魔将軍ギルガンの憂鬱 ~一撃で致命傷を食らったのに、勇者が「やったか!?」とか言うから死ねない~
「くらえ、魔将軍ギルガン! 最強爆裂光弾!!」
勇者の放った槍みたいなエネルギー弾が、俺の身体を貫く。
それとともに激しい爆発が巻き起こる。
うわ、いってぇー。
やられた。
これはだめだ。
致命傷だ。
勇者ども、ここに来るまでにどれだけちまちまとレベル上げに勤しんできたのか知らないが、これは魔王軍四天王の三番手という最も微妙な立ち位置のこの俺に受け止めきれる技ではない。
魔王様、申し訳ございません。
無念ですが、魔将軍ギルガンはここまででございます。
爆発の煙がもうもうと立ち込める中、俺は地面に膝をつきそのまま倒れ込もうとした。
その時、煙の向こうから勇者の声が聞こえた。
「……やったか?」
……。
やったか、だと?
いや、待て。
それは言っちゃだめだろ。
その台詞だけは言っちゃだめなやつだろ。
だって、いないんだから。
古今東西どこを探したって、「やったか?」と言った後に煙が晴れてみたら、本当にやられてた悪役は。
いないんだよ、どこを探したってそんなやつは。
俺は危うく地面に着きそうになった膝に力を込めて、かろうじて倒れることを拒絶した。
「ふぐおおおっ……」
勝手にそんな声が漏れる。
ああ、まずい。煙が晴れる。
平常心。
表情筋、全員集合。何でもない顔作って。
煙が晴れると、勇者たちはまだ立っている俺を見て顔を歪めた。
「なに、まだ立っているだと…!」
「それだけじゃない、ほとんど無傷よ…!」
勇者の隣に立つ女が言う。
なんだこいつ。ぽんこつ聖女か。
誰が無傷だ。もう瀕死だっつーの。
「ふふふ」
とりあえず、俺は笑った。
困ったらとりあえず笑っておけ、と魔王様にはいつも言われている。悪いやつほどよく笑うのだそうだ。
「その程度か」
がくがくする膝を必死に隠しながら、俺は言い放つ。
「勇者といっても所詮はまだ未熟なガキよのう」
「くっ」
勇者がすごい由来がありそうな剣を振り上げる。
「なら、これでどうだ!!」
あっ、やめて。
そんなことしなくても、もう押せば倒れるくらいのHPしか残ってないのに。
「最強殲滅光弾!!!」
技名にビックリマークが三つも付いた。これはだめなやつだ。
もう食らう前から分かっていた。
すんごい爆発とともに、俺の身体は半分くらい吹っ飛んだ。
はい。死にました。
負け負け。俺の負けです。
次のボス、四天王筆頭魔宰相デルザークのところに行ってください。
だが、死のうとした俺の耳に、勇者の台詞が聞こえた。
「ここまですれば、いくら魔将軍でも……!」
……。
おい。
待て。
やめろ。
何お前。勝ちたくないの?
「ここまですれば」って言われて、本当にそこまでされたのでやられましたって負ける悪役はいないんだよ!!
まだだ。
まだだめじゃねえか。
俺の魔細胞よ、活性化しろ!!
俺を蘇らせろ!!!
「ぬぎぎぎぎぎぎっ…」
魔細胞の力で俺の身体は修復していく。
そんな力があることは俺も知らなかったが、とにかく魔族にしかないすごい力で俺は復活した。
まだ負けるわけにはいかねえぞ。
あんな風に言われてほんとに負けた世界初の悪役になるわけにはいかねえからな!!
