地獄
今日、俺は死刑を執行される。
ようやくこの糞みたいな人生が終わった。
長かった。
3件の窃盗と暴行傷害
刑期を終えた直後の
2件の強盗と3人の殺人
罪状だけ見れば、極悪犯だろうが、
運が悪かった。
一般的な家庭に生まれて
少年時代は何不自由なく生活していたと思う。
今にして思えは、最初に人生の歯車が狂いだしたのは
大学の頃、親友だと思っていた奴に薬を勧められてからだ・・・
合成麻薬で、値段も手ごろ、禁断症状もそれほどひどくないから・・と
確かに、酒を飲むよりも手軽に高揚感と多幸感が得られた。
最初はコンパやイベントの時くらいしか使わなかったが、
仕事を始めてからは、会社でのストレス発散や仕事の疲れを癒やすため使用頻度が上がっていった。
月に1度だったものが、週に1度になり、そのうち毎日使わないと落ち着かなくなっていった。
まあ、今にして思えばあれが禁断症状だったんだろう。
手ごろな価格と言っても、覚せい剤に比べればというだけで、
酒やたばこに比べればはるかに高額だった。
給料だけでは賄えなくなり、領収書を偽造して
会社の金に手を付けた。
すぐにばれたが、まだ少額だったため警察沙汰にはならなかった。
クビにはなったが・・・
失業保険で最初は食いつないだが、
入った金はすべて薬で消える。
親に薬のことなど相談できるわけもなく、
実家のクレジットカードを拝借し使ってはみたものの
すぐに上限金額となり行き詰った。
なけなしの金でパチンコに行き、運を天に任せていると、隣の席のおばさんが荷物を置いて席を立つ・・・
場所取りなんだろうけど、あまりにも不用心だった。
以前の俺なら気にも留めなかっただろうが、この状況では神の救いだと思った。
何食わぬ顔で鞄を手に取り一目散に店を出る。
店を出てからは、わき目も振らず走り抜け
裏路地に入ってから鞄の中身を確認した。
やった。財布にはかなりの額が入っている。
これしかないと思った。
そこからは、少し離れた町に行き、パチンコ屋で裕福そうなおばさんの隣の席を探す。
おばさんはトイレに立つことが多いし、無防備だった。
いざとなれば、力ずくでも何とかなると考えていた。
4回目が成功し意気揚々と店を出たとき、店員に呼び止められた。
逃げようとしたら、腕をつかまれ、とっさにつき飛ばしたら店員が派手に吹き飛んだ。
それを見ていた周りの客に取り押さえられて警察に突き出された。
どうやら、置き引き犯として防犯カメラ映像が出回っていたらしく、今までの3件もばれてしまった。
執行猶予はつかず、3年の実刑判決を受けた。
この服役中に親兄弟からは絶縁された。
薬の影響は3年でずいぶん改善したが、釈放された俺には行く当てもなく
働き口もあるわけないし、また窃盗に手を染めるしか方法がなかった。
パチンコ屋では置き引き対策が進んでいて、もうできる状況ではなかった。
そんな時、クビになった会社のセキュリティが甘かったことを思い出した。
警備会社に機械警備を頼んでいたが、異常があって発報してから警備会社が駆けつけるのが遅すぎると社長がぼやいていたのを思い出した。
あそこの金庫の暗証番号は覚えていた。経理担当者しか知らないはずなのだが、
担当がおじいさんなのでボタンを押すときに数字を言いながらしか作業できなかった。
おのずと、その周りで作業している数人は番号を覚えていた。
そうと決まれば話は早い。夜会社の電気が消えてから
ガラスを割って侵入すればいい。
警備会社が来るのは早くても15分だ、金庫の番号を知っているからそんなに時間はかからない。
そう考えて、会社の前で待っていた。
その日は飲み会らしく、みんなまとまって会社から出てきた。
下戸の事務員の女性がドライバーとしてみんなを連れて行くようだった。
あまり待つことなく事に当たれるのはラッキーだと思った。
車が出ていくのを確認して、すぐに事務所のガラスを割って、中に侵入した。
案の定、金庫の番号も変わっておらず、金目の物をかき集めた。
手提げ金庫があったが、これはいったん持ち出してから壊せばいいとそのままいただくことにした。
社員の机の中もあさり、小銭の類も残らずいただこうとうろうろしていたのがまずかった。
事務員の女性が忘れ物をしたらしく戻ってきた。
彼女は事務所に入ってきて、俺を見るなり「ドロボー!!」と叫ぶ。
慌てた俺は、彼女を突き飛ばし、口を押えて黙らせる。
どれくらい時間がたったか覚えていないが、急に彼女がぐったりとする。
口だけでなく、鼻も押さえつけていたらしい。
ある意味好都合だと事務所の外に駆けだすと、
彼女が帰ってこないことを不審に思った、他の社員が入り口前にいた。
若い男2人だった。これは勝ち目がないと思い、持っていた手提げ金庫で勢いに任せて殴打した。
二人とも、状況が呑み込めていないらしく、抵抗らしい抵抗をしてこなかった。
それぞれ4~5発殴ったら、動かなくなった。
やっと逃げられる。そう思った矢先、警備会社の奴らがやってきた。
思ったよりずいぶん時間がかかったらしい。奴らに取り押さえられてそのまま逮捕となった・・・
運の悪い人生だ。未練もない。
さあ、早く終わらせてくれ。
目隠しをされた状態で、首に縄をかけられた。
一瞬の浮遊感の後、意識が刈り取られる。
・・・
あれ、
目の前に、誰かいる。
さっきまで、目隠しをしていたはずだが、それも外されている。
「また来ちゃったね」
派手な格好をした若い男が話しかけてくる。
だれだ?
