斥候(スカウト)の少年、クビになる。
「残念ながらアインス。お前はクビだ」
黒い髪の、ガタイの大きい筋肉質の男リードが、アインスという少年に告げた。
「……え? あの、リード……? 言っている意味が分からないんだけど……」
「ギルドリーダーと呼べと言っているだろうが。何度言えばわかる」
「あっ、ごめん……なさい。し、しかし……何故、僕がクビになるのでしょうか……?」
アインスと呼ばれた橙色髪の小柄な少年が、突然のギルドマスターの宣告に、理解が追い付いていない様子で声を震わせる。
そんな様子のアインスに、わざとらしく長く重い溜息を吐きながらギルドマスターの男——リードは吐き捨てた。
「察しが悪いなあお前は! たかがBランクのダンジョンを踏破もできず、そのくせ他のメンバーを死なせて帰ってきやがって! 何で他のBランク冒険者3人が死んで、最低ランクのお前がノコノコ生きて帰ってくるんだ! 他の高ランク冒険者を死なせないのが、【斥候】であるお前の仕事じゃないのか⁈」
「違うんですギルドマスター……! 今回は特別な事情があって……」
「元々お前は他の冒険者から、【斥候】として仕事が遅いと不満が上がっていたんだ。Sランクギルドへの昇進がかかった今の時期で、無能を抱えるわけにはいかんのでなあ。追放するにはいい機会というわけだ」
言い訳を封じるように、リードはアインスの首にぶら下がっていた冒険者証を取り上げる。
冒険者の階級の中でも最低の階級、Eランクを示す——灰色の水晶を吊るしたペンダント型のライセンス。
「あ……!」
「ギルド設立時のメンバーということで大目に見てやっていたが、無能の面倒を見るのも辟易していた所だ」
リードは手に力を籠め、アインスの目の前で冒険者ライセンスを粉々に握りつぶして見せた。
砕けた水晶が掃除の行き届いていない床に崩れ落ち、空しい音を響かせる。
「……酷いよ! こんなのあんまりだ! 皆だってそう思うだろ――」
確かに自分が起こした事態は深刻だ。
だからといって、こちらの事情も聴いてもらえず、一方的な解雇宣言を突き付けるなんて組織として間違っている。
あまりに理不尽な扱いに、周囲にいた職員や冒険者たちに助けを求めたところ――
「……皆?」
周囲の冷たい目線が、アインスの胸を刺した。
いいから早く出ていけ。と言わんばかりの眼差しが、一様にアインスに投げられる。
「断捨離ってやつだ! 輝かしい未来を目前にした我がギルドに、無能はいらんのよ! Sランクギルドへ昇進前に、ギルドの汚点は消しておかねえとなあ!」
わかったら出ていけ。という言葉と共に放り投げられた麻袋には、アインスがギルドの寮に置いていた私物がまとめられていた。
やっとの思いでダンジョンから生還したと思ったら、この扱いか。
「……わかった。出ていく」
待っていました。と言わんばかりにリードの頬が緩んだのを見て、もう自分の居場所がこのギルドにないことを肌で感じた。
視界に滲んでくる涙をこらえながら、おぼつかない足取りでアインスはギルドの扉を潜る。
整備の行き届いていない、木製の2枚扉がギイッと音を立てながら閉じた瞬間、ドアの隙間から、ゲラゲラと品の無い笑い声が聞こえてきた。
下劣な笑い声で胸を揺らされるような感覚に不快感を覚えながら、涙交じりにアインスはギルドを後にする。
リードのギルド【強者の円卓】が幅を利かせているこの辺境の街では、もうまともな職に就くことは難しいだろう。
何年も住んだこの土地を去るのは物寂しいが、新しい食い扶持は探さねば。
「……?」
大通りを歩いていた所で、一人の女冒険者とすれ違い、アインスは思わず振り返った。
俯きながら歩いていたせいで、顔は見えなかったが、首元には冒険者の階級の中でも最高の階級——SSランクを示す、金色の水晶を吊るしたペンダントが装備されていた。
すれ違いざまに鼻に残った甘い香りは、香水か。
鼻の利く魔物に跡を辿られる要因にもなるため愛用している冒険者は少ないのだが、わざわざ身に着けているということは、公に人と会うために着けているのだろう。
オードトワレの清涼感漂うハーブの香りが印象に残る。
背丈の高い、緋色の髪の女冒険者の後ろ姿に、ほんの少しだけ見惚れてから、現実に戻されたかのように小さく息を吐いて、アインスは街を後にした。
森を抜けた先の商業都市で、何か仕事を探してみよう。
そう決めたアインスは、いつもよりも小さな歩幅で、森に向かって歩みを進めた。
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