あさり生活五日目!
あさりです!
はい、やって参りました五回目のあさりです!
今回はどんな料理になるんでしょうね!
アクアパッツァですか? 茶碗蒸しですか? クラムチャウダーも佃煮も良いですね! さぁさぁここは腕の見せ所ですよ!
前回は考える時間があって、吹っ切れましたよ吹っ切れましたよ!
おっと、今日はお迎えがはーやーいー。いっぱいもみ洗いされてますぅー。忘れてました砂ぺっぺー!
今回向かう先はー……お鍋! ん、違う? ……これって、お米と土鍋? っあっつぅううい!
……。
私、土鍋炊きあさりごはん!
ついに、ついに念願のあさりごはーん!
しかも土鍋ですよ土鍋。人間さんどうしたの? お味噌汁沸騰させてたのに、火加減完璧! 料理の腕が急成長してる!
嬉しくて体ぷりぷりしちゃう! 元気も倍増しですね!
さぁさぁ、蒸らしタイムも終わり、ついについについにサンソンさんとご対面……!
土鍋ごとテーブルに移され、ついに蓋が開いた。
テーブルの真上に電気があるせいで、眩しくてあんまり見えない。
けど、あなたが来た事はこの独特の形の影でわかる。
端にサンソンさんが差し込まれ、土鍋の中を大きくぐるりと切るように混ぜていく。
「サンソンさんサンソンさん! 私、あさり! ずっとずっと、会えるのを楽しみにしてたの!」
たまに隣を通りかかるサンソンさんに、全力で話しかける。
心が急いて何て言ったら良いか、頭がパニック。
それでも、一生懸命体を揺らし、サンソンさんにアピールしていると、それまでうつ向いていたサンソンさんがちょっとだけ顔を上げた。
「何で俺の名前を知ってるの? ……あぁ、菜箸さんから聞いたのか。ん? でもいつ菜箸さんと話が……」
最初こそ顔を上げて話していたけど、後半はうつむいてぶつぶつと一人言のよう。
そっか、フライパンさんは菜箸さんから聞いたんだ。ありがとう二人とも。末長くお幸せにね。
土鍋を混ぜ終え、私のすぐ隣がお茶碗に運ばれていく。
すると途端にサンソンさんの顔は曇り、次第にポロポロと悔しそうに涙を流し始めた。
「多分理解して貰えないかも知れないけど、私、あなたと会った事があるの。あなたは知らないかもしれないけど、私は覚えてる!」
再び土鍋に差し込まれたサンソンさんに、必死で伝える。
「サンソンさんは何も悪くないのに、私たちの為にごめんねって泣いてくれてありがとう! その真っ直ぐな言葉と涙で、私は救われたの! だから、今度は私があなたを救いたい!」
お茶碗に運んでいく途中、一度だけ顔を上げ、土鍋に残る私を見詰めた。
「……そう、ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ。でも、君の為に泣いたのは別の世界の俺。ここに居る俺は、ただ何も出来ない古ぼけたしゃもじだ」
「違うわ! 聞いてサンソンさん!」
サンソンさんがまたお茶碗に遠ざかっていく。
何も違わないわ。
確かに、出会いは違う世界のサンソンさんだったかも知れない。
でも、目の前にいるサンソンさんも、私たちの為に傷付いて泣いてくれてるじゃない!
