルミナもおかしそうに笑ってからスープを口にした。


「そういえばあんた、その風貌、どうしたの?」

「今更かい」

「だってあんたのこと気にする余裕なかったし……ていうかなんで生きてるのよ。そこの所含めて説明しないさいよ」

「しょうがないなあ。じゃあ復活までの経緯を含めて、君たちに僕とファルアズム、そしてシャノンの間に何があったのか、説明してやろうじゃあないか」


 そしてスケイルは皆と火を囲みながら、これまで起こった出来事を、いつもの軽い口調でペラペラと語りだした。


 極寒の吹雪の中に出来たシェルターの中は、暖かな火の光と、スケイルの楽しそうな声で包まれたのだった。



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