19 美味しい料理で世界を平和にします
──いつものように昼食後の陛下とのティータイム時。
「結構、勝算あったんだけどな。まさか全く相手にされないとはな。大帝国の皇帝と言われた俺もまだまだだな」
そう言って陛下が私に微笑みながら言う。
「え? 何のことですか?」
何の前置きもなく、突然発せられた言葉に私は驚き聞き返した。
いつもの冷静で堂々とした陛下の姿とは違い、どことなく今の陛下は少し落ち着かない様子で、何度もティーカップを手に取ったり、皿に置いたりを繰り返している。
「まさか、この俺が振られるとはな」
「へ? 誰に? 誰が?」
「お前に俺が」
「は?」
ん? これは何の話? 新しい推理ゲームかしら?
「『は?』はこっちのセリフだ」
「…………」
──暫くの沈黙の後、陛下がポツリと呟いた。
「結構これでも傷ついたんだぞ?」
「へ?」
え? 何を仰ってるんでしょうか? 傷つく? 陛下が? 何に???
頭の中に??? が沢山飛んでいるんですけど?
「まさかスルーされるとはな」
何のことを言っているか分からず、私は聞いてみた。
「あの? 何のことを仰っているんでしょうか? 傷ついた? スルーするって??」
私は知らない間に陛下を傷つけるようなことを、していたのかしら? それなら謝らなくては!
「ごめんなさい。私のせいで? 何か失礼なことをしていたなら謝ります。申し訳ございません」
「マリアーヌ。振った男に謝るのは、お前、傷口に塩を塗り込むより酷いぞ」
そう言って陛下が苦笑いした。
「え? 振った男って? 誰が? 誰を?」
ちょっと、この推理ゲーム? 私には難易度が高過ぎて答えを導き出せないわ?
「先程から言っているが? お前もしかしてサドか?」
えええええええ? 何のこと? しかもサドって……酷い。
「ちょ、訳が分からないんですけど! どういうことですか?」
私は思わず立ち上がって抗議した。
「は? 俺はちゃんと意思表示したはずだぞ?」
「へ? 意思表示?」
???? 何を言ってるの? 意思表示って何の?
「お前、わざとか? そんなに俺が嫌いか?」
「へ? 嫌いって? 別に嫌ってませんよ?」
そりゃあ? 最初は怖いと思ったけれど、最近は結構優しいし。いや? かなり優しい? それに最近は戦争に行くこともしなくなったし、こうして一緒にお茶を飲んだり、食事をしていても楽しいし?
楽しい? うん。結構楽しいかも?
「それって、嫌いじゃないけど、好きじゃないってことだろ? ああああああーーーいやいい。もうこの話はいい!」
少し強い口調で言って、陛下は突然立ち上がり、窓辺に向かってスタスタと歩きだした。
最近の穏やかな雰囲気の陛下とは違い、以前のようなトゲトゲしい雰囲気だ。
何かにイライラされている様子だ。
え? 今の会話に何か、陛下を怒らすようなところがあったかしら? でも……。
私のせいで陛下が不機嫌になったなら? 謝るべきよねえ?
私はそう思い、ゆっくり席を立ち上がり陛下がいる窓際へと向かう。
「陛下。ごめんなさい。陛下の機嫌を損ねるようなことをして? 本当にごめんなさい。でも何故陛下が不機嫌になったのかが、本当にわからないんです」
そう言って陛下の顔を見つめる。
「……お前それ無意識にしているなら、男にとって残酷だぞ?」
陛下が自分の綺麗な髪をかきあげながら、私をじっと見る。
残酷? 私が? え??
その姿を見つめる私に、陛下が低い声で一言呟いた。
「お前が悪いんだからな」
そう言って、陛下が私に顔を近づける。
えええええええええええ!
ええ? これって……。
陛下の整った顔が目の前に来たと思った瞬間!
私の唇に柔らかい感触が……。
え?
それは、ほんの数秒のことだった。
真っ赤になった私に一言陛下が言う。
「今度は忘れたとは言わさないぞ」
え? 今度?
えええええええええええええ? アレは事故じゃなかったの?
「マリアーヌ。俺が怖いか? 俺が嫌いか?」
怖い? 確かに以前は怖かったけれど、今は? 怖いと思うことはない。嫌い? 寧ろ……。
私は無言のまま首を横に振る。
「マリアーヌ。では俺が好きか?」
え? 陛下を好き? 好き?? 確かに嫌いではない。最近は優しいし、それに……陛下と二人でいると楽しいし。
「ハハハハハッ。大帝国の皇帝ともあろう俺が、惚れた女に振られるとはな。今までしてきたことの罰かもなハハハハハッ。しかも、相手にすらされず振られたにも関わらず、諦めきれないとはな。全く情けない話だ。ハハハハハッ」
そう言って、陛下はとても美しく綺麗な金髪の髪を、細くて白い指で掻きながら俯く。
今なんて言った? 私は驚き、恐る恐る聞く。
「へ、陛下? 今なんて仰っしゃいましたか? 惚れた女って?」
私のその問に、陛下が項垂れるように窓に手を掛け言う。
陛下が震えていらっしゃる? そういえば先程から部屋の温度が下がって来たような?
