対ゴダン開始
ゴダンの顔が引きつった。頬や目じりの痙攣は従者が全身を震わせるほどの伝搬だった。
「メイ士コユウによれば、タンゴ国国王にも拝謁仕るとのこと」
「な、んだと」
ゴダンは立ち上がった。声が震えていた。
「なぜ、そんな話をしている」
わなわなとゆっくり歩きだし、アレとの距離を詰めようとしている。
「さあ、私には。詳細をご希望とあらば、メイ士コユウと連絡を取りますが」
通信関係の処置を手配したであろう例の従者を睨みつける。その者への罰などいつでもできる。ゴダンの癪に障ったのはこのアレのしらばっくれた感丸出しの受け答えである。
「ダイメイ士アレのヨウゲンからの出県を禁止する!」
怒号が飛んだ。
「これは異なことをおっしゃる。私はヨウゲンの法を逸脱することは何一つしておりませんが」
どこ吹く風のアレにいなされるのがさらなるゴダンの怒りを買った。
「この私が禁止と言ったのだ。ダイメイ士は従っておればいいのだ!」
「しかし、私が出県しなければ、研究所所長も司法庁長官も、ましてや国王もご不審がられると存じあげますが」
抜山蓋世の導士ゴダンがひるんでいた。まだヨウゲンのすべてを支配下に置いてないゴダンにとって、野望半ばで茶々を入れられるのはたまったものではない。
「それでは私は」
一礼をして退出していくアレ。その背があまりに泰然自若として見えたゴダンは前後不覚に突進をした。扉どころか廊下を横断し壁をもぶっ壊して外へ飛び出た。けたたましい音と破壊力に従者だけでなく家臣たちも集まるが、その張本人がゴダンである。うろたえるばかりで対処さえも頭が回らない様子である。ただ、たくましく鍛えられたゴダンの猛進を直撃したタイゲンのダイメイ士が無事であるはずはないと、今後の外交が悩みの種になるのは間違いない。
ところが、
「さすがだな。ヒョウゲンギホウが使えなければ、すでに瀕死だったかもしれんな」
ゴダンと距離をとったところでダイメイ士アレはすくっと立ち上がった。確かに衣類の損傷は激しいが擦り傷程度で重症ではないようだ。軽口を気にする家臣たちもダイメイ士が一応無事で外交の杞憂が一つなくなりほっとする。
といって、ゴダンを諫めることなどできはしない。怒り狂っているヨウゲン導士筆頭に意見などできる状況ではない。
「調子に乗るなよ、ダイメイ士が。私が大人しくしていると思っているようだが、お前なんぞがどうなろうが、私が案件を握りつぶすなぞ容易なことだ」
脅しに屈するようだったら、このような状況にはなってない。ヨウゲンの導士の機嫌を損ねたとなれば、確かにタイゲンの一ダイメイ士でしかないアレは下手をしたら裁判沙汰になりかねない。が、アレは引く男ではない。そもそも、導士が上位で、ダイメイ士が下位ということはないのだ。あくまでタンゴ国の役職の違いと言うだけである。確かに能力や年齢、これまでの実績により、あるいは思想や手法により個体差や、あるいは勢力派閥などがある。しかし、それはあくまでそれである。役職上の貴賤などそれこそ法によって戒められている。ましてや、その勢力を民衆を虐げるまでに広げるというのは、国に仕える者として本末転倒である。だから、アレはゴダンを許せないのだ。上司にも同僚にも言われてことがある。そして、知り合って日の浅いイイにもあきれられた。
「アレ、君はダイメイ士としては自己主張が強いのだな」
と。そう言われる時、アレの回答は決まっている。
「ダイメイ士だから、どうのと言うのは偏見ではないか。私たちがなすべきことは民衆の平和と幸福であり、それが国のためになる、ということではないか」
という反論であった。それ自体が強い自己主張なのだと、何度肩をすくめられたことか。それでもアレは曲げない。少なくともヨウゲンの民の多くが税制と社会福祉・社会保障の点で理不尽な目に合っていると判明している。導士もケイ妖士もケイ妖導士も何もしないのであれば、タイゲンのダイメイ士であろうと看過することはできない。それがアレなのだ。そのアレができることは直訴なのだ。見つけた不正を証拠もろとも。それを妨げるのが鬼神のごとき導士であろうが、アレは立ち向かうのだ。