「そろそろ思い出すんじゃない?正直ここまでひどくなるとは思わなかったよ。」
男の格好は、いろんな本に描かれている閻魔大王の格好そのままだ。
ただ、若く男前であるため、どこからどう見てもコスプレにしか見えない。
彼は、目の前の机を指でカツカツと叩きながらこちらを面白そうに眺めている。
気が付けば、俺は後ろ手に手錠をはめられ、正座の状態でこの男の前に座らされている。
「今回の選択肢はわかりやすくしたんだけどなぁ」
だんだんと記憶がつながってきた。
以前も俺はこの男と会っている。おそらく10回以上だ。
「思い出してきたかい?まだ混乱してるようだね。」
「何度も言うが、人生に運は無い。すべて君たちの選択によるものだ。」
そう、前にもそういわれた。以前の人生でも、俺は人を殺して死刑になり、ここに来た。
そこで、もう一度やり直すように命令された。
やり直すたびに、記憶を消され、選択を迫られてきた。
でも・・
声が出ない。なにも話せない。
「君の意見を聞くつもりはないよ。君は間違いを犯しすぎだ。運が悪いんじゃない。選択が悪すぎる。
じゃあ、今回の選択を見てみようか。」
目の前に、高校生の頃の俺が映し出される。ちょうど映画を見ているようだ
「これがいつか覚えてる?」
高校生の時だ。
「そう、高校の頃だね。彼は覚えてるかな?」
あいつは・・・おれが親友だと思ってた男だ。あいつが俺に合成麻薬を勧めたせいで、俺の人生はくるってしまった。
「あれぇ、その顔はまだわかってないねぇ。彼が君の人生を狂わせたんじゃないよ。君が彼の人生を狂わせたんだよ。
さあ、この時の彼の話、ちゃんと聞いてたかな?覚えてる?」
ああ、覚えている。親の借金の返済期限が来ていて、あと数千円足りないと無心された時だ・・・
「ああ、思い出した顔だね。そう、たかだか数千円貸してくれって言ってきた時だよ。
覚えてる?このとき、君の財布には貸すのに十分な金が入っていたんだよね。」
ああ、そうだった。この後確か・・
「そう、君はあろうことか、彼に本屋での万引きを進めるんだよ。人気の本を万引きして、古本屋に売れば、そのぐらいの金は稼げるって」
たしかに、そんなことを勧めた。そして、それから奴の生活は荒んでいった気がする。
「前回も同じミスをしたね。前回はこの時、君にもお金が必要だったけど、今回は、より簡単に人生を送れるようにそのイベントをスキップしたんだけど、それでも君は間違えた。」
・・・
「一事が万事この調子さ。選択肢は豊富に準備してる。この時も、『彼にお金をあげる』『貸してあげる』『一緒に日雇いのバイトを探す』と、成功するための選択肢は
3つ以上準備してたのに、君は毎回間違える。」
・・・・そんなのわかるかよ。こんなところに運命の選択があるなんて。
「まだわかってないようだね。ここだけじゃないんだよ。生まれてからずっと、君は選択を迫られている。その選択に用意された選択肢は毎回5以上ある。
そのなかで、最悪の選択を君はし続けているんだ。なかなか居ないよ。そんな人。毎回だよ、毎回。」
毎回?
「すごいでしょ。僕もびっくりするよ。選択の回数は君の人生30年の間に100回あった。それぞれ選択肢は4つ。一つを除いて3つの選択肢はグッドエンドに続いてる。
1/4の100乗だよ。奇跡的な確率だよね。毎回間違うなんて。」
そんなバカな。
「今回は特別ひどかったと思うね。いや、そう思いたい。でも、次の君にも期待してるよ。ぜひ頑張ってね。」
次?
「また記憶を消すよ。さあ、次はどんな結末を迎えるかなぁ。あ、そうそう、今回より悪い結末もしっかり準備してるから。楽しみにしててよ。じゃ、行ってらっしゃい」
ああ、うそだ・・・また同じ悪夢のような人生を送らされる。
正しい選択なんて、できやしない。記憶がない状態でたどり着ける自信がない。
やめてくれ、助けてくれ。だれか。
見苦しく泣き叫びながら意識は遠のいていく・・・
・・・
そして、俺はまた泣きながら生まれた。