1-3 ホラゲーのおかげ?
俺の凡ミスのせいでキーマカレーに迷惑をかけてしまった。笑って許してくれたが、いくら謝っても俺の気分は晴れることはない。
確実に俺のミスだ。なぜならズボンを履いていなければ防げた事故なのだから。
……妹のように裸族だったら、今頃たくさんのアイテムを手にしていたのだから。
とりあえず、ズボンの裾を縫って直すことにした。誰にも言っていない趣味だが、俺は裁縫が好きで、ゲームに登場するモンスターのぬいぐるみを作ってSNSに写真を載せると軽くバズったりしている。裾を縫って直すくらい、ゲームのチュートリアルよりも簡単だ。
裁縫セットを取り出そうと思った矢先、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「お兄ちゃーん!!」
慌てて振り返ると、妹が全裸で立っている。
「なんか大きな声がしたから来ちゃった。大丈夫?」
大丈夫であると同時に大丈夫ではない。全裸の妹を前にして、大丈夫でいられる兄がどこにいるだろうか。
「って、あぁーーーーっ!!」
いきなり部屋の隅を指さして、妹が叫んだ。
「そこに置いてあるのVRの機械? いつの間に買ったの~?! ねぇ貸して貸して~!!」
妹が興味を示したのはHMDだ。買って数回遊んだら飽きてしまって、ずっと積んでいた。
「やりたい!! ねぇ~お願いっ!」
「ホラーゲームしか無いよ?」
「いいよ!! やりたいやりたい~やらせて!」
相当興味があるようで、上目遣いでお尻をクネクネさせながら「お願い」のオーラを出している。
「ちょっとだけでいいから~……やらせてっ! お願いっ、この通りです~~」
これは俺の心が汚れているせいだが、全裸で「やらせて」だの「お願い」だの言われると、まるで別の意味に感じてしまう。根負けする形で、俺はHMDの電源を入れて妹に渡した。
全裸でHMDを装着した妹の姿は斬新だ。「頭隠して尻隠さず」とはまさにこういうことだろう。
「わっ、すごい! ホントにお寺に立ってるみたいだね!!」
これは和風テイストのホラーゲームで、幽霊から逃げながらお寺を脱出できればクリアだ。俺はパソコンにミラーリングした画面を見ながら、妹に適宜アドバイスをすることにした。
最初の難所は、仏像が並んでいる細い道だ。仏像の目が赤く光っているときに見つかったらゲームオーバーなので、仏像が見ていない隙に素早く通り抜けることが肝心だ。
「今見てない? 見られてないよね……」
妹はビクビクしながら、慎重に進んでいるようだ。
「み、見ないで見ないで……お願いだから見ないで!! 今見られたらヤバいからああぁぁぁぁ!!」
言うまでもなく妹は全裸だ。全裸で歩きながら「見ないで」を連呼しているが、決して野外露出プレイではない。
「仏像ゾーン抜けたよ! 次は……?」
この次はお寺の参道のエリアだ。しかし、ただ歩くだけではダメだ。清められた湧水を撒きながら歩かなければならない。うっかり乾いた部分を歩いてしまえば、すかさず呪われてゲームオーバーだ。
「えぇっと……まずはお水を汲まないといけないのかな?」
まずは岩の隙間から湧き出ている水をビンに入れる必要がある。しかし、これがなかなか難しいのだ。
「えっ、どうやってやるの……全然ビンに水が入らないよ~? 手がすごく濡れてビチョビチョだよ!! ビチョビチョなのに入らないの!!」
……確かに妹は今全裸で、「ビチョビチョだよ」ということを言っているが、別にやましいことはしていない。ただVRゲームを遊んでいるだけだ。
深く考えてはいけない気がしたので、早くゲームを終わらせるためにも妹を手伝うことにした。妹の背後に立ち、手首と腰に手を添えた。
「ありがとう、お兄ちゃんっ! お兄ちゃんが入れてくれるの?」
念のため言っておくが、俺が入れるのは水だ。
水を入れるには少しコツがいる。見かけよりも少し奥に手を伸ばすと、ビンに多く水が入るのだ。
「わっ、スゴい! 入ってる……いっぱい入ってるよ!!」
ようやく水を手に入れることができた喜びからか、妹がお尻をフリフリ振ってはしゃいでいる。
「自分でやってみてもいい? ……スゴ~イ、奥スゴいね!! あっ、あっ奥ヤバい、いっぱい入ってる!! ま、待って……入りすぎてヤバい、ビチョビチョになってるよぉ……」
俺のアドバイスのおかげもあり、ビンから溢れるほど水を注ぐことができた。この水を撒きながら参道を進んで逃げればステージクリアとなる。
「水撒いちゃうよ……えいっ!! うわわっ、水の部分歩くと超スベるね!!」
このステージの難しい部分はここだ。水が撒かれている部分を歩くとスピードアップする。幽霊は後ろからだけでなく左右や前方からも襲ってくるため、スピードを出しつつ上手く避けながら進まなければならない。
「ああぁっ~~!! ダメダメ、速いよっ……ああぁっ!! 待って、ま、待ってよぉっ……そんな速く動いちゃダメ、ああぁんっ!!」
今のところ順調に見える。速さにも慣れてきたようだ。しかし、次が一番の難所だ。ゴールの門が見えたあたりで、物陰からいきなり幽霊が出てくる。そのまま進んでいると衝突してしまいゲームオーバーなので、妹の腕を掴んで一旦ストップさせた。
「ふぇっ?! な、何……もうすこしで行けそうだったのに、止めないでよっ!!」
説明をしても、妹は早くゴールしたい一心でなかなか聞いてくれない。
「ヤダっ、行きたいよ……行かせてよ!! 早く行きたいのぉぉっ!!」
言葉だけ聞くと、まるで俺が焦らしプレイをしているように感じる……。妹が「イカせて」などと言っているが、俺はただ単に妹とVRゲームを遊んでいるだけだ。
幽霊との衝突は免れた。あとは一気に走り抜けるだけだ。GOサインを出す意味で、妹の背中を押した。
「あぁぁっ?! い、行っていいの?! 行くよ……ホントに行くからね!! んん~っ、行く行く行く、行っちゃうよぉ!!!!」
妹は全速力で駆け抜けて、そのままゴールした。
「はぁっ……はぁはぁ……。ねぇ、スゴかったよ……」
気づけば妹も俺も汗まみれだ。全裸の妹に合わせてエアコンの温度を上げたからだろうか。
「わわっ、お兄ちゃん……何か出てるよ……? ねぇスゴい、いっぱい出てる……」
俺は何か出してしまったのか。嫌な予感がして、まず下半身を、次に画面を見た。画面に表示されているのは新たに出たミッションの数々だ。今のプレイで条件を満たし、次のミッションが色々とアンロックされたのだろう。
「くうぅ~ん、楽しかったぁ!! ねぇねぇ、もう1回やっていい?」
妹は息を荒くして頬を赤くしながら俺に尋ねた。俺は後ろめたい気持ちをぐっと抑えて、頷いた。
俺たちはその後、何度も何度もコンティニューした……。




