悪魔は蘇る
「ナスタ。近々僕は殺されるかもしれない」
式典を近日中に控えたとある日のこと。スケイルにお茶を淹れた時に、スケイルが独り言のように語り掛けた。
「……ご冗談を。あなたを殺せる者などいるはずがないでしょう」
「ああ。僕もそう思う」
内容に対し、どこかスケイルの語り口に余裕が感じられたため、冗談だと思ったナスタは鼻で笑った。
だが、スケイルは不遜な笑みを浮かべながらも、真っすぐな目でナスタを見つめたまま、ティーカップに手を付けようとしなかった。
「……本当ですか?」
「ファルアズムが僕に内緒で何かやってるっぽいからね。それにシャノンの動きも怪しい。シャノンの動機は知らんが、ファルアズムは僕のことを疎ましく思っているのは知っている。邪魔な僕を消すつもりなのかもしれないね」
「2人が手を組んだとて、あの秘宝を持つ、あなたを殺せるとは思いませんが」
ナスタが話を聞き始めると、スケイルは話の合間にお茶を飲み始めた。
紅茶の味と香りを楽しむスケイルに対し、ナスタの顔は深刻だ。
「僕を殺すには【保護消滅膜】の突破が絶対だ。僕が識別できない物量で攻めるとか、僕の魔力切れを狙うとか、一見すると突破方はないわけではないけど、それができると考えるほどファルアズムも馬鹿じゃないだろう。彼とは一回だけ一緒のダンジョンに潜ってるし、僕の力の一部も見せているしね」
「だとすれば?」
「何らかの秘宝の力で、【保護消滅膜】を突破する、あるいは発動できない状況を作り出すんじゃないかな。たとえば、魔力の変換が行えない空間を作り出すとかさ。そもそも【保護消滅膜】も【消滅魔銃】もダンジョンで手に入れた秘宝。そして、ファルアズムはダンジョンの研究者だ。研究の途中で、僕を殺せる手段を見つけたのかもね」
「かもね」とか、「しれないね」とか。断定を避けるスケイルの言い回しに、ナスタが眉をしかめた。
「そもそも、2人があなたを狙うという確証は?」
「ない。が、確信はある。」
つまり、あくまでスケイルが2人を警戒しているだけの話だ。
「党首としての勘ってやつだね。こういうのは外れたためしがない」
「とはいえ、証拠が無きゃ動けない。お手上げだ」とおどけて笑ってから、スケイルは話の区切りをつけるように、ティーカップのお茶を一気に飲み干した。
からのティーカップを差し出し、ナスタにお代わりを要求するも、ナスタはどこか起こった様子で俯いたまま、お茶を注ごうとしなかった。
「……せば良いじゃないですか」
「ん?」
「確信はあるのでしょう。殺される前に、殺したらいいじゃないですか」
そこまで自信があるのに、何がお手上げだ。
何で対策を打とうとしないんだ。
自信があるなら、何かされる前に殺せばいいじゃないか。
そうすればスケイルは生きていけるのだから。
言外に溢れ出る言葉はスケイルに対してのもの。そして滲み出てくる怒りは、スケイルを殺そうとするシャノンやファルアズムに対してのものだ。
だが、そんな彼女に、「ナスタ」とスケイルが冷や水を浴びせるようなトーンで続ける。
「それをしないから、こんなクズでも党首でいられるんだぜ?」
その言葉を聞いて、ナスタはハッと目を丸めた後、「……すみません」と頭を下げた。
自分の命がかかろうが、スケイルは絶対に疑わしきは罰しないし、自分の都合だけで誰かを裁いたり貶めたりすることはない。白を黒に、黒を白にするようなことはしないのだ。
人間としては下の下と評しても、ナスタは党首としてのスケイルは尊敬している。
どちらの立場も加味した上で、スケイルという人間が好きなのだ。
自分がスケイルが大切にする、正義の線を踏みにじろうとしたことに気が付き、しょんぼりと肩を落とすと、「気持ちは嬉しいがね」と珍しくスケイルがフォローした。
「大人しく死の時を待とうって話じゃあないんだよ。何かあった時の為に、できる備えはして置こうって話さ。と、いうわけで。僕が万が一死んでしまったら、あいつらがいないところで、コイツを僕に使ってくれ」
そう言ってスケイルが取り出したのは、太い血管が浮かび上がっている臓器のような形の、深紅の宝石だ。
これも何かの秘宝なのだろうが、始めて見る秘宝だ。
脈打つように輝く宝石に、気味の悪さを覚えるも、ナスタはそれを受け取って頷いた。
「毒を持って毒を制す。使えるものは何でも使わなきゃなあ?」
そう言って邪悪な笑みを浮かべるスケイルに、ナスタも妙な安心感を覚えて頷いた。
