ありがとう。 ~元ブラックギルドリーダーの最期~
ガッ——
ガッ——
猛吹雪の中、何かで岩を削るような音が響く。
アインスが倒れるその傍で、リードが【身体強化】と短剣を使って岩を削っていた。
思い浮かぶのは、自分を散々コケにしてきた連中の顔。
殺すと決めていながら、「生かしてやる」と噓をついて使い果たそうとしたファルアズム。
人間じゃない。と言って、ゴミを見る目で見下してきたスケイル。
自分よりももっと殺す計画に加担していたくせに、「一緒にするな」と蔑んできたシャノン。
どいつもこいつも、人をゴミみたいに扱いやがって。
人間じゃないみたいに扱いやがって。
ほとんど動かないはずの体に、最後の力を振り絞って、岩を抉る。
パキン、と持ち手の部分が折れた時、岩には小さな横穴のような窪みができていた。
そして、その小さな窪みに、
「……」
静かに気を失っている、アインスの体を隠した。
積もっている雪を掃い、服のボタンを締め直す。
どいつもこいつも、馬鹿にしやがって。
薄れゆく意識の中、リードはスケイルたちのことを思い浮かべた。
人を奴隷みたいに扱いやがって。
使えないと判断した瞬間、ゴミみたいに捨てやがって。
何がダンジョンの餌だ。
何が人間じゃないだ。
俺は人間だよ。お前らとは違う。
ろくでもない人間だよ。それは分かっている。
どちらかと言えば、生きるべきじゃない人間だよ。それは分かっているんだ。
役職持ちだから、他の人間と違って優秀だって調子に乗った。
その中でも腕っぷしだけは強かったから、更に調子に乗った。
上に立つ人間だと勘違いした。
人と協力してあげた成果を自分だけの力だと勘違いした。
自分より弱い奴がいて安心した。
そいつを虐めることで、自分が強い人間だと思うことができて更に安心した。
実際は人に助けられてばかりの人間だと気づかなかった。
助けてくれた人間に、目も向けようとしなかった。
自分は多少腕っぷしが立つだけの、小悪党に過ぎなかった。
それに気が付かなかったから、ここまで堕ちてきた。
だから、今までのことは全部自業自得。
全部俺のせい。
ギルドを潰したのも、犯罪者として追われる身になったのも、自分より強大な悪に使い果たされたのも、最後はゴミみたいに捨てられたのも、
全部俺のせいだよ。
俺が馬鹿だったからだよ。
俺が自分のことしか考えていなかったからだよ。
だから、自分が酷い人間だとは理解している。
大切にされるような人間じゃないことは分かっているんだ。
だけど、それでもだ。
蔑ろにされれば悲しい。
傷つく体も、心も持っている。
良心は足りなくても、血の通った『人間』だ。
俺とお前らは違うんだ。
「……アインス」
自分が来ている服を、一枚一枚アインスの体に着せていく。
アインスが作ってくれた革の服。
ボロボロで所々穴の開いたズボン。
靴もサイズが大きくてぶかぶかだが、上から重ねるにはぴったりのサイズか。
自分の命を託すように、自分の身に着けていたものをアインスに移し終えると、リードの足から、体がダンジョンに吸収され始めた。
ああ、もうとっくに死んでいたのか。
後は頼むぜ、アインスの仲間。
このダンジョンにいるんだろ。
こいつが死ぬ前に、こいつを見つけてやってくれよ。
「……」
ざまあみろだ。ファルアズム共。
俺は人間だ。お前らとは違う。
心を持った、人間なんだ。
体の半分が吸収され、アインスの顔を見上げた時、
アインスの言葉が頭をよぎる。
ああ、そうだ。言い忘れていた。
これを言わなければ、お前にバカにされたままだよな。
言い残すべき言葉は2つ。
「……ごめん、な」
1つは、今までの行いに対する贖罪の言葉。
そしてもう1つは、
「あり、が……と、ぅ——」
——ありがとうぐらい言えよ‼
自分の危険を顧みず、命がけで助けてくれたアインスの姿を思い浮かべ、最後の力を振り絞って呟いた。
ろくでもない人間だった。
振り返って、そう思う。
だけど、蔑ろにされれば悲しいのと同じように、
優しくされればうれしい。
恩に対して、感謝もできる。
あんなに酷い目に会わせてしまったのに、「ご飯をくれたことには、ずっと感謝していた」と言ったアインスのように、
感謝だってできるんだ。
嫌いなはずの人間を助けてくれて、
ゴミみたいに扱われていた俺に、それぞれ『生きよう』っていってくれて、
一緒に冒険をしてくれて。
最後の最後まで見捨てないでくれて。
ありがとう。
凍り付いて動かないはずの顔に、優しい笑みを浮かべながら、最後の最後に、『人間』としての意地を見せつけた。
元ブラックギルド【強者の円卓】リーダー、リードは、その身をダンジョンの中に溶かしていくのだった。




