1-4 「当たり前」が破壊され
お互い果てるまでVRゲームをして遊んだ。思えば、妹とゲームで遊ぶのは、今日が初めてかもしれない。
なんだか少しだけ心の距離が近づいた気がする。そう思って、怖くて聞けなかったことを思い切って聞いてみた。
「ねぇ……やっぱり、その恰好なの?」
「え? そうだよ、当たり前じゃん」
何をもって「当たり前」なのかはさておき、兄としては頭ごなしに否定したくない。
ふと頭の中にヘンテコな装備を着たキーマカレーの姿が浮かんだ。もし香桜が全裸じゃなくてヘンテコな衣装だったら俺は別に気にしないだろう。いくらヘンテコだったとしても、口を出す権利は俺には無いのだから。
全裸もその延長線上だ。ファッションなのだ。
これが仮に公共の場だったら注意をしなければならないが、今この家には俺と妹の2人だけだ。俺に特段迷惑をかけているわけでもないので(それでも心臓に悪いのは事実だが)、今のところは大目に見よう。
「ふぅん……。何でもないなら、別にいいけど。って言うかお兄ちゃん、よそよそしいよ! さっきからオドオドして目を合わせてくれないし……」
「そりゃ、目を合わせないのは……そっちが……」
「そっちが全裸だから」と言いかけたが、ぐっと飲みこんだ。
「そういうとこだよ、お兄ちゃん! 私のこと『ねぇ』とか『そっち』って誤魔化して呼んでる、そういうとこ!! 私には『香桜』っていう超カワイイ名前があるんだから、名前で呼んでよ~」
「えぇっ?! えっと……ねぇ……」
「また『ねぇ』って言って誤魔化した! 香桜だよ、か・ぐ・ら!」
「わ、分かったよ……香桜」
しかし「よそよそしい」と言う香桜の指摘は的を射ている。正直なところ、俺は香桜のことをあまり知らない。現に、同じ建物内で生活していたのにも関わらず香桜が裸族だということを知らなかったのだから。
まずは香桜のことをもっと知りたい。そう思った矢先、どういうわけか香桜が腕をピンと伸ばして苦しみ始めた。
「い、痛たたたぁっ!!」
香桜は絞り出すように言葉を続けた。
「汗が、汗がーっ……。痛いところに沁みて痛い!!」
文章がそこそこ破綻している。それほどに痛いのだろう。よく分からないが、とりあえず汗を拭いてもらおうとタオルを差し出した。しかし、香桜はその手を払いのけた。
「ダメ、これだともっとダメなの!! シャワー浴びてくる……とにかく、じゃあね!」
多くを語らないまま香桜は風呂へ直行した。一方、俺はタオルをバッサリ断られたことが微妙にショックでしばらくの間立ち尽くしていた。
そんなに俺のタオルが嫌だったのか? そもそも、香桜はどうして汗で苦しんだのか? 俺のタオルでは嫌な理由があるのか? もしかして、それは香桜が裸族であることと関係があったりするのだろうか?
「お兄ちゃーん!! 聞こえる~??」
ぐるぐると思考のループに陥っていた俺の頭を呼び覚ましたのは、風呂場から聞こえた香桜のくぐもった声だ。
「急いでてタオル出すの忘れちゃった~。私のバスタオル出しといて~!!」
香桜はタオルに対してやたらこだわりがある。1枚100円の安上がりなタオルではなく、1枚3000円くらいするフワフワの高級なタオルでないとダメらしい。ちなみにボディソープにも同様にこだわりがあり、買い替えるたびに俺の財布が若干痛む。
しばらくして、シャワーを終えた香桜がフワフワのバスタオルで身体を拭きながら戻ってきた。
風呂上がりの香桜の身体は艶やかで色っぽい。この姿を見ることができるのは家族の特権だろう。
しかし、うっとりするよりも先に、香桜の体の異変に気がついた。腕や足が赤くただれている。特に酷いのは肘や膝などの関節の部分だ。
「う~ん、普段は大丈夫なんだけどね。今日はちょっとヤバいかも……」
こんなことは慣れているといった感じで、ケロッとしながら香桜は続けた。
「お兄ちゃんは分からないかもしれないけど、敏感肌なんだよね~。服の布とかが当たっても痛いだよね」
香桜がタオルやボディソープにこだわる理由、それは生まれつき通常の人よりも肌が弱いからだ。
香桜が何気なく言った「お兄ちゃんは分からないかもしれないけど」の言葉が俺に深く突き刺さった。俺たちは別々の親から産まれた。もしも同じ親から産まれて同じ苦しみを共有していれば、この痛みを分かってあげられたかもしれない。そんな事実を容赦なく突き付けてくる言葉だったからだ。
「お兄ちゃんがずっと聞きたそうだった答え、教えてあげるね。『なんで服を着ないのか?』っていう質問の答えは~、服を着るとかぶれて痛くなっちゃうからだよ」
香桜が裸族である理由、それは変な性癖を持っているからではなかった。市販の服を着ると、肌が痛んでしまうからだったのだ。
「あっ、もう1つ理由あるよ! 単純に服を着るのが面倒だからだよ~。あはは、じゃあね~」
そう言って香桜は部屋に戻ってしまった。最後の言葉は、深刻なムードを笑い飛ばすための心遣いだろう。その心遣いが逆に痛い。俺は自分の無知と無力を恥じた……。