再びサンソンさんが土鍋に差し込まれ、ぐっと持ち上げられた。
その時、ミシミシバキッと鈍い音が響き、サンソンさんの首がごろりと土鍋の中に落ちた。
間に合わなかった、駄目だった。
黒ずんだ持ち手部分から真っ二つに。
「サンソンさん!」
「嬉しい、良かった……。長かった。やっとやっと終わったんだ……」
目の前に転がるサンソンさんは、心底嬉しそうにそう呟くと、私を見詰めにっこりと笑った。
すぐに土鍋から拾い上げられたサンソンさんは、なにも無かったかのように無造作にゴミ箱に投げ捨てられてしまった。
そしてすぐ、人間さんはお玉さんを手にまた土鍋の前に戻ってきた。
「いやぁ! ご飯が潰れてベタベタくっつくう!」
ガリガリと土鍋の底を引っ掻きながら、人間さんはお玉さんでごはんをすくう。
「お玉さん! 私を床に落として! 捨てて!」
「はぁ? 何よいきなり。と言うかあんた誰--」
「お願いお玉さん! 私をゴミ箱に、サンソンさんのところに行かせて! サンソンさんを、一人で逝かせちゃ駄目!」
状況が理解が出来ないお玉さんは、怪訝な顔で私を見詰めたまま黙り混んでしまった。
その時、ほんのりと土鍋が温かくなった。
「お玉、私からもお願いするよ」
しっとりと落ち着いた土鍋さんの声。
お玉さん、余計に困惑顔になっちゃってる……。
「いい愛を見せて貰った。最期の一時でも、愛する者と。そこまで真っ直ぐ愛せる者が居るのは、幸せなことだね、あさりごはんさん。お玉、間に合わなくなる前に、願いを聞いてやってくれ」
しんみりと話す土鍋さん、ちょっと泣きそうなのか土鍋の中がしっとりしてきた。
ぽたりぽたり。
なにか水滴が落ちてくると思って見上げてみれば、驚くほど号泣するお玉さんが近付いてくる。
「なによぉ! ちょっと、そう言うの弱いのよ止めて泣いちゃったじゃない! いいわ。あさりごはんちゃん、つかまって!」
お玉さんの手につかまり、お茶碗へと運ばれていく。
「あんた、しっかりやるんだよ。あのしゃもじに、あんたは幸せ者だねって嫌味たっぷり伝えといてね」
「お玉さんありがとう! お玉さんも土鍋さんも、お鍋さんもフライパンさんも菜箸さんも、みんなみんな大好きだよ!」
お玉さんの手を離し、床へと落ちていく。
お玉さんの「止めてよまた泣いちゃうじゃないぃい!」って絶叫を背に、床へと到達する。
そして前回と同じ流れで、ティッシュでつままれた私は、サンソンさんの居るゴミ箱へ入れられた。
「サンソンさん!」
「君は馬鹿か!? あのまま大人しくしてたら、ちゃんと食べて貰えたのに……!」
運良くサンソンさんの上に捨てられ、喜んでしがみつくも、サンソンさんは物凄い剣幕で怒鳴ってきた。
それでも、私が滑り落ちないようにしっかりと支えてくれた。
「一人で逝くなんて、そんなの絶対許さない! 最期の最期まで、私はサンソンさんと一緒に居たい!」
「なんで、なんで俺なんかの為にそこまで……」
サンソンさんの体が少しだけ離れるも、絶対許さないと意地でもしがみつく。
「そんなの、愛してるからに決まってるじゃない! 優しくて繊細で、包容力があるサンソンさんが好きなの! 嫌だって言っても離れないんだから。私はサンソンさんに思いを伝える為に、五回もやり直ししたんだからー!」
大絶叫しながらサンソンさんの体を叩くと、ミシミシと悲しい音がする。
今気付いたけど、鼻息フンフンしながらしがみつく私、必死過ぎて恥ずかしいー! そりゃサンソンさんも絶句するよね。
今さら恥ずかしくて顔が上げれないでいると、ゴミ箱中からクスクスと笑い声が聞こえた来た。
「良かったじゃないサンソンさん! 最期の最期にこんな可愛い人にすがられちゃって。私たち使い捨ての爪楊枝じゃ、そんな素敵な出会いなんてないもの。ねーみんな?」
どこからともなく聞こえてきた爪楊枝さんの声に、これまたどこからともなく賛同の声が上がる。
待って、こんなに大勢の前で告白しちゃってって事……? いやー恥ずかしいー!
恥ずかしさで一人ほかほかし始めると、下でサンソンさんが小さく笑った。
「すっごく恥ずかしい……」
「ごめんなさいぃ……」
恥ずかしさの限界!
サンソンさんにめり込む勢いでしがみつくと「いや、そうじゃなくて……」と、遠慮がちな声がした。
「その、凄く嬉しい。本当に。一人で終わると思ってたから、誰かと一緒ってだけでも嬉しいのに、その、こんなに想ってくれてるヒトが一緒だなんて……」
サンソンさんは照れ臭そうに言葉を区切ると、強く強く抱き締めてきた。
「ありがとう。最期まで、俺と一緒に居て欲しい」
ゴミ箱中から歓喜の悲鳴が上がる。
ほらやっぱり、サンソンさんは一人ぼっちじゃ無かったじゃない。
答えるようにぎゅっと強くしがみつくと、自然とポロポロとお出汁が溢れ出ちゃう。
「はい、最期の時まで。いっぱいいっぱい話したい事があるの」
ゴミ箱中が幸せに包まれ、お祝いの言葉まで飛んでくる。
そして二人で、朝まで眠る事なく話し続けた。
あぁ、最高の最期だなぁ。