1-2 ゲームはセーフ
俺は自分の部屋に戻り、布団へダイブした。
考えるのは、もちろん妹のことだ。
妹とは別に仲が悪いわけではない。かと言って、特別仲が良いというわけでもない。最低限の会話を交わすだけの関係だ。
俺は高校2年生、妹は高校1年生。と言っても俺は2月生まれで妹は6月生まれ。年の差はほんの数か月だが、それでも妹は俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれる。
そんな妹の裸を見たのは今日が初めてだ。
普通の兄妹なら幼少時に風呂などでお互いの裸を見ることはあるかもしれない。だが、俺たちにはそれはなかった。
俺たちは血の繋がった兄妹ではない。それは別に、親が離婚と結婚を繰り返したとか、そんな理由ではない。
俺の両親は、いわゆる同性カップルだ。両親はどちらも女性で、里親として俺と妹をそれぞれ迎え入れたのだ。妹との年の差が近いのもそんな理由だ。
俺自身、それに疑問を持ったことも、特別に思ったこともない。「父親」がいないことで周囲に不思議がられたり、説明が増えて面倒な思いをしたりしたことはあるが、それ以上に2人の母親と過ごした楽しい思い出のほうが鮮明だ。
ちなみに、両親は現在海外で暮らしている。日本にはまだ同性婚の制度が整っていないからだ。一緒に連れていくことも考えたそうだが、妹は日本語しか話せないため、俺と妹は日本に残っている。仕送りは十分すぎるほどにあるから、生活には全く困っていない。困っていることを強いて挙げるのであれば、時々届く海外の食べ物の説明書きが読めないことくらいだ。
そういうわけで、俺はある程度のことに寛容な方だと思う。
話を戻そう。俺は妹に対して、どう言うべきだったのか。そして、今後はどう接していくべきなのか。
しかし、こんな短時間では答えは出ない。
俺は考えるのを放り投げて、日課であるネットゲームにログインした。
キーマカレー:次のアプデ告知見た?
ログインするなり、フレンドから秒速でチャットが飛んできた。
「キーマカレー」はフレンドのハンドルネームだ。同い年で、本名は知らない。俺が中学生の時にネットで知り合い、それから様々なゲームを一緒にプレイしている。
ちなみにキャラの造形に相当自信があるらしく、「ワールド内で一番イケてる男」を自称している。少々イタい一面もあるが、基本的に良いヤツで、俺は勝手に親友だと思い込んでいる。
キーマカレー:とにかく見て 新装備ヤバいから
TATSUTA:分かった、見てくる
俺のハンドルネームは「TATSUTA」だ。本名の「竜哉」を少し変えただけの安直な名前だが、結構お気に入りだ。
短い返事をして、彼の言う通りに次のアップデート予告に目を通した。
来週のアップデートで新しい装備が追加されるようだ。見たところ、これまでの装備よりも防御力に優れていて魅力的だ。
しかし、問題なのはその見た目だ。やたら布の面積が少ない。かろうじて股間と胸部が隠れているだけの強烈なデザインだ。仮にこの衣服がリアルに存在した場合、恥ずかしくて決して着られないだろう。
だが、「ステータスと見た目が合っていない問題」はファンタジー系のゲームではあるあるだ。露出の激しい水着が最高レアのトップ装備だったりする。そんなお約束ネタまで含めて、彼は「ヤバい」と評したのだろう。
TATSUTA:見てきた 確かにヤバいね
TATSUTA:どうする? 狙うの?
キーマカレー:上位狙うなら必須になりそうだから欲しいな
TATSUTA:でもダサくない? 女キャラならいいけど男キャラではキツいよ
送信した後に思い出した。コイツは装備の見た目を気にする男ではないと。
前にヘンテコな装備が出た時も「顔の造形がいいから何着ても似合う」と言い放ち、堂々と着て街を闊歩していた。その前もステータス重視で、サンバ衣装の上半身に中世風のクラシックなズボンを合わせた独特の着こなしをしていた。
キーマカレー:別に気にしないかな
キーマカレー:必要があれば着るし、着なくても勝てるなら着ない それだけ
キーマカレー:それよりもダンジョン潜ろうよ
キーマカレー:来週アプデなら今アイテム狩っといた方がいいっしょ
ダンジョンのある洞窟の前で待ち合わせをして、2人でダンジョンに潜った。前衛である彼は今日も独特の着こなしだが、ゲームの腕は確かだ。ファンシーなクローバーの盾で俺を守りながら、黄金のギラギラした剣で雑魚キャラを次々に倒していく。その後ろで俺が範囲魔法を詠唱するのがお決まりのプレイスタイルだ。何を着ていたって、彼が俺の相棒であることは揺るぎない事実だ。
洞窟のボスは強力な攻撃を放ってくるが、上手く避ければ問題ない。コツとしては、ボスの足元が光った後に協力コンボを決めれば、相手の技の発動をキャンセルできる。
キーマカレー:次コンボ始動出す
TATSUTA:OK
キーマカレーがスキルを放ったすぐ後に、俺も魔法を発動させる。その流れだ。
ボスの足元が光り、キーマカレーが初撃を当てた。次は俺が魔法を撃つ番だ……。
「ぐわっ?!」
俺はリアルで情けない声を上げた。
ゲームに夢中になりすぎて、ゲーミングチェアの脚のキャスターにズボンの裾を巻き込んでしまったのだ。そのせいで魔法を発動するキーを押し損ねたし、ズボンの裾も破れてしまった……。
キーマカレー:ちょ
TATSUTA:ごめんミスった
俺はふと思った。ズボンを履いていなければ、こんなミスは起こらなかったのでは……?




