表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

1-5 ソーイング・ローリング

 香桜が服を着ない理由、それは香桜が極度の敏感肌であることが分かった。


 落ち込んではいられない。できることなら、少しでも香桜の苦しみを和らげてあげたい。そう思って、まずはネットで敏感肌について調べることにした。


 調べてみて分かったことは、香桜のような極度の敏感肌の人間にとっては服選びがかなり難しいらしいということだ。化学繊維ではまず100%肌がかぶれてしまうらしい。天然素材の服でも縫い合わせの布の断面が肌に触れるとダメ、チクチクしたニットなんてもっての外……肌が丈夫な俺には衝撃的だった。


そして敏感肌に配慮した服は軒並み値段が高い。俺たちはありったけの生活費を親から貰っているとはいえ、フワフワのタオル1枚買うことにもためらう俺の姿を見て、妹は遠慮していたのだろう。


香桜の気持ちを想像しただけで涙がこみ上げた。同じ家でずっと過ごしていながら、妹の悩み1つにも気づいてあげることができなかった。好きな服を着てのびのびと過ごす俺の姿が、きっと香桜を傷つけていたのだろう。情けない兄であることを、生まれて初めて恥じた。


俯いた俺に目に飛び込んできたのは、破れたズボンの裾だ。色々あって忘れていたが、ゲームをしている最中にイスのキャスターに巻き込んで破いてしまったのだ。


俺は裁縫セットを取り出した。でも、自分のズボンを縫うためではない。立ち上がったその足でクローゼットに向かい、予備として買っていた未開封の香桜専用バスタオルを持ち出して戻ってきた。


俺は無我夢中でミシンの針を走らせた。ぬいぐるみ以外を作るのはほとんど初めてだ。衣服を縫うのは、小学生の時に家庭科の授業で作ったエプロン以来だ。


「うん、いいと思う」


 出来上がったものを見て、自然とそう言葉が出た。


 その瞬間、ミシンの爆音に激怒した全裸の香桜が俺の部屋のドアを開けた。本日2回目のお越しである。


「お兄ちゃん、うるさいよ!! ちょっとだけならガマンできるけど、さすがに音が長すぎるよ!!」

 

 さらに辺りに散乱した香桜専用のタオルの破片が、火に油を注ぐ結果となった。


「うっわ最悪、これ私のタオルじゃん! 1枚3000円のやつ!!」


 鬼のように怒っている香桜の視界をふさぐように、今ちょうどできたばかりのモノを広げた。俺が作ったのは、香桜専用のバスローブだ。


「えっ……。これ、私のために……?」


 できるだけ肌を隠せるように、手足の先まですっぽり収まる超ロングサイズだ。ぬいぐるみ制作のノウハウを活かして、布の裁断面や縫い目が肌に直接触れないように工夫した。寝転がったときに首が他の布に触れないようにフードもつけた。妹の身体の寸法は、VRゲームで背後から触れたときに大体分かった。


「ねぇ……き、着てみてもいい……?」


 香桜はおそるおそるバスローブに袖を通した。香桜の身体に合うかどうか、肌を傷つけないかどうか、何よりも香桜が喜んでくれるか……心配で胸がドキドキした。


「……スゴい。スゴいよ、お兄ちゃん!!」


 パッと花が咲いたような笑顔で、香桜はピョンピョン跳ねて喜んだ。そして、俺に向かって勢いよくダイブしてきた。


「あははは、フワフワで気持ちいい~!! これでお兄ちゃんにも抱きつけるね!!」


 香桜が喜んでくれたことに安堵して一気に全身の力が抜けた。抱き合ったまま床に倒れこみ、香桜と共に床を転がる形となった。


「あははははは!! 床ゴロゴロしても大丈夫~!! ずっとこれ、やってみたかったの~!!」


 転がりすぎて目が回ってきた。それでも香桜は止まらない。


「嬉しい、ホントに嬉しいよ~!! 全然痛くない、こんな服初めてだよ!! お兄ちゃんありがとう、第2の人生が始まった感じする!!」


 よほど嬉しいのだろう。喜んでいる香桜の姿を見て、俺まで嬉しくなった。兄らしいことができたのは、これが初めてかもしれない。今日初めて、俺は香桜の兄になれたのだ。


 せっかくだ、盛大に祝おう。そう思って、妹を抱いたままもっと激しく床をゴロゴロした。しかし激しすぎたのか、バスローブの腰のヒモがほどけ、香桜の身体が顕になった。バスローブをセクシーに着崩した香桜の上に、俺が覆いかぶさる形だ……。


「お、お……お兄ちゃん……近いよ……」


 急なハプニングに思考が停止した。3秒もない間だったが、俺の頭には3時間ほどに感じた。全裸の香桜を見てもギリギリのところで持ちこたえることができた。しかし今はどうだ、バスローブがはだけた部分から覗く香桜の全裸が、どうしようもなく俺を刺激する。


 俺の理性が決壊する0.1秒前、香桜がぐっと俺を押しのけて離れた。助かった……せっかく兄としての責任感が芽生えた矢先、妹に手を出してしまっては元も子もない。


「ヒモだとほどけちゃうね……。そうだ、バスローブの前を留めるトコ、ボタンにできない?」

 

 突貫で作ったのでボタンを用意できず、ヒモで結んで留める形にしていた。手芸店にボタンを買いに行けば、香桜の要望に応えることは可能だ。


「今はできないけど、明日まで待ってくれるかな? 明日手芸店でボタンを買ってくるよ」

「ホント?! やったー!! ねぇねぇ、せっかくだからフードにうさ耳つけてほしい!! あとあと~、ポケットもほしい!! それで、ポケットにアップリケつけたい!!」


 一つの要求に応えたら、次から次へと要求されるのはよくある話だ。それでも兄として、香桜の願いには全部応えてあげたい。幸いにも香桜の要求はすべて実現可能だ。俺はドヤ顔で頷いた。


「さすがだね~、お兄ちゃん! あっ、アップリケは自分で選びたい!! ねぇねぇねぇ、手芸店に私も一緒に行きたい!! ね、イイでしょ~??」


 なんだかんだで、明日の放課後に香桜と2人で手芸店に行くことになった。課題は結局1ミリも進まなかった……。

お読みいただきありがとうございます。

続きの章は2月下旬以降、区切りのいいところまでまた一気に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