きっと彼の瞳には、彼に出し抜かれた者たちが絶望する光景が映っているのだろう。そう感じたナスタは薄く微笑みながら、スケイルが渡してきた秘宝についての説明を聞き始めた。
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「なんで……お前が、生きているんだ。お前はあの時、殺したはずじゃ……」
「ああ。ばっちり死んだぜ? おかげさまでな」
スケイルの風貌は、シャノンが殺した直後と今とで、大きく変貌を遂げている。
元々色白だった彼だったが、肌だけでなく、髪までも色を抜かれたように真っ白に染まり、シャノンがナイフで刺した箇所は、スケイルの魔力がみなぎっているのか、金色の輝きを放つ痣になっている。
スケイルの死体をある程度修繕した後、スケイル自身の魔力を流し込んで、強引に動かしているような風貌だ。
生者というよりは、死体が意識を持っている、という表現が当てはまるような姿。
状況が理解できないシャノンにヒントを与えるように、「君たちの研究、利用させてもらったぜ?」とスケイルがニタニタ笑う。
そして、答えに気が付いたシャノンがその秘宝の名前を不意に叫んだ。
「【不死者の心臓】……‼」
「大・正・解‼」
困惑するシャノンを煽るように、スケイルが服を開いて、自分の心臓の辺りを見せつける。
するとそこには、臓器のような形の深紅の宝石が埋め込まれていて、脈打つようにスケイルの体全体に魔力を流し込んでいる。
「【不死者の心臓】。死んだ人間をアンデッドとして蘇らせる——ファルアズムの研究によって発見された秘宝だ! 便利なもん作ってくれてありがとよ~」
「ふざけるな‼ それをお前が持っているはずがない‼ 研究で得た秘宝は、全部お前が某国に回収させたじゃないか⁈」
「ああ。だが、この前便利なもんを手に入れてなあ。君も知っているはずだぜ?」
シャノンが今までで、何か思い当たることがないか思い返し、釣り大会でのとある出来事がフラッシュバックし、唇をわなわなと震わせた。
「——【秘宝を複製する秘宝】……!」
釣り大会に参加する前。とあるダンジョンの攻略でスケイルは街の近くへ訪れていた。
そこのダンジョンでスケイルは【秘宝を複製する秘宝】を手にしている。つまり、スケイルの【不死者の心臓】は、それで作った複製品。
「ふざけんな……! なにが『世の為、人の為に使う』だ……! 結局お前が助かるために、秘宝を利用しているじゃないか……!」
「僕は別に嘘は言ってないぜ?」
スケイルはこの秘宝の用途をそう説明した。
利己的に秘宝を利用したと怒るシャノンを見て、スケイルは心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「僕が生きてることこそが何より、世の為、人の為だろう?」
「どの口が‼」
シャノンがカバンの中から、とある液体が入った瓶を取り出し、スケイルの心臓に向かって投げる。
「聖水か」
魔力を動力にして活動するアンデッドにとって、魔力の流れを断つ聖水は弱点だ。
「確かにアンデッドには有効だが——」
だが、スケイルは余裕の表情のまま、迫りくる聖水を避けようとしない。
そして、スケイルの肌に聖水の瓶が当たった時、
「——それ、僕には効かないぜ?」
瓶が消滅し、塵となって消えた。
アンデッドになってなお、【保護消滅膜】は健在のようだ。
「化け物が……!」
「ほざけ。僕は人間さ。ギリギリだがな」
悔し気に睨むシャノンに、少しだけ不快そうに眉をしかめながら、スケイルが【消滅魔銃】を突き付けた。
「僕には最低限の良心がある。人間の皮を被っているだけの化け物が、いっちょ前に僕を詰るなよ」
スケイルが砲撃を放つと、シャノンが一歩後ろへ下がり、間一髪【転移トラップ】を踏んで別階層へと飛ばされる。
「追いますか」
「待て待て。まずはカルミナたちと合流だ。あっちの安全の確保が優先だろう」
手に火球を生成しながら、シャノンが消えた先を睨むナスタを、スケイルが制す。
「それにどこへ行こうとも、僕から逃れることはできないしね」
消えた場所を一瞥し、スケイルは小馬鹿にしたような笑みを浮かべると、ナスタを後ろに控えさせ、自分が先陣を切ってダンジョンを進み始める。
探知眼を発動させ、堂々とした足取りでダンジョンを進んでいく党首の背中に、ナスタは嬉しそうに微笑みながら、その足取りを追ったのだった。




