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死へ歩く

祝(?)100話です。

引き続き宜しくお願い致しますm(__)m

 

 遠い。ひたすらにゲートが遠い。


 ゲートの位置を探知した後、アインスたちを絶望させたのがゲートの遠さ。

 他の階層と比べてもとりわけ離れた位置にあるわけではないのだが、環境が違いすぎるし、装備の状況が最悪だ。


 自分たちの装備が寒冷地に適したものではない。リードに至ってはボロボロの服に、上は即興で作った革の服一枚だ。


 魔物も何もない、すぐ先も吹雪いて見えない真っ白な世界。

 土台となる地面も全て雪。雪が降り積もって固まっただけの地面。

 膝丈ほど深さの、比較的柔らかな雪をかき分けて、ゲートの方向へただ進む。


 以前も熱砂の大地をひたすらに歩き回ったが、その時は暑さへの備えがあった。


「……」

「……」


 口を開けば肺をも凍らせるような死の風が、口の中から入り込んでくる。殴るように横から吹きすさぶ吹雪が、体の熱を奪ってくる。

 ほとんど目を開けられない猛吹雪。その中を、ゲートを目指してひたすらに歩く。


 歩き続けて1時間。最初の頃は互いに呼びかけ合い、意識を確認しながら歩いていたが、もうそんな元気は残っていない。

 2人とも無言で、探知眼を頼りに、変わらない景色の中をただ進み続けている。






 ゲートまで後10㎞ほど。

 ゲートを抜けた先にあるのは、熱帯雨林のフィールドだ。ここも過酷な環境ではあるが、少なくとも、この豪雪地帯よりは生きる可能性が十分にある。、


「……リード、後ちょっとだ。あとちょっと頑張れば——」


 寒さでほとんど口が動かず、喉の奥で声を出す。

 だが、帰ってきたのは返事ではなく、ドサッと深い雪に何かが埋もれるような、曇った音。


「……リード!」


 背後にはとうとう寒さで動けなくなり、雪の中に倒れこむリードの姿があった。


「もうちょっと、もうちょっとがんばろう……! 後、少しだから……」


 探知眼で心臓の鼓動を確認し、何とか息をしていることは確認できた。

 だが、もう動けない。当然だ。リードの装備はアインスの服よりも寒さにずっと弱い。むしろここまで歩けたのが奇跡に近い。


 アインスが自分の上着を脱いで、服の一部を裂いてリードの体にしっかりと結んで固める。

 そして袖の部分を自分の体に巻き付けて、リードを背負う形で、上半身のみ持ち上げ、脚を引きずるように運び始めた。


「頑張れ……死ぬな……」


 半分はリードへ、そしてもう半分は自分への言葉だろう。

 顔も、指先ももうほとんど感覚が無い。


 リードを背負い、さらに重くなった足取りで、アインスはゲートのある方向へ、薄れゆく意識の中歩き続ける。

 適度にリードに積もった雪を掃い、歩く。ただそれを繰り返す。


 何度も何度も意識が飛びそうになる中、死にたくなさだけでアインスは歩き続けた。




 そして、歩き続けて2時間ほどが経過し、目的のゲートまで、あと500mというところまできた。




「あと……少し……!」




 ゲートの輝きが遠目に見えるようになって、その希望の光に縋るようにアインスが足を速めたその時だった。




「……え?」




 突然背後から大きな地鳴りが聞こえてきたかと思い、振り返ると、吹雪の彼方に見覚えのある巨大な影。


 まるで巨大な塔のような、全長500mはあるであろう、大蛇のようなシルエットは——


「ランドイーター……?」


 砂漠にのみ出現するはずの巨大な砂蛇。Sランク魔物のランドイーター。


 なんでこんな雪原なんかに。それもさっきまであんな魔物なんかいなかったはずだ。


「まさか……ダンジョンが生み出した……?」


 ダンジョンが魔物を生み出す力があるのは周知の事実だが、よりにもよってこんなタイミングで。


 あのランドイーターは恐らく、ダンジョンがたった今生み出した、雪に適応した個体。

 絶望に飲み込まれそうになるも、アインスは再び探知眼を発動し、周囲の状況を探知する。厳密に言えば別種だろうが、一度攻略経験のある魔物だ。砂漠の時と対策は同じ。砂の深い層を避けてゲートを目指せばいい。


 目の前のゲートの前に広がっているのは、柔らかい雪が深く積もっている。

 歩いても沈みはしないが、恐らくランドイーターも雪の中を泳いでは来れる。ここを歩けば振動を探知して、雪の中を泳いで襲いに来るだろう。


 なので、2人で生き残るには、硬く固まった氷の大地のルートを通っていく必要がある。大きく迂回する形になるが、ランドイーターの縄張りを避けていくなら、このルートしかない。


 もう体力も限界だが、2人で生き残るには、限界を超えてこのルートを歩くしかない。

 2人で生き残るには——




























 ——1人でなら?





