煙が晴れて、まだ立っている俺の姿を見た勇者たちは絶望的な表情を見せた。
「そんなばかな! まだ立っているなんて!」
「しかも、全然ダメージを与えていないわ!」
だからぽんこつ聖女は黙ってろよ。
とんでもねえ超絶ダメージ食らってるっつーの。
「ふはははは」
俺は高らかに笑った。眩暈がする。血が足りない。
「この程度の力で名乗ることができるとは、勇者という称号もずいぶんと軽くなったものよのう」
「くっ……」
勇者はじりっと後ずさる。
「くそ。こうなったら…」
違う。
こうなったら、じゃねーんだよ。
のっけろ。エピソードを。
一応こっちは四天王なんだからさ、もっとあるだろ、こう。
これまでの苦しかった修行を思い出すとか、俺に滅ぼされた村の人たちの笑顔を思い出すとか、聖女に突然神様みたいなのが舞い降りるとか。
そういう、「ああ、これはさすがに勇者たちが勝ちますわ」っていう空気を作れよ!!!
雑にふわっと「これでどうだ」「こうなったら」じゃねーんだよ!!
それじゃ全然盛り上がんねえだろうが!!!
その間にも着実に死にかけてるこっちの身にもなれよ!!!!!
「待って、勇者」
聖女が勇者の腕を引く。
お?
「私に任せて」
おお、新展開!!
いいぞ、聖女! そういうの待ってたぞ!
聖女は両手になんかヤバそうな光のパワーを凝縮させた。
だからお前らレベル上げ過ぎなんだって。
はい。負け負け。
もう食らわなくても、見ただけで分かるわ。
よし。これ食らって死ぬぞ。
「勇者。これであいつを倒せたら、あなたに言いたいことがあるの」
「えっ」
勇者が目を瞬かせる。
「それって」
「ま、まだ秘密よ」
聖女は顔を赤らめた。
「今は戦いに集中しないと! 行くわよ、魔将軍! グローリアスフィンガースタンプ!!!」
「だぁかぁらぁぁぁ!!!!」
余計なこと言うんじゃねえよおおおお!!!!
俺の絶叫はグローリアス何とかの轟音でかき消された。
天から降って来たでっかい神様の指みたいなのに周りの地面ごとぶっ潰された俺は死んだ。
死んだ。
………。
………。
「死ねるかあああああああ!!!!!」
俺は全ての魔族の故郷たる魔界とのゲートを開いた。
魔界の力よ、俺に流れ込め! 俺をまだこの大地に立たせておけえええ!!!
くそみたいなフラグが立っちまったから、俺は斃れるわけにはいかねえんだよおおお!!!
もう自分の原型もそんなに留めていなかったが、それでも俺は魔界の超パワーですんごい姿になって立っていた。
爆風が去り、俺を見た勇者たちが驚愕する。
「へ、変形しただって!?」
「そんな! 私のグローリアスフィンガースタンプを食らっても、無傷だっていうの…?」
うるさい、ぽんこつが。
もういい。この際、無傷でも何でもいい。
「ぐわばばばばば」
俺は笑った。魔界の力のせいで新しい牙とか生えてて、すげえ笑いづらい。
姿はいかついが、中身はぼろぼろだ。
だって、ここに立っているということに全てのパワーを使ってるからな。
あと一発でもくらえばそれで死ぬことには変わりない。
ああ、早く負けたい。
「こんなものか、勇者、聖女。その程度の力でこの世界を救おうなどとは、笑止千万!!!」
「くっ……」
勇者は唇をかむ。
まじで次で最後にしてくれ。
思い出せ、魔族への怒りとか! 勇者としての葛藤とか! 聖女への秘めた恋とか! 何でもいいからそれっぽいものを!!!
それでムネアツの台詞とともに技を出せ! できるだけ痛くないやつを!!! もう押せば死ぬから!!!
次の瞬間、勇者は聖女の手を取って身を翻した。
「まだ俺たちの力じゃ魔将軍は討てない。無念だけど、ここは……」
「ええ、そうね。悔しいけど」
二人は走り去っていった。
後には、何だかよく分からないものになった俺だけが残された。
………。
……ええー…。
あいつらどうせまた、ちまちまちまちまレベル上げてから来るんだろうなー……。
「よし」
俺は頷いた。
「魔王軍、辞めよう」