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あさり生活二日目!

 私、あさり!

 ヤバイヤバイまずいまずい!

 何故か分からないけど、あさりごはんになる直前に戻ってきちゃってる!

 どうにかしないと、また「熱い熱いギャー私あさりごはーん!」になっちゃう!

 どうしようどうしょう。

 砂をぺっぺしながら周りを見渡すと、遠くの棚の上で項垂れるしゃもじが見えた。

 最期に見たしゃもじさんの姿が思い出される。

 しゃもじさんとお話がしたい。

 一言、気の休まる言葉をかけてあげたい。

 でも待って、しゃもじさんと話す機会なんて、それこそあさりごはんにならないと無いんじゃない?

 ……ううん、しゃもじさんと話す為なら。

 うん、もう一度あさりごはんになろう!

 砂ぺっぺも終わり準備万端! いつでも来い!

 ボウルからすくい上げられ、向かうは炊飯器! の、はずなのに……え、ここ、お鍋?

 待って待って何するの!? 私、あさりごはんにならなきゃいけなギャァァア熱いぃぃい!

 

 ……。

 

 私、あさりのお味噌汁。

 私、あさりのお味噌汁になっちゃった……。

 お鍋の底でざぶーんとお汁に浸かって一人落ち込む。

 あさりごはんになれないならさっさと食べて欲しかったのに、無情にもお玉は私をすくってくれなかった。

 あーあ、早くて明日の朝かな。

 お鍋に入れっぱなしのお玉によじ登り、朝を待つ。

 

「なぁに、自分から乗ってきたりして。積極的な子、私好きよ」

 

 よじ登った瞬間、お玉がクスクスと笑いながら話しかけてきた。

 

「お玉さんがすくってくれたら、すぐ楽になれたのに。そしたら次こそあさりごはんになってしゃもじさんとお話出来たのに」

 

 ついついお玉さんに八つ当たりしちゃう。

 このお玉さんは、しゃもじさんと違って罪悪感とか無さそうで、ちょっと気が楽になる。

 

「しゃもじぃ? しゃもじってあの、いつも辛気くさい顔で泣いてる、持ち手が黒ずんでる古くさい木のしゃもじの事?」

 

 お玉さんは心底意外そうに声を裏返し、しきりに「あのしゃもじ?」と聞いてくる。

 しばらく一人でしゃもじしゃもじと繰り返していたお玉さんだったけど、落ち着いたのかふーんと納得すると、カラカラと私の体を揺らし始めた。

 

「あの子ねぇ、夜片付けられた後いっつも『俺は死刑執行人なんだ。数えきれない命を断頭台おちゃわんに送った最低のやつなんだ』ってメソメソしてるの。隣にかけられた私と菜箸ちゃんは良い迷惑よ。そんなのねぇ、私たちだって同じじゃない? もー嫌になっちゃうわ」

 

 お玉さんがイライラと体を揺する度に、私の殻がカラカラと音をたてる。

 

「お玉ちゃんお玉ちゃん。あんまり動かないでよお玉ちゃん。お玉ちゃんの背中が私のお腹に擦れて痛いよ」

 

 こぼれ落ちそうになるほど激しく動き始めた時、のんびりとした声が響く。

 

「ヤダごめんお鍋ちゃん! 剥がれちゃってない?」

「ううん、大丈夫大丈夫」

 

 お鍋さんはそこで一度ふうっと息をつくと、ふるふると体を揺らす。

 お鍋半分ほどのお味噌汁がちゃぷちゃぷ揺れ、なんだか海に居た時の事を少し思い出しちゃった。

 

「あさりのお味噌汁さん、しゃもじ君の事を気にかけてくれてありがとう。しゃもじ君はながーい事この仕事をしててね、割りきれなくなって来ちゃったんだよね。いつも同じ所で同じものを行ったり来たり運んでるから断頭台だなんて、ね」

 

 今度はお鍋さんの中でお玉さんと一緒にちゃぷちゃぷ揺れる。

 お玉さんとお鍋さんは、「私たちは色んなものを料理したり運んだりするから麻痺しちゃったけどねー」と、仲良く盛り上がっている。

  

「私、しゃもじさんの涙がどうしても忘れられなくて」

「それは……恋、だね」

「やだ、あさりのお味噌汁としゃもじの恋ぃ? 応援しにくいわぁ。だってほら、あなた明日には……」

 

 そっか、今はあさりごはんじゃなかった。

 いや、どっちみちしゃもじとの恋なんて応援しに、く……恋?

 

「こ、恋……?」

「他に何があるっていうのよぉ? 立派な一目惚れじゃない」

 

 そんな話をしていたら、キッチンの明かりがついた。

 

「あら、今日はこのままお鍋ちゃんに入れっぱなしにされるのかと思ってたのに、片付けられるのね。ふふ、お話楽しかったわ。また明日ね、あさりのお味噌汁ちゃん」

 

 挨拶もそこそこに、お玉さんは行ってしまった。

 お鍋さんの底で、お玉さんを見送りゆっくりと閉まる蓋を眺める。

 真っ暗になったお鍋さんの中は酷く静かで、目を閉じればすぐ眠れそうだ。

 

「おやすみ、お玉さんお鍋さん」

「おやすみ、あさりのお味噌汁さん」

 

 やさしいお鍋さんの声に包まれ、すとんと眠りに落ちた。

 

 

 そして翌日、予定通り私は死んだ。

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