 動けないリードを囮にして置いて逃げ、1人で次の階層へ繋がるゲートを潜る。ゲートは目の前だ。不可能じゃない。

 幸いにも、ゲートの先には少数の魔物しか存在していないし、機動力の低い魔物だ。十分逃げ切れるチャンスがある。


 リードを担ぐのを止めて、1人で走り出せば、ランドイーターが来るまでにゲートを潜れる。

 生き残りさえすれば、カルミナたちと合流できる。


 皆一緒に冒険する、あの楽しく満ち溢れた日々に戻れる。

 ギルドの皆で冒険する日々に戻ることができるんだ。




 過った思想に、アインスがリードを背負うのを止め、フラフラとゲートの方に進みだした。




 ごめんリード。正直、君と過ごしたこの時間は結構楽しかった。

 それでも、どちらかを選べと言われたら、僕が選ぶのはカルミナさんたちとの時間なんだ。

 最低なのはわかってる。でも2人死ぬよりはずっといいはずだ。


 ほんとうにごめん。でも、君が動けないならこうするしかない。


 2人死ぬより、僕が生きるしかない。


 仕方の無いことだ。この状況で誰か見捨てるなんて。




 自分に言い訳をするような言葉が次々と浮かび、アインスの歩が進んでいく。


 一歩一歩、足を進めるごとに、走馬灯のように過るのはカルミナたちとの思い出だ。


 森の中で出会って。

 探知眼の使い方を教えてもらって。

 ギルドに誘われて。

 次の町でミネアさんと出会って。

 ちょっとずるしてダンジョン攻略しようとして。

 上手くいかなくてぎくしゃくして。

 それでも皆、皆を大切にしようとしていることがわかって。

 皆の為に変わろうって思えて。

 罰で色んな魔物を倒して回って。

 スケイルさんに皆一緒に怒られて。

 砂漠のダンジョンを皆で乗り越えて。

 ギルドランク昇格を皆で喜んで。

 夢にも思わなかったSSランク冒険者になれて。

 釣り大会で大変な目にあって。

 ギルド名も決まって、皆で頑張ろうって改めて思えて。


 そんな日々の先に行くんだ。

 まだ皆と旅を続けるんだ。

 冒険者として、1人の人間として。


 僕は生きて、皆と一緒に。

 僕を愛してくれたみんなと一緒に。


 僕は善人じゃない。

 自分の大切なものが一番大事だ。

 だから、君を見捨てていく。

 らしくない行動だってのは分かってる。

 利用する形になってごめん。

 君の立場でものを思った時、僕が最低な人間だってわかってる。


 だから。


 僕は行くよ。




 背後に倒れるリードの顔を忘れるために、カルミナを。ミネアを。2人の姿をゲートの先に重ねた時だった。














 自分じゃない誰かを思いやることのできる——










 そんな君の優しいところが、私は好きだよ。













「……」


 カルミナが以前、自分にくれた言葉が頭をよぎって、アインスはふと足を止めた。

 暫くの間立ち尽くして、アインスは正気を失ったようにふらふらと後戻りをはじめ、倒れていたリードを背負いなおした。


「うあ……ああ……」


 そして、ランドイーターの縄張りを避けた道を進み始め、それと同時にアインスの口から、弱弱しい鳴き声が漏れ始めた。


「うあ、う、ひぐっ……! うう、うあああああ……!」


 もうリードを運びながら迂回する体力何てないことは分かっている。

 こっちの道を選べば死ぬのなんてわかっている。

 それでも、それでもだ。


「うあああああああああああああああああ……‼」


 皆が愛してくれた自分でありたい。 

 最期の瞬間まで、皆が愛してくれた自分で在り続けたい。


 死にたくないのに、皆を思えば思うほど、見捨てることができない。


「うああああああああああああああああああああああ‼ うああああああああああああああああ‼」


 死にたくないくせに、見捨てることができなくて。

 皆に誇れる自分で在りたいと思っていたくせに、一度見捨てようとした自分が醜くて。


 生きていたいのに、死に向かう自分が馬鹿に見えて。

 死にたくないくせに、誇りを持って死ぬことに満足しようとしている自分の矛盾に困惑して。


 いくつもの相反する感情が濁流のように溢れてきて。


 アインスはリードを背負って歩きながら、大声を上げてボロボロと泣いた。

 流れた涙はすぐに凍った。

 叫んだ喉が凍てついて、喉が破れた。


 泣くこともできなくなって。ボロボロに歪んだ顔で歩き続けて。




 雪原の中にあった、大きな岩の傍に辿り着いたところで、














 アインスは静かに目を閉じて、雪の中に倒れこんだ。


 吹雪の中、自分の体から力の抜けていく感覚が、ゆっくりとアインスの意識を天へと昇らせていくのだった。


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