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きっとあの人が見つけてくれる

「ここは……」


 気が付けば、花畑の中にいた。

 雪のように白い、真っ白な花弁が特徴のアブラナ科の花。


 それが雪原のように、いつまでも広がっている光景に驚くも、花畑の先で微笑む人物を見て、アインスは目を剥き、言葉を詰まらせる。


「母、さん……」


 かつて死んだアインスの母。その母が、花畑の先で、優しい笑みを浮かべて佇んでいる。

 その姿を見て驚くと同時に、ああ、もう自分は死んでしまったんだな。と自虐的な笑い声が漏れた。村でも美人と評判だった母は、死んだときと同じ若さだったからだ。


 先ほどまでは息をも凍らせる極寒の雪原だったはず。ならば、温かく、澄んだ空気のこの花畑は、死後の世界の光景だろう。


 今ここで母の下へ向かってしまえば、本当に自分は死んでしまうのだろう。

 リードもまだいる。そして、今もダンジョンでカルミナたちが自分の助けを必要としていると思えば、自分はここで戻らなければならない。


 だが、


「……僕も今からそっちに行くよ」


 戻ったところで何もできるわけじゃない。

 探知眼の無い今、カルミナたちがすぐに合流するわけでもない。意識を戻したところで、もうリードも、自分の手足も動かない。

 もう自分にできることは残っていないのだ。


 ならば、せめて穏やかな気持ちで死なせてくれ。


 そう思って、花畑の奥へいる、母へ歩みを伸ばした時だった。


「……?」


 進めど進めども、母に辿り着く気がしない。

 いや、それどころか遠ざかっている。


 足は進むのに、母がどんどんと景色の向こうに消えていく。


「待ってよ……一緒に行かせてよ……」


 そして、遠ざかっていく母が、優しい笑みを浮かべたまま、戻れ、と言わんばかりに自分の進む反対側を指差しているのを見て、アインスはふるふると首を振った。


「戻っても何もできないよ……! もう寒いのも痛いのも嫌だよ……!」


 遠ざかっていく母に、すがるような声を上げながら手を伸ばす。


「何もできないなら、せめて母さんと一緒にいさせてよ……!」


 涙を流しながら、子どものように泣き声を上げるアインスに、アインスの母は何も言わず微笑んで、


 ——大丈夫。


 と呟いた。正確には、そういう風に口が動いただけで、声は発していないのだが。


「何が大丈夫なんだよ⁈ 一人じゃ何もできないんだよ⁈」


 行った先に待っているのは、凍えて動かない自分とリードの体。

 戻ろうが進もうが、行きつく先は死だと信じるアインスに、再びアインスの母は口を動かした。


 どんどん遠ざかっていく母の姿から、今度ははっきりと声が聞き取れた。




「——きっとあの人が見つけてくれる」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「——インス‼ アインス‼ アインス‼」

「アインス君、起きてよ、ねえ‼」


 涙交じりに、必死に自分の名前を呼ぶ声。

 はっきりとしない意識を起こし、目を覚ますと、ボロボロに顔を崩しながら、自分の体をゆすってくるカルミナとミネアの姿があった。


「……? 2人とも、なん、で……」

「いいから! 残りの万能回復薬(エリクサー)だ。飲めるか⁈」


 カルミナがアインスの口の中に、ゆっくりと万能回復薬(エリクサー)を流し込むと、アインスの体にゆっくりと熱が戻ってくる。

 血色を取り戻したアインスの様子に、ミネアが膝から崩れ落ちて、咳を切ったように泣き始めた。


「よかった……よかった……!」


 よく見れば二人とも装備がボロボロだし、凍傷になりかけている。余程急いできてくれたのだろう。

 辺りを見ると、ミネアが作ったであろう、大岩を変形させて作ったシェルターが、外の吹雪から自分たちを守っていた。


「よくここが、わかりましたね……どうやって……」

「ああ、それは——」


 カルミナが説明しようとしたところを、「……待って」とアインスが制す。


「リードは?! リードはどこにいる?!」


 慌てて周囲を見回すアインスに、「……リードって?」とカルミナもミネアも首を傾げた。


「……ここにはアインスしかいなかったぞ?」

「そんなはずはない‼ だってさっきまで一緒にいたんだ‼ さっきまで——」


 そこまで口にし、アインスは自分の体に、リードが身に着けていたものが装備されていることに気が付き、言葉を失った。


 その瞬間、全てを理解した。


 リードがどういう死に方をしたのか。


「なん、で……?」


 なんでだよ。


 なんでだよ。なんでだよ。


 なんで最期に僕を選んだんだ。

 なんで最期に僕を助けたんだよ。


 そんな良心があったなら。

 そんな良心が残っていたのなら。


 僕たちはもっと別な出会いがあっただろ。


 もっと別な未来があっただろ。


「あ……ああ……」


 リードが助けてくれたことで、助けられなかった自分の無力感や、一度は見捨てようとした自分の心の醜さが一気に押し寄せてきて、


「うああああああああ……!」


 アインスは細く、弱々しい声で鳴き始めた。


 ミネアが作ったシェルターの中に、悲しみに暮れるアインスの鳴き声だけが、響き渡っていた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ふざけんな……」


 ダンジョン内のとある階層。

 何か異変を察知したシャノンが、その場へ赴くと、そこには絶望の光景が広がっていた。


 訪れた先で広がっていたのは、高ランクの魔物の死骸の山。

 一部部位が消滅させられたような、不可解な死体が山積みにされている。


「ごきげんよう。シャノン」


 その凄惨たる光景の中心にいるのは、SSランク冒険者であるナスタ。


 そして――


「あーはっはっはっはっはっ‼」


 この癪に障る笑い声を、聞き間違えるはずがない。


 ふざけんな。そんなことあっていいはずがないだろう。

 なんのために。今まで何のためにあんな大掛かりな準備をしたと思っている。


 何のために、自分の人生全てを捧げたと思っているんだ。




「よぉクソ犯罪者‼ 元気かい?!」




 怒りより、それに勝る絶望感が、シャノンの感情をぐちゃぐちゃに塗りつぶす。


 焦点の定まらないシャノンの視線の先には、シャノンの全てを、そして、死すらも嘲笑うスケイルの姿が存在していた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり生きてたか…、スケイルさん。 イヤね、いくら殺しても死なないような気がしたんだよね…。 ナスタさんが後から行くって言った時、本当に死んだのかな?とは思ったんだよ。
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