「お、まーえー。俺に何か恨みでもあるのか? そんなに俺が嫌いか?」
陛下がじっと私の顔を見る。その瞳は綺麗なコバルトブルーだが、いつもの澄んだ綺麗な青ではなく、少し曇った感じで何処か淋しそうにも見えた。
──痛い!
私はその表情に、息の仕方を忘れるぐらい胸が締めつけられ、激しい痛みを感じ、何故か咄嗟に陛下の顔に手を伸ばし触れていた。
「恨みだなんて! そんな! 嫌ってなんてないです! 寧ろ私は陛下が──」
そこまで言った時、陛下が私をぎゅっと抱きしめ、耳元で囁いた。
「マリアーヌ、俺はお前が好きだ。俺じゃダメか? 今は俺のことを、何とも思ってなくても構わない。いつかお前を振り向かせてみせる。俺に惚れさせてみせる。さっきはすまなかったな。強引に。お前の顔を見たらあまりにも可愛くて、自分が抑えれなくなってしまいすまなかった」
そう言って優しく微笑んだ。
ええええええええ! 陛下が私のことを? 好きぃいいいいいい?
えええええええええええええええええ
私を振り向かせる? ええええええ?
私が可愛い? 嘘でしょ? こんな地味で田舎臭い平凡な女を?
いや、寧ろ平凡以下かも知れないわ……ガサツでおっちょこちょいだし。
自分でも情けなくなって来たわ……。
でも、そんな必要は……
私は自分の中にあった気持ちを確信した。ずっと気づいていたけれど、自分の中で押し殺していたこの気持ちを。
好きになることを、陛下を慕うことを……自分の中で無いものとして打ち消していたことを。
正直に言おう……。
決して誤魔化したりせずにちゃんと、この人の真っ直ぐな気持ちに応えよう。
私の愛する人へ。
私は真っ直ぐに陛下の顔を見て言う。
「陛下、そんな必要はありませんわ? だって既に私の気持ちは陛下にあるんですもの」
そう言って私が微笑むと、陛下が驚いた顔をする。
「は? 今なんて言った?」
「……だから、私も陛下が好きです。陛下をお慕いしております……と」
私はその後、恥ずかしい気持ちで一杯になり、逃げるようにソファに座った。
「ハハハハハッ、フハハハハハハ。ハハハハハッ」
え? 陛下が壊れた?
笑い続ける陛下に私は、少し驚いた顔をする。
「お前最高だなぁ。フハハハハハハ。この俺を振り回す女なんて世界中何処にもいないぞ?」
「ええええええええ?」
「ハハハハハッ。フハハハハハハ。ハハハハハッ。最高だわ! お前」
そう言って私を抱き上げる。
えええええええ? 意味が分かんないんですけど!
──「って、陛下! あの時ちゃんと記憶があったんじゃないんですか!」
「あの時とは?」
「……だから……あの時ですってば……」
「だから? あの時とは? いつだ?」
「意地悪……」
「お前が悪い。俺の気持ちを無視したからだ」
「無視って……。何も言わずにあんな……」
「あんなとは?」
「ひどおおおおおおおおおおい!」
「ハハハハハッ」
陛下はやっぱり意地悪です。
──「なら言えば良いのか?」
「へ?」
「お前その『へ?』って言う時の顔、バカっぽいぞ?」
「陛下ったらひどどおおい!」
「あはははははは」
「もう。知らない! 陛下ったら!」
「そう怒るなって。マリアーヌ愛してる」
そう言って優しく陛下が私にキスをする。
「……ん、へ、陛下ぁぁ」
「マリアーヌ腹減った」
「もうううう!」
「ハハハハハッ。何ならお前を食べても良いがな? それは夜の楽しみにするか? それとも今からが良いか?」
「もう! 陛下ったらああ! 知りません!」
──執務室から聞こえてくる、バカップル満点の二人の声に、城中の皆は安堵するのだった。
「美味しいご飯で世界を平和にするわ」そう、マリアーヌは心に強く誓った。
──二人の愛が世界平和へと繋がる? ことを祈って。
◇
──この年のシュバイツェルン帝国の冬からは、位置的にも雪が降る日はあるが、何日も大雪で外に出れなくなることはなくなり暖冬が続いた。
そのお陰で春の訪れも早くなり、農作物の収穫量は何倍にも増え、収入が膨大に増えたため税率を下げ余剰分で社会福祉や、教育制度に力を入れることとなり、最先端技術の研究開発に力を注いだ。海外からの留学生も積極的に無償で受け入れた。
また、長くなった温暖期により皆の外出時間も増え、税率が下がったことで国民の懐も豊かになり、国内経済の発展は著しく成長した。
豊かな資源と財力で、近隣諸国の災害等にも援助をして行き、「世界最強の軍隊」と世界中を震撼させていた、広大な領土を誇る大帝国シュバイツェルン帝国は剣ではなく、貿易と技術で世界を牽引して行くことになった。
──「美味しいご飯を食べることは、人の心を豊かにし世界平和に繋がる」のかも?
そんな願いを込めて──
fin.
「お忙しい中、今までお読み頂き本当に有難う御座いました。今話で完結となります」
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※新作です。此方で皆様に再会出来るのを祈り……。
『田舎者なめんなよ!~田舎娘は王子様に出会い恋をする。そして本物のお姫様になりました~』(異世界恋愛)